キャプテンの卒業
第29話
キャプテンの卒業
全国連覇。
宗像中女子バレー部は、二年連続で全国の頂点に立った。
黒崎美鈴の名は、全国に知れ渡った。
笑いでチームをまとめるキャプテン。
料理のたとえで戦術を語る選手。
ギャグを飛ばしながら、勝負どころでは誰よりも冷静に決めるエース。
けれど、美鈴たち3年生に残された時間は、もう長くなかった。
夏が終われば、引退。
次は、後輩たちの代になる。
*
全国大会から戻った最初の練習日。
体育館には、いつもより少し静かな空気が流れていた。
ひなた、真央、結菜、梨音、さくらたち後輩は、どこか寂しそうな顔をしていた。
美鈴はそんな空気を見て、わざと明るく言った。
「なんね、この空気。味噌汁に塩入れ忘れたみたいやん」
ひなたが笑いながらも、目を潤ませた。
「だって、美鈴先輩たち、もうすぐ引退やないですか」
「引退しても、地球上から消えるわけやなかよ」
さくらが鼻をすすりながら言う。
「でも、コートにはおらんくなるんですよね」
美鈴は少しだけ表情をやわらげた。
「うん。だから、今日は次の代に渡す話ばする」
*
美鈴はホワイトボードの前に立った。
そこには、懐かしい言葉が並んでいた。
『鍋料理』
『和食の定食』
『日替わりメニュー』
『全部のせ』
後輩たちがくすっと笑う。
美鈴はボールを持ち上げた。
「うちらは、いろんな味で勝ってきた」
遥が横で笑う。
「最後まで料理なんやね」
「もちろんたい」
美鈴は後輩たちを見る。
「でもね、これは美鈴の料理やなか。宗像中の味たい」
体育館が静かになる。
「美鈴がおらんくなったら終わり、じゃ困る。遥がおらんくなったら終わり、でも困る。うちらの味は、次の代が作るとよ」
ひなたが顔を上げる。
「次の代……」
美鈴はうなずいた。
「ひなた、あんたは次の守備の柱たい。味噌汁から、定食全体を支える出汁になる」
「出汁……」
「真央、あんたは考えすぎるけど、その分析力は武器たい。次は、試合中に迷わず伝える役」
「はい」
「結菜、あんたは勢いがある。でも勢いだけやなく、狙って打てる唐揚げになりなさい」
「狙って揚げます!」
「梨音、あんたの高さはもっと伸びる。止めるだけやなく、相手に“嫌だ”と思わせる壁になる」
「はい」
「さくら、あんたの七味は効く。ばってん、入れすぎたら辛い。落ち着いて効かせること」
「はい、ほどよく辛くします!」
笑いが起きる。
美鈴は続けた。
「全員に役割がある。試合に出る人も、ベンチも、記録も、声出しも、練習相手も。全部がチームたい」
*
その日、美鈴たち3年生は、後輩たちと最後の紅白戦を行った。
美鈴・遥たち3年生チーム対、ひなたたち新チーム。
最初は、3年生が圧倒した。
美鈴のスパイク。
遥のトス。
菜月の粘り。
美空の安定感。
後輩たちは押された。
だが、第2セットから少しずつ変わる。
ひなたが拾う。
「上げました!」
真央が声を飛ばす。
「美鈴先輩、次はクロス多いです!」
梨音がブロックに触る。
結菜が打ち込む。
さくらがサーブで崩す。
美鈴は、相手コートの後輩たちを見て笑った。
「よかね」
遥が隣でうなずく。
「ちゃんと受け継いどる」
最後のラリー。
美鈴が打つ。
梨音がワンタッチ。
ひなたが拾う。
真央がつなぐ。
結菜が打つ。
決まった。
後輩チームが一点を取る。
体育館が湧いた。
「やった!」
「美鈴先輩から取った!」
美鈴は拍手した。
「今の、めっちゃよかった!」
ひなたは泣きそうな顔で言った。
「美鈴先輩、私たち、できますか?」
