一年生レギュラー争い
第35話
一年生レギュラー争い
初ベンチ入りで結果を残した美鈴は、宗像高校女子バレー部の中で少しずつ存在感を増していた。
だが、宗像高校のレギュラー争いは甘くない。
先輩たちは厚い。
同級生も伸びている。
少し結果を出したくらいで、主力になれる場所ではなかった。
「ここからは、遠慮したら負けたい」
美鈴はそう言って、練習ノートを開いた。
*
土曜日。
練習後の黒崎家には、一年生たちが集まっていた。
「おじゃまします!」
「今日も黒崎家バレー研究所、開店ですね」
ひかりが言うと、美鈴は真顔で返した。
「今日は研究所やなか。世界戦略会議たい」
「名前が重い!」
リビングには、試合映像のDVDが並んでいた。
前回の宗像高校の試合。
代表レベルのチームの試合。
オリンピック。
世界大会。
海外の強豪同士のゲーム。
正一が在宅の日は、元実業団選手として、そして現役コーチとして解説を加えた。
「今の場面、何が起きたか分かるか?」
画面には、世界大会の強豪チームが速攻で得点した場面。
小雪が言う。
「セッターの判断が早いです」
「それもある」
ひかりが続ける。
「レシーブが最初から攻撃に入りやすい位置に上がってます」
「そうたい」
正一はリモコンを止める。
「強いチームは、一本目から攻撃が始まっとる。レシーブは守備やけど、次の攻撃の入口でもある」
美鈴はノートに書き込む。
『一本目から攻撃』
『レシーブ=守備+攻撃の入口』
*
別の日は、美鈴たちだけで前の試合の反省をしていた。
「この場面、美鈴ちゃんが入った時、相手リベロが深く下がっとるね」
真央が画面を指さす。
「じゃあ、前が空く?」
沙耶が言う。
「でも高校のリベロは戻りが速かけん、ただ落とすだけじゃ拾われる」
美鈴は腕を組む。
「なら、落とすと見せて打つ。もしくは、ブロックの外側」
小雪がうなずく。
「それ、前の決勝点に近いね」
「うん。でも、あれを偶然にしたらいかん」
美鈴は画面を止めた。
「再現できるようにせんと、レギュラーにはなれん」
*
黒崎家のリビングは、いつの間にか小さな作戦室になっていた。
テーブルには佳代が用意したおにぎり、味噌汁、唐揚げ、果物。
それを見たひかりが笑う。
「また定食やん」
美鈴が胸を張る。
「作戦会議には栄養が必要たい」
沙耶が唐揚げをつまみながら言う。
「これ食べたら、スパイク決まりますか?」
正一が真面目に答える。
「食べただけじゃ決まらん。食べて、考えて、練習したら決まる」
「現実的!」
部屋に笑いが起きる。
*
だが、その笑いの奥で、一年生たちは本気だった。
桜庭ひかりは、守備で先輩リベロに追いつきたいと必死だった。
有村凛は、ブロックの高さを武器にするため、世界大会のミドルの動きを何度も見返した。
中原小雪は、セッターとして長谷川真帆のように試合を組み立てるため、トス回しを研究した。
伊東沙耶は、自分の声と攻撃力をどう試合で生かすか考えていた。
片瀬未来は、助走と打点を映像で確認し続けた。
西園寺花音は、守備の入り方をひかりと議論した。
森下優月は、速攻のタイミングを何度もノートに書いた。
そして美鈴は、全員を見ていた。
自分だけが勝ち上がるのではない。
一年生全体が強くなれば、宗像高校の中で自分たちの価値が上がる。
それが、レギュラー争いの中で生き残る道だと分かっていた。
*
週明けの練習。
一年生たちの動きが、少し変わった。
ひかりの一歩目が早くなる。
小雪のトス判断が速くなる。
凛のブロックの入り方が改善される。
沙耶の声がコートに響く。
高城由奈がそれに気づいた。
