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笑う母の物語  作者: リンダ


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夏のメンバー発表

 第38話

 夏のメンバー発表


 夏の大会メンバー発表の日。


 宗像高校女子バレー部の体育館には、いつもと違う静けさがあった。


 練習前なのに、誰も大きな声を出さない。


 ボールの音もない。

 シューズの音もない。


 ただ、緊張だけが床の上に広がっていた。


 *


 監督が名簿を手に立つ。


「これから、夏の大会登録メンバーを発表する」


「はい」


 部員たちの声が揃う。


 美鈴は背筋を伸ばした。


 心臓が強く打っている。


 春はベンチ外だった。

 次の大会で初めてベンチ入りし、公式戦にも出た。


 だが、今回も選ばれる保証はない。


 宗像高校は、実績ではなく今の力で選ばれる。


 *


 名前が呼ばれていく。


「高城由奈」


「はい」


「長谷川真帆」


「はい」


「森本千春」


「はい」


 先輩たちの名前が続く。


 そして、一年生。


「桜庭ひかり」


「はい!」


「中原小雪」


「はい!」


 美鈴は息を止めた。


 次の瞬間。


「黒崎美鈴」


「はい!」


 声が体育館に響いた。


 名前を呼ばれた。


 ベンチ入り。


 美鈴は拳を握りしめた。


 嬉しかった。


 けれど、すぐ隣では、名前を呼ばれなかった一年生がいた。


 有村凛。

 伊東沙耶。

 片瀬未来。

 西園寺花音。

 森下優月。


 全員が努力していた。


 黒崎家で一緒に映像を見た。

 作戦会議をした。

 練習後に笑い合った。


 それでも、全員は選ばれない。


 *


 発表が終わると、体育館の空気はさらに重くなった。


 選ばれた者は喜びを出しきれない。

 選ばれなかった者は、悔しさを押し殺している。


 沙耶が下を向いていた。


「……悔しか」


 凛は唇を噛んでいた。


 未来は無理に笑おうとして、うまく笑えなかった。


 美鈴は声をかけようとした。


 でも、言葉が出なかった。


 何を言っても、軽くなってしまいそうだった。


 *


 その時、高城由奈が美鈴の隣に来た。


「黒崎」


「はい」


「選ばれた人間には、選ばれんかった人の分も背負う責任がある」


 美鈴は顔を上げた。


 由奈の声は静かだった。


「喜ぶなとは言わん。でも、忘れたらいかん」


「はい」


「ベンチに入るということは、コートに立てない人の時間も預かることたい」


 その言葉が、美鈴の胸に重く沈んだ。


 ベンチ入り。


 それは、ただ自分が認められたということではない。


 誰かがそこに入れなかったということでもある。


 *


 練習後。


 美鈴は沙耶に声をかけた。


「沙耶」


 沙耶は笑おうとした。


「おめでとう、美鈴ちゃん」


 その声は少し震えていた。


 美鈴は首を振った。


「ありがとう。でも……」


「大丈夫。悔しいだけ」


 沙耶はそう言って、涙を拭いた。


「悔しいけど、美鈴ちゃんが入ったのは納得しとる」


「沙耶……」


「だから、出たら決めてきて」


 美鈴は胸が熱くなった。


「うん」


 沙耶は少し笑った。


「あと、ベンチでギャグさぼらんでね」


「そこ?」


「そこ大事。宗像高校一年生のレモネード担当やけん」


 美鈴は笑った。


「分かった。しっかり甘酸っぱくいく」


 *


 凛も近づいてきた。


「美鈴」


「うん」


「私、次は入る」


 短い言葉。


 でも、強かった。


 美鈴はうなずいた。


「待っとる」


「待たんで。追いつくけん」


「じゃあ、逃げる」


「逃がさん」


 二人は少しだけ笑った。


 *


 その夜。


 黒崎家。


 美鈴は夕食後、ノートを開いた。


 ペンを握る手が少し重い。


『夏のメンバー入り』

『嬉しい』

『でも、選ばれなかった仲間がいる』

『沙耶、凛、未来、花音、優月』

『選ばれた人間は、選ばれなかった人の時間も背負う』


 最後に書いた。


『ベンチに入る重さを忘れない』


 *


 父・正一が部屋の前に立っていた。


「美鈴」


「ん?」


「メンバー入ったんやろ」


「うん」


「おめでとう」


「ありがとう」


 正一は少し間を置いた。


「ばってん、顔が重かね」


「うん。嬉しいけど、きつか」


「選ばれるって、そういうことたい」


 美鈴は黙って聞いた。


「勝負の世界では、誰かが選ばれたら、誰かが外れる。そこにきれいごとはなか」


「うん」


「でも、外れた人の努力を無駄にするかどうかは、選ばれた人間の姿勢で変わる」


 美鈴は顔を上げた。


「姿勢?」


「ベンチで何をするか。コートで何をするか。練習でどう振る舞うか」


 正一は静かに言った。


「選ばれたなら、背筋伸ばして戦え」


 美鈴はうなずいた。


「うん」


 *


 大会前の練習。


 美鈴は以前よりも声を出した。


 自分のためだけではない。


 ベンチ入りできなかった一年生たちの声も、気持ちも、全部を忘れないために。


「ナイス!」


「もう一本!」


「今の惜しか!」


 沙耶が外から声を出す。


「美鈴ちゃん、そこ前!」


「聞こえた!」


 凛がブロック練習で相手を務める。


「止める!」


「止められん!」


「止める!」


 そのやり取りに、周囲が笑う。


 笑いながらも、練習は熱を増していった。


 *


 高城由奈は、その様子を見ていた。


 長谷川真帆が隣で言う。


「黒崎、少し変わりましたね」


「うん」


「軽さが消えたわけやない。でも、重さを知った」


 由奈はうなずいた。


「それが必要たい」


 *


 大会前夜。


 美鈴はベンチ入り用のユニフォームを見つめていた。


 その布の重さが、前よりも分かる気がした。


 ただの布ではない。


 自分の努力。

 仲間の悔しさ。

 チームの期待。

 支えてくれる家族。


 全部がそこにある。


 美鈴はユニフォームにそっと手を置いた。


「行ってくる」


 小さく言った。


 その声は、静かだった。


 でも、強かった。


 *


 黒崎美鈴、高校一年。


 夏のメンバー入り。


 それは、喜びだけではなかった。


 選ばれる重さ。

 背負う責任。

 仲間の悔しさ。


 美鈴は初めて、そのすべてを知った。


 ベンチ入りはゴールではない。


 むしろ、ここからが本当の始まりだった。


 次回予告

 第39話「夏のコートへ」


 夏の大会が始まる。


 ベンチ入りした美鈴は、声を出し、流れを読み、先輩たちを支える。


 だが、試合は初戦から苦しい展開に。


 相手は宗像高校の主力を徹底マークし、終盤に流れを奪いにくる。


「黒崎、準備しとけ」


 監督の声が、美鈴の胸を震わせる。


 選ばれなかった仲間の思いも背負って、美鈴は夏のコートへ向かう。


 次回、第39話「夏のコートへ」。

 美鈴、再び勝負の場へ。

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