宗像高校へ
第30話
宗像高校へ
2014年春。
桜が舞う坂道を、黒崎美鈴は新しい制服姿で歩いていた。
宗像高校。
福岡県内でも屈指の強豪女子バレー部を持つ名門校。
中学全国連覇キャプテン――黒崎美鈴。
その名前は、すでに高校バレー界でも知られていた。
「宗像中の黒崎、入ってくるらしい」
「全中二連覇のキャプテンやろ?」
「試合中にギャグ言う人」
「料理の人?」
最後の噂だけ、なぜか異様に広まっていた。
だが、美鈴自身は分かっていた。
高校バレーは、中学とは違う。
全国を獲った肩書きなど、ここでは通用しない。
さらに高い打点。
さらに速い展開。
さらに厳しい上下関係。
そして、全国から集まる本物の強者たち。
「高校は、高校のコートたい」
美鈴は、小さくそうつぶやいた。
*
宗像高校女子バレー部体育館。
新入部員たちは緊張した顔で並んでいた。
その前に立つのは、現キャプテンの3年生。
空気が、中学とはまるで違う。
張り詰めている。
静かだ。
ボールを床に打つ音すら、鋭く聞こえる。
美鈴はその空気を感じながら、静かに息を吐いた。
(ここが、高校)
*
宗像高校女子バレー部・3年生
主将
高城由奈/ウイングスパイカー
出身:北九州市立白銀中
全国屈指のスパイカー。冷静沈着で厳しいキャプテン。
副主将
長谷川真帆/セッター
出身:久留米東中
試合運びに長けた司令塔。観察力が鋭い。
リベロ
森本千春/リベロ
出身:福岡中央中
守備職人。ほとんど感情を表に出さない。
ミドルブロッカー
三枝里奈/ミドルブロッカー
出身:大牟田南中
高さとパワーを兼ね備えた選手。
オポジット
岩崎彩音/オポジット
出身:小倉西中
強打型。気迫で押すタイプ。
*
2年生
東雲玲奈/セッター
出身:長崎・佐世保北中
速攻主体のトスが得意。
早乙女美咲/ウイングスパイカー
出身:熊本・水前寺中
ジャンプ力抜群。
大庭結衣/リベロ
出身:宗像東中
明るいムードメーカー。
黒川澪/ミドルブロッカー
出身:鹿児島大附属中
九州大会で宗像中と激戦を繰り広げた元ライバル。
平良夏海/オポジット
出身:沖縄・那覇第一中
独特のリズム感を持つ選手。
*
そして、新1年生たち。
美鈴を含めた新入部員が並ぶ。
緊張感が漂う中、高城由奈が前に出た。
「今日から宗像高校女子バレー部に入部する一年は、自己紹介」
声に無駄がない。
空気が引き締まる。
「名前、出身中学、ポジション。簡潔に」
「はい!」
*
新1年生
黒崎美鈴/ウイングスパイカー・セッター兼任
出身:宗像中学校
「黒崎美鈴です。宗像中出身です。ポジションはウイングスパイカー中心です。よろしくお願いします」
体育館の空気がわずかに動く。
“あの黒崎美鈴”。
だが、高城由奈は表情を変えない。
「次」
*
桜庭ひかり(さくらば ひかり)/リベロ
出身:札幌北中
「桜庭ひかりです!北海道から来ました!レシーブ負けません!」
元気のいい声。
だが、先輩たちは静かに見ている。
*
有村凛/ミドルブロッカー
出身:宮崎中央中
「有村凛です。ブロック頑張ります」
身長が高い。
先輩たちが少し目を止める。
*
中原小雪/セッター
出身:山口第一中
「中原小雪です。トス回しを学びたいです」
美鈴がちらっと見る。
落ち着いた目をしていた。
*
伊東沙耶/オポジット
出身:大分南中
「伊東沙耶です。声出しと攻撃、頑張ります!」
*
片瀬未来/ウイングスパイカー
出身:長崎・島原中央中
「片瀬未来です。高さを活かしたいです」
*
西園寺花音/リベロ
出身:福岡中央中
「西園寺花音です。粘り強い守備を目指します」
*
森下優月/ミドルブロッカー
出身:久留米西中
「森下優月です。速攻を磨きたいです」
