初ベンチ入り
第34話
初ベンチ入り
ベンチ外から試合を見つめた日から、美鈴の練習への向き合い方は変わった。
ただ打つ。
ただ拾う。
ただ声を出す。
それだけでは足りない。
相手が何を狙っているのか。
味方がどこで苦しんでいるのか。
流れがどこで変わりそうなのか。
美鈴は、コートの中でも外でも“試合を見る”ようになっていた。
*
次の大会前。
監督が登録メンバーを発表した。
「黒崎美鈴」
「はい!」
名前を呼ばれた瞬間、美鈴は背筋を伸ばした。
初めてのベンチ入り。
中学時代、全国連覇のキャプテンだった美鈴にとっても、高校でのベンチ入りは特別だった。
桜庭ひかりが小声で言う。
「美鈴ちゃん、入ったね」
「うん」
「嬉しか?」
「嬉しか」
美鈴は素直に答えた。
「でも、ここからたい」
*
試合当日。
美鈴はベンチに座っていた。
コートに立つのは先輩たち。
主将・高城由奈。
副主将・長谷川真帆。
リベロ・森本千春。
ミドルの三枝里奈。
オポジットの岩崎彩音。
宗像高校の主力たちが、鋭く動く。
美鈴は声を出した。
「ナイスです!」
「一本切りましょう!」
「相手、ライト寄ってます!」
ただ応援しているだけではない。
流れを読んでいた。
相手の守備位置が少しずつ変わる。
サーブの狙いが変わる。
宗像高校の攻撃が読まれ始める。
美鈴はすぐにメモを取り、タイムアウトの時に長谷川真帆へ伝えた。
「真帆先輩、相手リベロ、由奈先輩のクロスに寄り始めとります」
真帆は一瞬、美鈴を見た。
「見えとる?」
「はい。次、ストレートか、里奈先輩の速攻が空くと思います」
真帆は小さくうなずいた。
「分かった」
次のラリー。
真帆は美鈴の言葉通り、三枝里奈へ速攻を使った。
決まった。
ベンチが沸く。
美鈴は拳を握った。
*
その様子を、監督と高城由奈は見ていた。
由奈が試合中にもかかわらず、わずかに口元を緩める。
「黒崎、よう見とるね」
森本千春も静かに言った。
「ベンチで腐らんタイプ」
岩崎彩音が笑う。
「声もよう通る。ちょっと面白すぎるけど」
美鈴は聞こえていた。
「面白さもベンチワークです!」
彩音が吹き出す。
「試合中!」
*
試合は接戦になった。
第1セットを宗像高校が取り、第2セットは相手が取り返す。
最終セット。
終盤。
13対13。
一本が重い場面。
その時、アクシデントが起きた。
2年の早乙女美咲が着地で足をひねった。
「痛っ……!」
体育館の空気が止まる。
監督がすぐに指示を出す。
「交代」
そして、ベンチへ振り向いた。
「黒崎、準備」
美鈴の胸が跳ねた。
「はい!」
高校公式戦デビュー。
突然の出番。
しかも、最終セット終盤。
緊張しないはずがなかった。
だが、美鈴は深く息を吸った。
(ここで固まったら終わりたい)
コートに入る前、由奈が近づいた。
「黒崎」
「はい」
「中学の肩書きはいらん。今の一本だけ見なさい」
美鈴はうなずいた。
「はい」
そして小さく笑った。
「でも、笑いは持って入ってよかですか?」
由奈は一瞬だけ目を細めた。
「邪魔にならんなら」
「了解です」
*
コートに入った。
空気が違う。
ベンチから見ていた景色とは、まるで違う。
相手の視線。
床の硬さ。
ボールの速さ。
すべてが近い。
相手はすぐに美鈴を狙ってきた。
一年生。
途中出場。
緊張しているはず。
サーブが美鈴の方へ飛ぶ。
速い。
だが、美鈴は半歩前に出た。
「上げます!」
ボールはきれいに真帆へ上がった。
「ナイス!」
真帆がトスを上げる。
由奈が決める。
14対13。
宗像高校マッチポイント。
ベンチが沸く。
美鈴は心の中で息を吐いた。
(一本上がった)
