表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う母の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/138

日替わりメニュー

第27話


日替わりメニュー


 定食作戦は、確かに効果を見せた。


 美鈴だけに頼らない。

 先発もベンチも、全員に役割を持たせる。

 相手に読ませない。


 だが、全国王者となった宗像中を相手に、他校も黙っているわけではなかった。


 練習試合を重ねるたびに、相手の研究は深くなる。


「宗像中は、最初に守備で流れを作る」

「黒崎美鈴を止めれば、必ず別の攻撃を使ってくる」

「定食作戦とか言いながら、要は役割分担が明確なチーム」


 最初は料理ネタに混乱していた相手も、だんだん慣れてくる。


 味噌汁。

 唐揚げ。

 焼き魚。

 小鉢。

 漬物。


 言葉に惑わされず、プレーそのものを読みにくるようになった。


 美鈴は、練習試合のあと、ノートに書いた。


『同じ定食では読まれる』

『相手によって主菜を変える』

『攻撃の起点を変える』

『ベンチの使い方を固定しない』


 そして、最後に大きく書いた。


『日替わりメニュー』


     *


 翌日のミーティング。


 美鈴はホワイトボードの前に立った。


「定食作戦は、ここから進化します」


 後輩たちが身構える。


 遥はすでに嫌な予感がしていた。


「美鈴、今度は何?」


 美鈴は堂々と書いた。


『日替わりメニュー』


 体育館が静かになる。


 そして、さくらが手を挙げた。


「キャプテン」


「何?」


「やっぱりここ、バレー部ですよね?」


「バレー部たい」


「なのにメニュー増えてません?」


「強い店はメニューも進化する」


 遥がため息をついた。


「店になっとるやん」


 美鈴は真顔で続けた。


「今までは、定食の形を作った。ばってん、相手もその定食を研究してくる。やけん、相手によって主菜を変える」


 真央がすぐに理解した。


「つまり、相手の弱点や特徴に応じて、攻撃の中心を変えるということですね」


「そう。今日の主菜が美鈴とは限らん。結菜の日もある。梨音の日もある。菜月の日もある。ベンチからさくらが流れを決める日もある」


 ひなたが少し不安そうに言う。


「守備が主役の日もありますか?」


 美鈴はうなずいた。


「もちろん。味噌汁が主役の日もあるたい」


「味噌汁が主役……」


「寒い日の味噌汁は最強やろ?」


 ひなたは少し笑った。


「分かる気がします」


 小森一香先生が腕を組んだまま言った。


「黒崎さんの言っていることは、試合ごとの戦術変更です。相手の特徴に合わせて、誰を起点にするかを変える。これは高度なことです」


 選手たちの顔が引き締まる。


「ただし、難点もあります。変化が増えれば、味方も混乱します」


 美鈴はうなずいた。


「そこです」


 ホワイトボードにさらに書く。


『役割は固定。主役は変える』


「全員の役割は変えん。でも、その試合で一番光る人を変える」


 遥が言う。


「今日の主役、誰なんですか?ってならんようにしないとね」


 美鈴は笑った。


「全員たい。日によって光り方が違うだけ」


     *


 日替わりメニューは、簡単ではなかった。


 ある練習試合では、梨音を主菜にしてミドル攻撃を増やした。


 だが、梨音は急に注目されて硬くなった。


「私が主菜って思うと、手が震えます……」


 美鈴は声をかける。


「焼き魚は焦げんように焼けばよか」


「でも、主菜ですよね」


「主菜でも、無理に派手にならんでよか。梨音は確実に触る。確実に入る。それが味たい」


 次のセット、梨音は落ち着いてブロックに触れ、クイックを二本決めた。


 完全な大爆発ではない。


 けれど、チームの流れを確実に作った。


     *


 別の試合では、結菜を主菜にした。


 勢いのある攻撃で相手を押す狙いだった。


 だが、結菜は張り切りすぎた。


「唐揚げ、揚がります!」


 気合い十分で打ったスパイクは、大きくアウト。


 次もアウト。


 さらに次も、力みすぎてネット。


 美鈴がタイムアウトで言った。