*
自己紹介が終わる。
沈黙。
その時。
2年の大庭結衣が、美鈴を見ながら小声で言った。
「本物や……」
隣の黒川澪が腕を組む。
「全中二連覇キャプテン」
「試合中、ほんとに料理の話するん?」
その瞬間。
美鈴が反応した。
「状況によります」
2年生たちが吹き出す。
だが、主将の高城由奈は真顔だった。
「黒崎」
「はい」
「ここは高校」
「はい」
「中学の実績は関係ない」
「分かっとります」
「全員、横一線」
美鈴はまっすぐ答えた。
「はい」
高城由奈は数秒、美鈴を見た。
そして短く言った。
「ならいい」
*
その直後。
「一年、コート十周」
空気が変わる。
「はい!」
美鈴たちは走り始めた。
速い。
中学とはペースが違う。
さらに、先輩たちの動きもまるで違う。
高い。
速い。
重い。
ボールの音が、中学時代より明らかに重かった。
(速か……)
美鈴は息を切らしながら思う。
中学では、自分が中心だった。
全国でも通用した。
でも――
ここでは、自分より速い選手がいる。
自分より高い選手がいる。
自分より完成度の高い選手がいる。
全国連覇キャプテン。
その肩書きだけでは、生き残れない。
*
練習後。
1年生たちは床に座り込んでいた。
「きつ……」
「高校、レベル違いすぎる……」
「ボール重く感じた……」
美鈴も汗だくだった。
だが、その顔はどこか楽しそうだった。
桜庭ひかりが言う。
「黒崎さんでも、きつい?」
「きつい」
「ちょっと安心した……」
美鈴は笑った。
「ばってん、ワクワクもする」
「え?」
「このレベルの中で、どこまでやれるか」
その時。
2年の大庭結衣が通りかかった。
「一年、まだ帰らんの?」
「今から帰ります!」
結衣は美鈴を見て笑う。
「黒崎さん、噂通りやね」
「どの噂ですか?」
「なんか面白い」
美鈴は少し考えた。
「たぶん、宗像中食堂の店長やったけんです」
一瞬の沈黙。
そして、結衣が吹き出した。
「何それ!」
周りも笑い始める。
その笑い声を聞きながら、美鈴はふと思った。
(高校でも、笑う場所は作れる)
もちろん、甘くない。
ここは中学とは別世界。
でも、美鈴は逃げるつもりはなかった。
挑戦者として、また一から這い上がる。
それが今の自分に必要だと分かっていた。
*
体育館を出る時、高城由奈が美鈴を呼び止めた。
「黒崎」
「はい」
「全国連覇キャプテンでも、高校は別」
「はい」
「でも」
高城由奈は少しだけ口元を緩めた。
「面白い一年が入ってきたとは思ってる」
美鈴は笑った。
「ありがとうございます」
「ただし」
高城由奈の目が鋭くなる。
「宗像高校は、笑うだけじゃ勝てない」
美鈴はまっすぐ答えた。
「はい。でも、笑えんチームも勝ちきれんと思っとります」
一瞬の沈黙。
そして高城由奈は、小さく笑った。
「……なるほどね」
*
高校バレー。
それは、中学とは別の戦場だった。
全国連覇キャプテンという肩書きも、ここでは通用しない。
だが、美鈴はもう知っている。
壁は、越えるためにある。
苦しさの先に、成長がある。
そして――
笑いは、人を前へ進ませる力になる。
黒崎美鈴、高校一年。
新しい挑戦が、ここから始まる。
次回予告
第31話「一年生、潰れる」
宗像高校女子バレー部の練習は、想像を超えていた。
走る。
跳ぶ。
拾う。
怒鳴られる。
また走る。
全国トップレベルの練習量に、一年生たちは少しずつ限界へ追い込まれていく。
「もう足が動かん……」
だが、美鈴は仲間たちへ声をかける。
「ここで潰れたら、宗像の鍋に入れられるばい」
「高校でも料理!?」
次回、第31話「一年生、潰れる」。
高校バレーの洗礼が、一年生たちを襲う。