美鈴は即答した。
「できる」
その言葉に、迷いはなかった。
*
引退式。
体育館に部員全員が集まった。
3年生一人ひとりが、後輩へ言葉を残す。
そして最後に、美鈴が前に出た。
「えー、黒崎美鈴です」
後輩たちがすでに泣きそうになっている。
美鈴は困ったように笑った。
「まだ泣くの早か。ここから感動とギャグの全部のせやけん」
笑いが起きる。
でも、美鈴の声はすぐに静かになった。
「私は、このチームでたくさんのことを学びました。勝つこと。負けること。悔しさ。仲間を信じること。そして、笑うこと」
後輩たちは黙って聞いていた。
「笑いは、ふざけるためだけのものやなか。苦しい時に、もう一回前を向くための力たい」
美鈴はボールを胸の前で抱えた。
「みんな、これからきついことがあると思う。負けることもある。うまくいかんこともある。でも、その時に誰か一人で抱え込まんで」
ひなたの涙がこぼれる。
「チームは、一人で作るもんやなか。みんなで作るもんたい」
美鈴は少し笑った。
「うちらの味は、次の代が作るとよ」
そして、深く頭を下げた。
「宗像中女子バレー部を、よろしくお願いします」
*
その後、後輩たちから色紙が渡された。
そこには、たくさんの言葉が書かれていた。
『美鈴先輩、ありがとうございました』
『笑いで救われました』
『バレーがもっと好きになりました』
『料理のたとえ、一生忘れません』
『宗像中の味、受け継ぎます』
美鈴はそれを見て、初めて涙をこぼした。
「これは……反則たい」
遥が横で笑った。
「キャプテン、泣いとる」
「泣いとらん」
「泣いとるやん」
「これは……味噌汁の湯気たい」
後輩たちが泣きながら笑った。
*
その夜。
美鈴は練習ノートを開いた。
最後のページに、こう書いた。
『宗像中女子バレー部、引退』
『全国連覇』
『後輩たちへ継承』
『勝つことより大事なものを学んだ』
『チームは、みんなで作る』
そして最後に、一行。
『次のコートへ』
*
黒崎美鈴、中学3年。
キャプテンとして、全国連覇を成し遂げた。
けれど、最後に残したものは、優勝旗だけではなかった。
考える力。
つなぐ力。
笑いで空気を変える力。
仲間一人ひとりに役割を見つける力。
それは後輩たちへ受け継がれ、やがて未来の美鈴自身へもつながっていく。
選手として。
教育者として。
母として。
そして、指導者として。
美鈴の物語は、まだ終わらない。
*
そして、この年。
当初一年間で描かれる予定だった大河アニメ『笑う母、咲く光 ― 黒崎美鈴 60年の物語 ―』は、異例の発表を行う。
シリーズの二年延長。
中学編で終わるはずだった物語は、高校、短大、事故、優馬との出会い、母としての歩み、そして光子・優子・美香へと続く壮大な物語へ広がっていく。
視聴者の間では、こんな声が広がった。
「ここで終わるわけないやろ」
「美鈴の人生、まだ本番前やん」
「この人が、あの三姉妹の母になるまで見届けたい」
笑いと涙の大河は、次のステージへ進む。
⸻
次回予告
第30話「宗像高校へ」
宗像中を卒業した美鈴は、名門・宗像高校へ進学する。
中学全国連覇のキャプテンとして注目される美鈴。
だが、高校バレーは中学とは別世界だった。
さらに高い打点。
速い展開。
厳しい上下関係。
全国から集まる強者たち。
中学で頂点を極めた美鈴は、再び“挑戦者”に戻る。
「高校は、高校のコートたい」
そして、そこには新しい仲間、新しいライバル、新しい壁が待っていた。
次回、第30話「宗像高校へ」。
黒崎美鈴、高校編開幕。