*
次のラリー。
相手は強打で攻める。
森本千春が拾う。
真帆が上げる。
今度は美鈴へ。
トスが来た瞬間、美鈴の時間が少しゆっくりになった。
ブロック二枚。
相手リベロは深く構えている。
前が少し空いている。
中学なら、ここで落としたかもしれない。
だが高校の守備は速い。
美鈴は一瞬だけ、ブロックの外側を見た。
(ここ)
打つ。
ボールはブロックの指先に触れ、外へ弾けた。
得点。
試合終了。
宗像高校、勝利。
*
笛が鳴った瞬間、美鈴は一瞬だけ立ち尽くした。
高校公式戦、初得点。
それも、勝利を決める一本。
先輩たちが駆け寄る。
「黒崎!」
「ナイス!」
「よう決めた!」
美鈴は息を切らしながら笑った。
「高校のコート、味濃かですね」
岩崎彩音が大笑いした。
「そこで料理!?」
由奈も小さく笑った。
「でも、最後の一本は悪くなかった」
「ありがとうございます」
*
試合後。
監督は美鈴を呼んだ。
「黒崎」
「はい」
「今日のベンチワーク、見ていた」
美鈴は背筋を伸ばす。
「はい」
「相手の守備位置、攻撃の変化、味方の苦しいところ。よく見えていた」
「ありがとうございます」
「そして、途中出場でも崩れなかった」
監督は少し間を置いた。
「あなたには、将来このチームをまとめる資質がある」
美鈴は目を見開いた。
高城由奈も横で言った。
「統率力もある。声も出せる。空気も変えられる」
長谷川真帆が続けた。
「これなら、次の世代に渡せる」
その言葉は、美鈴の胸に深く刺さった。
次の世代。
高校でも、いつか自分が背負う日が来るかもしれない。
美鈴は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、まだ足りません」
由奈がうなずいた。
「それが分かっとるなら、伸びる」
*
帰り道。
美鈴は一年生たちに囲まれていた。
「美鈴ちゃん、すごかった!」
「最後の一本、鳥肌立った!」
「公式戦デビューで決勝点って何なん!」
美鈴は笑った。
「たまたまたい」
ひかりが首を振る。
「たまたまじゃなかよ」
小雪も言う。
「ベンチで見てたことが、ちゃんと出たんやと思う」
美鈴は少しだけ黙った。
ベンチ外。
ベンチ入り。
そして、コートへ。
全部がつながっていた。
「出られん日も、無駄やなかったね」
美鈴はそう言って、空を見上げた。
*
その夜。
美鈴はノートを開いた。
『初ベンチ入り』
『高校公式戦デビュー』
『最後の一本を決めた』
『ベンチから見る力は、コートでも使える』
『分析力、声、空気を変える力』
『将来、チームをまとめる資質があると言われた』
最後に、こう書いた。
『まだ足りない。でも、少しだけ近づいた』
*
黒崎美鈴、高校一年。
ベンチ外から始まった春。
悔しさの中で試合を見て、ベンチで支え、そしてついに高校のコートへ立った。
初めてのベンチ入りは、ただの出場機会ではなかった。
美鈴の分析力。
キャプテンシー。
統率力。
そして、勝負どころで冷静に決める力。
それらが、宗像高校の中でも認められ始めた瞬間だった。
高校のコートは、まだ遠い。
でも、美鈴は確かに、その一歩目を踏み出した。
⸻
次回予告
第35話「一年生レギュラー争い」
初ベンチ入りで結果を残した美鈴。
だが、宗像高校のレギュラー争いは甘くない。
先輩たちの厚い壁。
同級生たちの成長。
ポジションを争うライバルたち。
美鈴は、ついに一年生ながらレギュラー候補に名を連ねる。
「ここからは、遠慮したら負けたい」
笑いも、分析も、技術も、すべてを武器に。
次回、第35話「一年生レギュラー争い」。
美鈴、本格的に高校の主力争いへ。