「一年、週末に何しよった?」
美鈴は答える。
「世界戦略会議です」
「何それ」
「代表レベルの試合見て、前の試合の反省して、今の自分たちならどうするか考えました」
由奈は少し驚いた顔をした。
「自主的に?」
「はい」
長谷川真帆が隣で笑う。
「黒崎家、完全に合宿所やね」
「食事も出ます」
「そこまで?」
「宗像高校一年生強化定食付きです」
由奈は思わず吹き出した。
「やっぱり料理に戻るんやね」
*
だが、レギュラー争いはそこで甘くならなかった。
美鈴の前には、3年の高城由奈、2年の早乙女美咲、片瀬未来、そして同じ一年のライバルたちがいる。
紅白戦。
美鈴はレギュラー組相手にコートへ入った。
相手のブロックは高い。
トスが上がる。
美鈴は跳ぶ。
中学なら決まっていたコース。
だが、高城由奈に読まれ、拾われる。
「黒崎、そこは高校では読まれる」
「はい!」
次の一本。
今度はブロックの外を狙う。
わずかに外れる。
「くっ……」
悔しさが湧く。
でも、美鈴は下を向かない。
「今の、手首が早かった」
自分で原因を言う。
由奈が少し目を細める。
「分かっとるなら、次」
「はい!」
*
練習後。
監督が美鈴を呼んだ。
「黒崎」
「はい」
「レギュラー候補に入れる」
美鈴の胸が跳ねた。
「ありがとうございます」
「ただし、候補です。確定ではない」
「はい」
「あなたには分析力がある。統率力もある。勝負どころでの度胸もある」
監督は続ける。
「だが、高校で主力になるには、まだ精度が足りない。特に、強い相手に対する再現性」
「はい」
「偶然の一本ではなく、狙って決める一本を増やしなさい」
美鈴は深く頭を下げた。
「はい」
*
帰り道。
一年生たちが美鈴の周りに集まった。
「レギュラー候補って言われたと?」
「うん」
「すごいやん!」
美鈴は首を振る。
「まだ候補たい」
ひかりが言う。
「でも、一歩前進やん」
「うん」
美鈴は空を見上げた。
「でも、ここからが本番」
沙耶が笑う。
「また作戦会議?」
「もちろん」
「次は何見ると?」
美鈴はにやっと笑った。
「世界大会の決勝。それと、前の紅白戦」
小雪が言う。
「また黒崎家?」
「うん。土曜日、集合」
ひかりが笑う。
「黒崎家バレー研究所、営業継続やね」
美鈴は胸を張った。
「営業時間、練習後から眠気に負けるまでたい」
*
その夜。
美鈴はノートを開いた。
『一年生レギュラー候補』
『まだ確定ではない』
『高校では再現性が必要』
『偶然の一本ではなく、狙って決める一本』
『黒崎家作戦会議、継続』
『一年生全体で強くなる』
最後に、こう書いた。
『遠慮したら負け。考えて、笑って、勝ちに行く』
*
黒崎美鈴、高校一年。
中学全国連覇キャプテンは、ようやく高校でレギュラー候補に名を連ねた。
だが、それはゴールではない。
先輩たちの壁。
同級生たちの成長。
自分自身の課題。
その全部を越えなければ、宗像高校の主力にはなれない。
それでも、美鈴は前へ進む。
笑いも。
分析も。
技術も。
仲間との作戦会議も。
すべてを武器にして。
次回予告
第36話「主力への一歩」
レギュラー候補となった美鈴。
紅白戦、練習試合、日々の練習で結果を求められる中、彼女は“狙って決める一本”を追い求める。
だが、先輩たちの壁は厚い。
高城由奈の冷静な守備。
長谷川真帆の鋭いトスワーク。
早乙女美咲とのポジション争い。
美鈴は、高校で通用する自分の形を探し続ける。
「偶然やなく、必然にする」
次回、第36話「主力への一歩」。
美鈴は、宗像高校のコートで自分の居場所をつかめるか。




