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笑う母の物語  作者: リンダ


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主力への一歩

 第36話

 主力への一歩


 レギュラー候補。


 その言葉は、嬉しい響きだけではなかった。


 候補とは、まだ選ばれていないということでもある。


 いつ落とされてもおかしくない。

 結果を出せなければ、すぐに別の選手が上がってくる。


 宗像高校女子バレー部のレギュラー争いは、まさに生き残りをかけたサバイバルレースだった。


 *


 同級生は仲間だった。


 練習後に黒崎家へ集まり、試合映像を見て、作戦を語り、笑い合う仲間。


 だが同時に、強力なライバルでもあった。


 桜庭ひかりは、レシーブの一歩目が明らかに速くなった。

 有村凛は、高さを武器にブロックで存在感を出し始めた。

 中原小雪は、落ち着いたトス回しで先輩たちから評価を得ていた。

 伊東沙耶は、声と勢いでコートの空気を変える力を持っていた。

 片瀬未来は、打点の高さで美鈴と同じウイングの座を狙っていた。


 同じことをしていては、生き残れない。


 美鈴はそれを分かっていた。


 *


 紅白戦。


 美鈴は控え組のウイングとしてコートに入った。


 相手には、高城由奈がいる。


 全国レベルの守備力と判断力を持つキャプテン。


 長谷川真帆のトスが高城へ上がる。


 強打。


 美鈴は反応する。


 だが、半歩遅れた。


 ボールは床へ。


「黒崎、今のは読めたはず」


 高城が静かに言う。


「はい!」


 次は美鈴の攻撃。


 小雪からトスが上がる。


 美鈴はブロックの外を狙った。


 だが、高城が読んでいた。


 拾われる。


「中学なら決まったかもしれん。でも高校では待たれる」


「はい!」


 悔しい。


 でも、ありがたい。


 高城由奈という壁があるから、自分の足りなさが見える。


 *


 早乙女美咲とのポジション争いも激しかった。


 美咲は2年生。


 ジャンプ力があり、打点が高い。


 美鈴より経験もある。


 練習後、美咲が言った。


「黒崎、あんた面白いし、よう見とる。でも、ウイングは点取らんと意味なかよ」


 その言葉は厳しかった。


 だが、正しかった。


 美鈴はうなずく。


「分かっとります」


「なら、私も負けんけん」


「私も、負けません」


 仲間であり、ライバル。


 その空気が、美鈴をさらに燃えさせた。


 *


 土曜日。


 黒崎家のリビング。


 一年生たちは、また試合映像を見ていた。


 今日は、世界大会の強豪ウイング特集。


 美鈴は画面を止めた。


「今の一本、偶然に見えるけど、絶対狙っとる」


 小雪が画面を見る。


「相手リベロの重心が後ろに行った瞬間に、前へ落としてる」


「うん。でも落とすフォームは強打と同じ」


 美鈴はノートに書いた。


『同じフォームから違う選択』

『相手に読ませない』

『偶然ではなく必然』


 ひかりが言う。


「美鈴ちゃんの武器って、やっぱり見えることやね」


 美鈴は少し考えた。


「見えるだけじゃ足りん。見えて、そこに打てないかん」


 沙耶が唐揚げを食べながら言った。


「じゃあ、見る力と打つ力のセット?」


「そう。定食で言えば、ご飯とおかず」


 小雪が笑う。


「また料理に戻った」


 美鈴は真顔で言った。


「戻るんやなくて、常にそこにある」


「名言みたいに言わんで」


 *


 翌週の練習。


 美鈴は“同じフォームから違う選択”を徹底的に練習した。


 強打の助走。

 同じ腕の振り。

 そこから、クロス。

 ストレート。

 ブロックアウト。

 短い軟打。


 何度も失敗した。


 クロスが甘くなる。

 フェイントが見える。

 ブロックアウトが外に出すぎる。