「結菜、今の唐揚げ、油の温度高すぎ」


「焦げました!」


「焦げとる。真っ黒たい」


「どうしたらいいですか!」


「中火」


「中火!」


 遥が横から言う。


「要するに、力を抜いてコースを見るってこと」


「遥先輩、翻訳ありがとうございます!」


 第2セット、結菜は力任せではなく、コースを意識して打った。


 強打だけではなく、相手ブロックの外側を狙う。


 それが決まり始める。


 唐揚げは、ようやくちょうどよく揚がった。


     *


 守備主役の日もあった。


 相手は攻撃力の高いチーム。


 打ち合えば不利。


 だから、美鈴はひなたを中心に据えた。


「今日は味噌汁定食たい」


 ひなたは目を丸くした。


「私ですか?」


「うん。拾って、相手を焦らせる」


「でも、得点は……」


「守備で得点は作れる。相手が『また拾われた』って焦った瞬間、こっちのチャンスたい」


 その試合、ひなたは何本も拾った。


 強打。

 フェイント。

 ブロックに当たったボール。


 拾うたびに、相手の顔が変わる。


「また上がった……」


「なんで落ちんと……」


 宗像中は、守備から流れをつかみ、終盤で美鈴と菜月が決めて勝った。


 試合後、ひなたは泣きそうな顔で言った。


「味噌汁でも、試合を作れるんですね」


 美鈴は笑った。


「味噌汁なめたらいかんたい」


     *


 しかし、変化が増えると、混乱も増えた。


 ベンチメンバーの出入りが多くなり、誰がどの場面で何をするのか、確認不足が出る。


 ある練習試合では、交代直後にサーブレシーブの担当がずれ、連続失点した。


 小森先生は厳しく言った。


「作戦が複雑になるほど、確認はシンプルにしなさい」


「はい」


 美鈴はノートに書いた。


『日替わりは混乱しやすい』

『合図を簡単にする』

『誰が主菜か、誰が支えるか、試合前に明確に』


 そして、チームで合図を決めた。


「焼き魚」なら梨音中心。

「唐揚げ」なら結菜中心。

「味噌汁」なら守備重視。

「小鉢」なら真央の分析を使う。

「漬物」ならさくらのサーブ投入。

「ご飯大盛り」なら遥中心に攻撃を散らす。

「全部のせ」は終盤の総力戦。


 遥が呆れたように言った。


「もう完全に食堂やん」


 美鈴は胸を張った。


「宗像中食堂、全国展開たい」


「やめて、商標みたいに言わんで」


     *


 3年生になった春。


 美鈴は、宗像中女子バレー部の絶対的なキャプテンになっていた。


 技術も、判断力も、冷静さも、さらに磨かれていた。


 スパイクの威力。

 レシーブの安定感。

 ブロックアウトの精度。

 相手の弱点を見る目。


 どれも、中学生離れしていた。


 だが、美鈴自身が一番成長したのは、自分が決める力ではなかった。


 人を見る力だった。


 後輩がどこで不安になるか。

 同級生がどこで迷うか。

 ベンチの誰を出せば流れが変わるか。

 相手がどこを狙ってくるか。


 それを見て、言葉にし、作戦へ変える。


 美鈴は、選手でありながら、すでに指導者のような目を持ち始めていた。


     *


 地区大会。


 宗像中は、王者として臨んだ。


 相手は徹底的に研究してきた。


 だが、宗像中は日替わりメニューで対応した。


 初戦は味噌汁定食。


 ひなたの守備で相手の攻撃を受け止め、終盤に美鈴が決める。


 準決勝は唐揚げ定食。


 結菜の攻撃を中心に、相手ブロックを崩す。


 決勝はご飯大盛り。


 遥がトスを散らし、美鈴だけに絞らせない。


 地区大会優勝。


     *


 県大会。


 相手はさらに研究してきた。


 美鈴へのマーク。

 サーブでベンチから入る選手を狙う。

 日替わりメニューの合図まで読もうとしてくるチームもあった。


 ある試合では、相手ベンチが叫んだ。


「次、唐揚げ来るぞ!」


 美鈴はにやっと笑った。


「残念、今日は焼き魚追加たい」


 遥が梨音へ上げる。


 梨音のクイック。


 決まる。


 相手ベンチが混乱する。


「メニュー変わった!?」


 宗像中ベンチは大爆笑。


 美鈴は笑いながらも、目は冷静だった。


 県大会優勝。


     *


 九州大会。


 宗像中は、前年王者として出場した。


