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笑う母の物語  作者: リンダ


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王者の初戦

 第28話


 王者の初戦


 全国大会本番。


 宗像中女子バレー部は、王者として会場に立っていた。


 去年は挑戦者だった。


 全国の高さに驚き、速さに圧倒され、それでも一戦ごとに食らいついて、最後には頂点をつかんだ。


 だが今年は違う。


 どのチームも、宗像中を見ていた。

 どのチームも、黒崎美鈴を知っていた。

 どのチームも、宗像中の“日替わりメニュー”を研究していた。


 王者として戦う。


 それは、挑戦者でいる時よりも、ずっと苦しいものだった。


 *


 初戦の相手は、関東代表。


 試合前の分析資料を見た真央が、眉をひそめた。


「かなり研究されてます」


 遥が尋ねる。


「どこまで?」


「美鈴先輩のブロックアウト、梨音先輩のクイック、ひなた先輩の守備範囲、さくらのサーブ投入タイミングまで」


 さくらが目を丸くする。


「私の七味タイミングまで読まれとるんですか?」


 美鈴は腕を組んでうなずいた。


「全国は、店の営業時間まで調べてくるけんね」


 遥が即座に言う。


「だから店じゃないって」


 美鈴は笑った。


 しかし、その目は真剣だった。


「今年の相手は、去年よりうちらを知っとる」


 ひなたが緊張した声で言う。


「じゃあ、どうします?」


 美鈴はボールを手に取り、にっと笑った。


「なら、知らん味を出すだけたい」


 *


 試合開始。


 関東代表は、最初から宗像中の弱点を突いてきた。


 サーブはひなたと美空の間。

 攻撃は梨音のブロックの外側。

 美鈴には二枚ブロック。

 しかも、美鈴がフェイントを選ぶ位置にリベロを置いている。


 完全に読んできていた。


 第1セット序盤。


 3対7。


 宗像中が追う展開。


 相手ベンチから声が飛ぶ。


「黒崎のクロス切れ!」

「フェイント前!」

「リベロの横、狙え!」


 美鈴はその声を聞きながら、息を整えた。


(研究されとる)