 監督が言う。


「黒崎、今のは選択はいい。でも精度が低い」


「はい!」


「高校で主力になるなら、選択と精度を両方持ちなさい」


「はい!」


 美鈴は汗を拭う。


 偶然では足りない。


 狙って決める。


 それが主力になる条件だった。


 *


 練習試合。


 相手は県内の強豪校。


 美鈴は途中出場した。


 序盤、相手は美鈴を中学時代のデータで見ていた。


 ブロックアウトに備える。

 フェイントに備える。


 だが、美鈴は変わり始めていた。


 最初の一本。


 強打のフォームから、あえてストレートへ。


 決まる。


 次の一本。


 同じ助走。


 相手ブロックが外側へ寄る。


 美鈴は内側へ打ち込む。


 決まる。


 高城由奈がベンチから見ていた。


「少し、形が出てきたね」


 長谷川真帆もうなずく。


「相手を見てからの選択が速くなっとる」


 *


 終盤。


 22対22。


 美鈴にトスが上がる。


 相手ブロック二枚。


 リベロは深い。


 前が空いている。


 だが、相手は美鈴の軟打も警戒している。


 美鈴は一瞬、打つコースを変えた。


 ブロックの指先。


 狙う。


 ボールは指先をかすめ、外へ弾けた。


 23対22。


 ベンチが沸く。


「ナイス!」


 美鈴は拳を握った。


 偶然ではない。


 今の一本は、狙って決めた。


 *


 試合後。


 監督が言った。


「黒崎」


「はい」


「今日の終盤の一本。あれはよかった」


「ありがとうございます」


「なぜ決められた?」


 美鈴は答える。


「相手リベロが深く、ブロックの外側が少し甘かったので、指先を狙いました」


 監督はうなずいた。


「説明できるなら、再現できる可能性がある」


 美鈴の胸に、その言葉が残った。


 説明できる一本。


 狙って決めた一本。


 それが、主力への一歩だった。


 *


 帰り道。


 ひかりが言った。


「美鈴ちゃん、今日の一本すごかった」


「たまたまやなかよ」


「分かっとる。だからすごい」


 美鈴は少し笑った。


「偶然やなく、必然にする」


 小雪が言う。


「それ、美鈴ちゃんの新しいテーマやね」


「うん」


 沙耶が元気よく言う。


「じゃあ、黒崎家で必然会議ですね!」


「名前が重か」


「世界戦略会議より軽いです」


「どっちも重いわ」


 みんなで笑った。


 *


 その夜。


 美鈴はノートを開いた。


『主力への一歩』

『人と同じことでは生き残れない』

『同級生は仲間でありライバル』

『高城先輩の壁、美咲先輩との争い』

『同じフォームから違う選択』

『説明できる一本=再現できる一本』


 最後に、こう書いた。


『偶然やなく、必然にする』


 *


 黒崎美鈴、高校一年。


 レギュラー争いは、まだ終わらない。


 先輩の壁は厚く、同級生も伸びている。


 だが、美鈴は少しずつ、自分の居場所を作り始めていた。


 笑い。

 分析。

 統率力。

 そして、狙って決める技術。


 中学時代の肩書きではない。


 高校のコートで通用する、自分だけの形。


 それを求めて、美鈴は今日も走り続ける。


 次回予告

 第37話「夏前の試練」


 主力候補として評価を上げ始めた美鈴。


 だが、夏の大会を前に、宗像高校女子バレー部は厳しい選抜に入る。


 ベンチ入りできるのは限られた人数。

 レギュラーに入れるのは、さらに一握り。


 先輩たちとの競争。

 同級生との競争。

 そして、自分自身との戦い。


 そんな中、美鈴は疲労から小さなミスを重ね始める。


「焦っとるな、黒崎」


 高城由奈の言葉が刺さる。


 次回、第37話「夏前の試練」。

 美鈴は、焦りを越えられるか。

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