 どのチームも強かった。


 それでも、美鈴たちは崩れなかった。


 苦しい時ほど、役割を確認する。


「味噌汁、一本頼む!」


「ご飯、散らして!」


「小鉢、相手の癖見えた?」


「漬物、次締めるよ!」


 会場の他校選手たちは、相変わらず困惑した。


「あのチーム、去年よりメニュー増えとる……」


「でも、強い」


「笑いながら、ちゃんと戦術変えてくる」


 九州大会決勝。


 相手は再び鹿児島大附属。


 前年以上に強くなっていた。


 第1セットを落とす。


 第2セットを取り返す。


 最終セット。


 14対14。


 デュース。


 ここで美鈴は円陣を組んだ。


「全部のせで行く」


 全員の表情が変わる。


 守備のひなた。

 トスの遥。

 分析の真央。

 ブロックの梨音。

 サーブのさくら。

 攻撃の結菜、菜月、美空。

 ベンチの声。


 全員で一本を取りにいく。


 長いラリー。


 ひなたが拾う。

 遥が上げる。

 梨音が触る。

 真央が叫ぶ。

 さくらがベンチから声を飛ばす。

 結菜がつなぐ。

 最後は美鈴。


 ブロック三枚。


 美鈴は打つ瞬間、相手のわずかなずれを見た。


 指先をかすめるブロックアウト。


 得点。


 次の一本も宗像中が取り、九州大会連覇。


     *


 そして、全国大会本番。


 宗像中は、王者として全国の舞台へ戻った。


 会場に入ると、周囲の視線が集まる。


「宗像中だ」

「黒崎美鈴」

「日替わりメニューのチーム」

「いや、バレー部やろ」


 美鈴はその声を聞いて、少し笑った。


 隣の遥が言う。


「今年は完全に有名人やね」


「有名定食屋みたいになっとる」


「だからバレー部やって」


 美鈴はコートを見つめた。


 去年、全国を獲った。

 今年は、王者として狙われる。


 同じ戦い方では勝てない。


 でも、宗像中は変わってきた。


 鍋から定食へ。

 定食から日替わりへ。

 そして今は、相手に合わせて変わり続けるチームになった。


 小森先生が言った。


「黒崎さん」


「はい」


「ここからは、全国の本番です」


「分かっとります」


「去年より難しいですよ」


 美鈴はうなずいた。


「でも、去年より強いです」


 小森先生は少しだけ笑った。


「いい答えです」


     *


 試合前。


 美鈴は全員を集めた。


「ここまで来た」


 全員が美鈴を見る。


「去年、うちらは全国を獲った。今年は、それを守るんやなくて、超える」


 静かな熱が広がる。


「相手は全部研究してくる。美鈴も、遥も、ひなたも、みんな狙われる」


 美鈴は一歩前に出た。


「ばってん、うちらは変わり続けてきた。役割を見つけて、味を増やして、日替わりで戦えるようになった」


 そして、にっと笑った。


「宗像中食堂、全国本店開店たい」


 一瞬の沈黙。


 そして、全員が爆笑した。


 遥が言う。


「最後の最後に食堂名乗った!」


 さくらが笑いながら拳を握る。


「開店しましょう!」


 ひなたも笑う。


「味噌汁、出します!」


 真央がノートを閉じる。


「本日の献立、整っています」


 梨音が小さく、でも力強く言う。


「焼き魚、焦げません」


 結菜が拳を上げる。


「唐揚げ、揚がります!」


 美鈴はボールを掲げた。


「行くばい」


「はい!」


     *


 黒崎美鈴、中学3年。


 全国大会本番。


 王者として。

 キャプテンとして。

 そして、笑いと戦術を武器にする唯一無二の選手として。


 美鈴は、最後の夏のコートへ踏み出した。



次回予告


第28話「王者の初戦」


 全国大会本番。


 宗像中の初戦の相手は、徹底的に宗像中を研究してきた関東代表。


 美鈴封じ。

 日替わりメニュー対策。

 サーブでの守備陣崩し。


 序盤から宗像中は苦戦する。


「今年の相手は、去年よりうちらを知っとる」


 だが、美鈴は笑う。


「なら、知らん味を出すだけたい」


 次回、第28話「王者の初戦」。

 宗像中、最後の夏が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