初めてのインターハイ
第41話
初めてのインターハイ
宗像高校、インターハイ初戦。
相手は大阪代表・大阪大附属高校。
全国でも名の知れた強豪校だった。
そして、そのコートには、美鈴にとって見覚えのある二人がいた。
元・宗像中のチームメイト。
中学時代、同じコートで全国を獲った仲間。
今は――
“打倒・黒崎美鈴”を胸に、県外の強豪校へ進んだライバルだった。
*
試合前。
大阪大附属の選手列の中から、二人が美鈴の方へ歩いてきた。
一人は、元リベロの山下ひなた。
宗像中時代、“味噌汁”と呼ばれ、守備の柱だった。
もう一人は、元セッターの川口真央。
“小鉢”と呼ばれ、分析力でチームを支えた選手。
ひなたが笑った。
「美鈴、久しぶり」
「ひなた……真央も」
真央は静かに眼鏡を直した。
「今日は、かなり準備してきました」
美鈴は少し目を細める。
「私対策?」
「はい」
ひなたが続ける。
「美鈴を倒したくて、大阪まで来たけん」
その言葉に、美鈴の胸が少し熱くなった。
寂しさではない。
嬉しさでもない。
これは、勝負の高鳴りだった。
「じゃあ、全力で来んとね」
真央がうなずいた。
「もちろんです。美鈴の料理理論も、心理戦も、ブロックアウトも、全部想定済みです」
美鈴はにやりと笑った。
「じゃあ今日は、想定外の味ば出すたい」
*
第1セット。
大阪大附属は、最初から宗像高校を揺さぶってきた。
真央のトスは冷静で、速い。
ひなたの守備範囲は広い。
そして何より、二人は美鈴をよく知っていた。
美鈴が助走に入る。
真央が叫ぶ。
「外側警戒!」
ひなたが守備位置を少しずらす。
美鈴のブロックアウトを読んで、拾った。
「上げた!」
大阪大附属が切り返す。
得点。
宗像高校ベンチに緊張が走る。
高城由奈が言った。
「黒崎、かなり読まれとるね」
「はい」
長谷川真帆も冷静に言う。
「元チームメイト二人は厄介やね」
美鈴はうなずいた。
「でも、知っとるからこそ、利用できます」
*
次のラリー。
美鈴にトスが上がる。
相手はまたブロックアウトを警戒。
ひなたも後ろで構える。
だが、美鈴は打たなかった。
空中で軽くつなぐ。
高城由奈が走り込み、強烈な一撃。
決まった。
ひなたが目を丸くする。
「囮……!」
美鈴が笑う。
「味噌汁が私ば見すぎたい」
ひなたが悔しそうに笑った。
「高校でもそれ言うんやね!」
*
しかし、大阪大附属はすぐに修正してきた。
真央がトスを散らす。
ひなたが美鈴の視線を読む。
美鈴が囮になれば、別の攻撃に対応する。
美鈴が打てば、守備が待つ。
まるで、中学時代の美鈴の頭の中をそのまま読んでいるようだった。
第1セットは、宗像高校が落とした。
22対25。
*
ベンチ。
空気は重かった。
だが、美鈴は笑った。
「さすが元チームメイト。こっちの冷蔵庫の中まで知っとる」
藤崎香織監督が即座に言った。
「黒崎、冷蔵庫ではなく戦術です」
「はい、監督」
ベンチに小さな笑いが起きる。
藤崎監督は続けた。
「相手はあなたをよく知っている。なら、あなた自身が変わるしかありません」
美鈴はうなずいた。
「第2セット、私が決めに行くより、相手の読みをずらします」
真帆が聞く。
「どうずらす?」
「今日は“無味無臭メニュー”で行きます」
由奈が眉を上げる。
「何それ」
「私の匂いを消します」
藤崎監督がため息をついた。
「言葉は怪しいですが、意味は分かります」
*
第2セット。
美鈴は存在感を消した。
助走に入らない。
要求しない。
派手に動かない。
大阪大附属は戸惑った。
真央が眉をひそめる。
「美鈴が静か……」
ひなたも守備位置に迷う。
「来る? 来ん?」
その間に、宗像高校は別の攻撃を重ねた。
由奈。
三枝里奈。
岩崎彩音。
早乙女美咲。
美鈴が消えることで、宗像高校全体が浮かび上がる。
そして、相手が美鈴への意識を薄めた瞬間。
「真帆先輩!」
美鈴が入る。
トスが上がる。
ブロックは一枚半。
ひなたが反応する。
美鈴は、ひなたの一歩目を見た。
昔から知っている癖。