 でも、焦らなかった。


「遥」


「何?」


「最初のメニュー、変える」


「どれ?」


 美鈴は短く言った。


「小鉢から」


 遥の目が変わった。


「了解」


 *


 次のラリー。


 遥は美鈴ではなく、真央の指示を聞いて梨音へトスを上げた。


 梨音のクイック。


 相手は少し遅れる。


 得点。


「ナイス焼き魚!」


 美鈴が叫ぶ。


 相手チームが少し顔をしかめる。


「また料理……」


 だが、宗像中は止まらない。


 真央がベンチから声を出す。


「相手のライト、前に詰めてます!」


 遥がトスを後ろへ流す。


 菜月が落ち着いて決める。


「煮物、染みた!」


 ベンチが沸く。


 相手は、美鈴を止める準備はしていた。

 しかし、美鈴が最初から自分を主菜にしない展開までは、読み切れていなかった。


 *


 それでも、関東代表は強かった。


 すぐに対応してくる。


 梨音のクイックにブロックがつく。

 菜月のコースを読んでくる。

 ひなたへのサーブもさらに厳しくなる。


 第1セットは接戦になったが、宗像中が23対25で落とした。


 ベンチに戻ると、空気は重かった。


 だが、美鈴は笑った。


「相手、めっちゃうちらのこと好きやね」


 さくらが顔を上げる。


「好き?」


「ここまで研究するって、もうファンたい」


 遥が吹き出す。


「ファンに失礼やろ」


 美鈴は真顔で続けた。


「でも、ファンなら新曲聴きたいやろ?」


「料理から音楽になった!」


 ベンチに笑いが広がる。


 小森先生が口元を押さえながら言った。


「黒崎さん、比喩を増やしすぎない」


「すみません。定食に戻します」


「戻さなくてもいいです」


 さらに笑いが起きた。


 緊張がほどける。


 美鈴は全員を見た。


「第2セット、全部のせの前に、日替わりをもっと細かく変える。相手が研究しとるなら、その研究の上を行く」


 遥がうなずく。


「美鈴だけじゃなく、全員で」


「そうたい」


 *


 第2セット。


 宗像中は、まるで別のチームのように攻撃の起点を変え続けた。


 最初は梨音。

 次は結菜。

 次は美空。

 次はさくらのサーブ。

 次はひなたの守備から速い切り返し。


 美鈴は時に決め、時につなぎ、時に囮になった。


 相手が美鈴に寄る。

 その隙に結菜が決める。


 相手が結菜を見る。

 梨音がクイックを決める。


 相手が前へ詰める。

 美鈴が後ろを抜く。


 まさに日替わり。


 いや、ラリーごとに味が変わる。


 相手ベンチが混乱し始める。


「次、黒崎じゃないのか?」

「いや、さっきはミドルだった!」

「サーブのタイミングも変えてきてる!」


 その混乱を、美鈴は見逃さなかった。


「今、相手の注文票ぐちゃぐちゃたい!」


 遥が笑う。


「だから店じゃない!」


 美鈴が決める。


 25対21。


 第2セットを取り返した。


 *


 最終セット。


 初戦から死闘だった。


 10対10。


 11対11。


 12対12。


 どちらも譲らない。


 相手は最後に再び美鈴を徹底マークしてきた。


「黒崎を止めろ!」


 ブロック二枚。


 リベロも美鈴の得意コースに寄る。


 遥が美鈴を見る。


 美鈴は小さく首を振った。


 トスは結菜へ。


 結菜が打つ。


 ブロックに当たる。


 外へ。


 13対12。


「唐揚げ、全国仕様!」


 結菜が叫び、ベンチが笑う。


 次の一本。


 相手の強打。


 梨音が触る。


「ワンタッチ!」


 ひなたが拾う。


「味噌汁、熱々です!」


 遥が上げる。


 今度は美鈴へ。


 ブロック二枚。


 美鈴は跳ぶ。


 空中で相手を見る。


 指先。


 守備位置。


 去年より、今年の相手は準備している。


 でも、美鈴も去年とは違う。


 ブロックの外側を、わずかにかすめる。


 ボールは外へ弾けた。


 14対12。


 マッチポイント。


 最後はさくらのサーブで相手を崩し、梨音のブロックが決まった。


 15対12。


 宗像中、初戦突破。


 *


 試合後、相手チームの主将が美鈴に言った。


「黒崎さん、研究してきたのに、全然読めんかった」


 美鈴は笑った。


「日替わりやけんね」


「バレーでその返し、初めて聞いた」


「宗像中名物たい」


 両チームに笑いが広がった。


 *


 初戦を突破した宗像中は、そこからも厳しい戦いを勝ち抜いた。


 2回戦では、関西代表の高速コンビバレーに苦戦。


 真央の分析で相手の速攻の癖を読み、梨音と紗英がブロックに触り続けた。


 準々決勝では、東北代表の強烈なサーブに崩されかけた。


 ひなたと明里が守備で踏ん張り、美鈴が何度も声をかけた。


「味噌汁と大根おろしで、胃に優しく立て直すばい!」


 遥が苦笑しながらトスを上げる。


「胃に優しいバレーって何なん」


 準決勝では、沖縄代表の独特なリズムに翻弄された。


 だが、さくらのサーブと結菜の思い切りで流れを変えた。


「七味と唐揚げで、南国にも負けん!」


「その組み合わせ、胃がびっくりします!」


 笑いながらも、宗像中は勝った。


 *


 そして、決勝。


 相手は前年と同じ。


 前年度王者であり、去年宗像中に敗れた強豪校。


 この一年、相手もまた進化していた。


 高さ。

 守備。

 攻撃の精度。

 終盤の集中力。


 すべてが去年より強い。


 試合前、相手主将が美鈴を見た。


「今年こそ、止める」


 美鈴は静かに笑った。


「うちらも、今年の宗像中で行くけん」


 *


