日替わりメニュー
第27話
日替わりメニュー
定食作戦は、確かに効果を見せた。
美鈴だけに頼らない。
先発もベンチも、全員に役割を持たせる。
相手に読ませない。
だが、全国王者となった宗像中を相手に、他校も黙っているわけではなかった。
練習試合を重ねるたびに、相手の研究は深くなる。
「宗像中は、最初に守備で流れを作る」
「黒崎美鈴を止めれば、必ず別の攻撃を使ってくる」
「定食作戦とか言いながら、要は役割分担が明確なチーム」
最初は料理ネタに混乱していた相手も、だんだん慣れてくる。
味噌汁。
唐揚げ。
焼き魚。
小鉢。
漬物。
言葉に惑わされず、プレーそのものを読みにくるようになった。
美鈴は、練習試合のあと、ノートに書いた。
『同じ定食では読まれる』
『相手によって主菜を変える』
『攻撃の起点を変える』
『ベンチの使い方を固定しない』
そして、最後に大きく書いた。
『日替わりメニュー』
*
翌日のミーティング。
美鈴はホワイトボードの前に立った。
「定食作戦は、ここから進化します」
後輩たちが身構える。
遥はすでに嫌な予感がしていた。
「美鈴、今度は何?」
美鈴は堂々と書いた。
『日替わりメニュー』
体育館が静かになる。
そして、さくらが手を挙げた。
「キャプテン」
「何?」
「やっぱりここ、バレー部ですよね?」
「バレー部たい」
「なのにメニュー増えてません?」
「強い店はメニューも進化する」
遥がため息をついた。
「店になっとるやん」
美鈴は真顔で続けた。
「今までは、定食の形を作った。ばってん、相手もその定食を研究してくる。やけん、相手によって主菜を変える」
真央がすぐに理解した。
「つまり、相手の弱点や特徴に応じて、攻撃の中心を変えるということですね」
「そう。今日の主菜が美鈴とは限らん。結菜の日もある。梨音の日もある。菜月の日もある。ベンチからさくらが流れを決める日もある」
ひなたが少し不安そうに言う。
「守備が主役の日もありますか?」
美鈴はうなずいた。
「もちろん。味噌汁が主役の日もあるたい」
「味噌汁が主役……」
「寒い日の味噌汁は最強やろ?」
ひなたは少し笑った。
「分かる気がします」
小森一香先生が腕を組んだまま言った。
「黒崎さんの言っていることは、試合ごとの戦術変更です。相手の特徴に合わせて、誰を起点にするかを変える。これは高度なことです」
選手たちの顔が引き締まる。
「ただし、難点もあります。変化が増えれば、味方も混乱します」
美鈴はうなずいた。
「そこです」
ホワイトボードにさらに書く。
『役割は固定。主役は変える』
「全員の役割は変えん。でも、その試合で一番光る人を変える」
遥が言う。
「今日の主役、誰なんですか?ってならんようにしないとね」
美鈴は笑った。
「全員たい。日によって光り方が違うだけ」
*
日替わりメニューは、簡単ではなかった。
ある練習試合では、梨音を主菜にしてミドル攻撃を増やした。
だが、梨音は急に注目されて硬くなった。
「私が主菜って思うと、手が震えます……」
美鈴は声をかける。
「焼き魚は焦げんように焼けばよか」
「でも、主菜ですよね」
「主菜でも、無理に派手にならんでよか。梨音は確実に触る。確実に入る。それが味たい」
次のセット、梨音は落ち着いてブロックに触れ、クイックを二本決めた。
完全な大爆発ではない。
けれど、チームの流れを確実に作った。
*
別の試合では、結菜を主菜にした。
勢いのある攻撃で相手を押す狙いだった。
だが、結菜は張り切りすぎた。
「唐揚げ、揚がります!」
気合い十分で打ったスパイクは、大きくアウト。
次もアウト。
さらに次も、力みすぎてネット。
美鈴がタイムアウトで言った。
「結菜、今の唐揚げ、油の温度高すぎ」
「焦げました!」
「焦げとる。真っ黒たい」
「どうしたらいいですか!」
「中火」
「中火!」
遥が横から言う。
「要するに、力を抜いてコースを見るってこと」