強打に備えて、わずかに後ろへ重心が残る。
美鈴は短く落とした。
決まる。
「それ、ずるか!」
ひなたが叫ぶ。
「知っとる相手には、知っとる癖を使うとよ」
美鈴が返す。
*
第2セットは宗像高校が取り返した。
25対21。
試合は最終セットへ。
*
最終セット。
全国初戦とは思えないほどの熱戦だった。
真央のトス。
ひなたの守備。
大阪大附属の高さと速さ。
宗像高校も負けていない。
由奈の強打。
真帆の組み立て。
千春の守備。
そして、美鈴の読み。
12対12。
真央がトスを上げる。
美鈴はその瞬間、気づいた。
(真央、苦しい時は一番信じる選手に上げる)
中学時代から変わらない。
トスはエースへ。
宗像高校のブロックが寄る。
ワンタッチ。
千春が拾う。
真帆が上げる。
美鈴へ。
ひなたが叫ぶ。
「黒崎、外!」
ブロックが外側を切る。
美鈴は空中で笑った。
「ひなた、呼び方が中学に戻っとるよ」
「しまった!」
ほんの一瞬、守備の集中が揺れる。
美鈴は外ではなく、内側へ鋭く打った。
得点。
13対12。
*
13対13。
大阪大附属も粘る。
真央の冷静なトスで同点に戻す。
次の一本。
宗像高校のサーブ。
相手が少し乱れる。
真央が苦しい体勢で上げる。
それでも、形にする。
ひなたが叫ぶ。
「拾う!」
ラリーが続く。
長い、長い一本。
最後に美鈴へトスが上がった。
真央もひなたも、美鈴を見る。
ブロックアウト。
フェイント。
囮。
つなぎ。
全部を想定している。
美鈴は空中で、二人の目を見た。
一緒に全国を獲った仲間。
今は、全力で自分を倒しに来る相手。
美鈴は小さく言った。
「ありがとう」
そして、何の小細工もなく、真正面へ打ち抜いた。
強打。
真っ直ぐ。
相手の手を弾く。
得点。
14対13。
マッチポイント。
*
最後の一本。
大阪大附属の攻撃。
真央がトスを散らす。
宗像高校が拾う。
美鈴がつなぐ。
由奈が打つ。
拾われる。
ひなたが意地で上げる。
真央が再び組み立てる。
大阪大附属のエースが打つ。
千春が拾う。
真帆が美鈴へ上げる。
ブロック二枚。
ひなたは深い。
真央は前を警戒。
全部読まれている。
だから、美鈴は一瞬だけ動きを止めた。
そして、ブロックの手首の隙間を抜くように、低く速く打った。
ボールはライン際へ。
イン。
試合終了。
宗像高校、インターハイ初戦突破。
*
整列後。
ひなたは悔しそうに泣いていた。
「美鈴……強すぎ」
真央も静かに言った。
「全部読んだつもりでした。でも最後、読めませんでした」
美鈴は首を振った。
「二人がおったけん、こっちも必死に変わらないかんかった」
ひなたが涙を拭く。
「次は勝つ」
真央もうなずく。
「次は、さらに読みます」
美鈴は笑った。
「じゃあ私は、さらに読ません」
そして少し間を置いて言った。
「またいつか、同じコートでやろう」
*
藤崎香織監督は、美鈴を見ていた。
「黒崎」
「はい」
「今日の試合、あなたは元チームメイトとの心理戦に勝った。でも、それ以上に、最後は技術で勝った」
「はい」
「そこが大事です」
美鈴は深くうなずいた。
「小細工だけじゃ、全国では勝てんと分かりました」
藤崎監督は少し笑った。
「よく分かっています」
*
インターハイ初戦。
宗像高校は、苦しみながらも勝った。
そして美鈴は、高校全国の舞台で、かつての仲間と本気でぶつかった。
知り尽くされた自分を超える。
読まれた先へ進む。
それが、高校の全国で生き残るための第一歩だった。
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次回予告
第42話「全国の壁、高校の壁」
インターハイ初戦を突破した宗像高校。
だが、次に待つ相手は全国屈指の高さを誇る強豪校。
中学時代には見たことのない打点。
高校トップレベルのサーブ。
圧倒的なブロック。
美鈴は、自分の武器が通じない場面に直面する。
「これが、高校全国……」
次回、第42話「全国の壁、高校の壁」。
美鈴は、さらに大きな壁と向き合う。