 第1セット。


 相手は美鈴だけでなく、宗像中全体を研究していた。


 梨音のクイックにも対応。

 結菜の強打にもブロック。

 さくらのサーブも警戒。

 真央の分析を活かす前に、攻撃テンポを変えてくる。


 宗像中は押された。


 21対25。


 第1セットを落とす。


 ベンチに戻った美鈴は、汗を拭きながら言った。


「さすが決勝。向こうも去年より味が増えとる」


 遥が息を整える。


「今年は相手も定食化しとるね」


「なら、こっちはフルコースたい」


「また増えた!」


 ベンチが笑う。


 小森先生が言った。


「第2セット、相手は宗像中全体を見ています。だからこそ、細かいズレを突くこと」


 美鈴はうなずいた。


「はい」


 *


 第2セット。


 宗像中は守備から立て直した。


 ひなたが拾う。

 明里がつなぐ。

 遥が散らす。

 美鈴が決める。


 相手が美鈴を警戒すれば、菜月が決める。


 菜月を見れば、梨音がクイック。


 ラリーが続けば、真央が相手の守備位置を伝える。


「左奥、空いてます!」


 美鈴がそこを打ち抜く。


 25対23。


 宗像中が取り返した。


 *


 最終セット。


 全国決勝。


 前年と同じ組み合わせ。


 そして、去年以上の接戦。


 5対5。

 8対8。

 10対10。


 相手のエースが決める。

 美鈴が決め返す。


 相手のブロックが止める。

 宗像中が拾い返す。


 12対12。


 会場の空気が張り詰める。


 ここで相手が美鈴を完全に止めに来た。


 ブロック三枚。


 後ろの守備も深い。


 遥が一瞬迷う。


 美鈴は言った。


「遥」


「何?」


「全部のせ」


 遥の目が変わる。


「了解」


 *


 ラリーが始まる。


 ひなたが拾う。


 遥が上げる。


 梨音がクイック。


 触られる。


 相手が返す。


 明里が拾う。


 真央が叫ぶ。


「相手、前に詰めてます!」


 遥が結菜へ。


 結菜が打つ。


 拾われる。


 相手エースへ。


 梨音がワンタッチ。


 ひなたが飛び込む。


「上げました!」


 遥が美鈴へ。


 ブロック三枚。


 美鈴は跳ぶ。


 打つ――と見せて、後ろへ流す。


 菜月が入る。


 菜月のスパイク。


 決まる。


 13対12。


 宗像中リード。


 ベンチが爆発する。


「煮物、全国決勝で染みた!」


 菜月が笑いながら叫ぶ。


「やっと染みました!」


 *


 13対13。


 相手も粘る。


 次の一点。


 相手のサーブはひなたへ。


 強烈なサーブ。


 ひなたは一歩前へ。


「味噌汁、こぼしません!」


 きれいに上がる。


 遥が美鈴へ。


 美鈴は今度こそ打つ。


 ブロック二枚。


 外側を狙う。


 ブロックアウト。


 14対13。


 宗像中、マッチポイント。


 *


 最後の一本。


 相手は全力で来た。


 強打。


 梨音が触る。


 ボールが高く浮く。


 ひなたが拾う。


 遥が走る。


 トスは少し乱れた。


 美鈴は助走に入る。


 ブロック三枚。


 守備も完璧に構えている。


 普通に打てば止められる。


 普通に落とせば拾われる。


 美鈴は空中で一瞬、時間が止まったように感じた。


 去年の決勝。

 今年の初戦。

 鍋。

 定食。

 日替わり。

 全部のせ。


 仲間の声が聞こえた。


「美鈴!」

「キャプテン!」

「決めて!」


 美鈴は笑った。


「いただきます」


 手首を返す。


 ボールはブロックの指先をかすめ、相手コートのライン際へ落ちた。


 一瞬の静寂。


 線審の旗が上がる。


 イン。


 試合終了。


 *


 宗像中、全国大会連覇。


 体育館が揺れた。


 選手たちは泣きながら抱き合った。


「連覇たい!」

「やった!」

「勝ったー!」


 遥が美鈴の肩を抱いた。


「キャプテン、今年の味も決まったね」


 美鈴は涙を流しながら笑った。


「みんなで作った味たい」


 ひなたも泣きながら言った。


「味噌汁、こぼしませんでした」


 さくらが号泣しながら笑う。


「七味、効きましたか?」


 美鈴はうなずいた。


「効きすぎて涙出た」


 *


 観客席では、正一と佳代が泣いていた。


 小森先生も、静かに目元を拭った。


 全国の指導者たちが、口々に語る。


「黒崎美鈴、やはり中学生離れしている」

「技術だけじゃない。試合を作る力がある」

「笑いでチームをまとめ、戦術で相手を崩す」

「唯一無二のキャプテンだ」


 *


 黒崎美鈴、中学3年。


 王者として狙われ、研究され、苦しみながらも、宗像中を全国連覇へ導いた。


 美鈴節全開。


 笑いでチームをひとつにまとめ、

 役割で仲間を輝かせ、

 勝負どころでは冷静に決める。


 全国は、また黒崎美鈴の名前を覚えた。


 そして、宗像中の“最後の夏”は、最高の形で幕を閉じた。


 ⸻


 次回予告


 第29話「キャプテンの卒業」


 全国連覇を達成した宗像中。


 だが、美鈴たち3年生に残された時間は、もう長くない。


 後輩たちへ何を残すのか。

 宗像中のバレーを、どうつないでいくのか。


 笑いと戦術でチームを導いたキャプテン・黒崎美鈴。


 その最後の仕事は、勝利ではなく“継承”だった。


「うちらの味は、次の代が作るとよ」


 次回、第29話「キャプテンの卒業」。

 美鈴は、宗像中に最後の言葉を残す。

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