「遥先輩、翻訳ありがとうございます!」
第2セット、結菜は力任せではなく、コースを意識して打った。
強打だけではなく、相手ブロックの外側を狙う。
それが決まり始める。
唐揚げは、ようやくちょうどよく揚がった。
*
守備主役の日もあった。
相手は攻撃力の高いチーム。
打ち合えば不利。
だから、美鈴はひなたを中心に据えた。
「今日は味噌汁定食たい」
ひなたは目を丸くした。
「私ですか?」
「うん。拾って、相手を焦らせる」
「でも、得点は……」
「守備で得点は作れる。相手が『また拾われた』って焦った瞬間、こっちのチャンスたい」
その試合、ひなたは何本も拾った。
強打。
フェイント。
ブロックに当たったボール。
拾うたびに、相手の顔が変わる。
「また上がった……」
「なんで落ちんと……」
宗像中は、守備から流れをつかみ、終盤で美鈴と菜月が決めて勝った。
試合後、ひなたは泣きそうな顔で言った。
「味噌汁でも、試合を作れるんですね」
美鈴は笑った。
「味噌汁なめたらいかんたい」
*
しかし、変化が増えると、混乱も増えた。
ベンチメンバーの出入りが多くなり、誰がどの場面で何をするのか、確認不足が出る。
ある練習試合では、交代直後にサーブレシーブの担当がずれ、連続失点した。
小森先生は厳しく言った。
「作戦が複雑になるほど、確認はシンプルにしなさい」
「はい」
美鈴はノートに書いた。
『日替わりは混乱しやすい』
『合図を簡単にする』
『誰が主菜か、誰が支えるか、試合前に明確に』
そして、チームで合図を決めた。
「焼き魚」なら梨音中心。
「唐揚げ」なら結菜中心。
「味噌汁」なら守備重視。
「小鉢」なら真央の分析を使う。
「漬物」ならさくらのサーブ投入。
「ご飯大盛り」なら遥中心に攻撃を散らす。
「全部のせ」は終盤の総力戦。
遥が呆れたように言った。
「もう完全に食堂やん」
美鈴は胸を張った。
「宗像中食堂、全国展開たい」
「やめて、商標みたいに言わんで」
*
3年生になった春。
美鈴は、宗像中女子バレー部の絶対的なキャプテンになっていた。
技術も、判断力も、冷静さも、さらに磨かれていた。
スパイクの威力。
レシーブの安定感。
ブロックアウトの精度。
相手の弱点を見る目。
どれも、中学生離れしていた。
だが、美鈴自身が一番成長したのは、自分が決める力ではなかった。
人を見る力だった。
後輩がどこで不安になるか。
同級生がどこで迷うか。
ベンチの誰を出せば流れが変わるか。
相手がどこを狙ってくるか。
それを見て、言葉にし、作戦へ変える。
美鈴は、選手でありながら、すでに指導者のような目を持ち始めていた。
*
地区大会。
宗像中は、王者として臨んだ。
相手は徹底的に研究してきた。
だが、宗像中は日替わりメニューで対応した。
初戦は味噌汁定食。
ひなたの守備で相手の攻撃を受け止め、終盤に美鈴が決める。
準決勝は唐揚げ定食。
結菜の攻撃を中心に、相手ブロックを崩す。
決勝はご飯大盛り。
遥がトスを散らし、美鈴だけに絞らせない。
地区大会優勝。
*
県大会。
相手はさらに研究してきた。
美鈴へのマーク。
サーブでベンチから入る選手を狙う。
日替わりメニューの合図まで読もうとしてくるチームもあった。
ある試合では、相手ベンチが叫んだ。
「次、唐揚げ来るぞ!」
美鈴はにやっと笑った。
「残念、今日は焼き魚追加たい」
遥が梨音へ上げる。
梨音のクイック。
決まる。
相手ベンチが混乱する。
「メニュー変わった!?」
宗像中ベンチは大爆笑。
美鈴は笑いながらも、目は冷静だった。
県大会優勝。
*
九州大会。
宗像中は、前年王者として出場した。
どのチームも強かった。
それでも、美鈴たちは崩れなかった。
苦しい時ほど、役割を確認する。
「味噌汁、一本頼む!」
「ご飯、散らして!」
「小鉢、相手の癖見えた?」
「漬物、次締めるよ!」
会場の他校選手たちは、相変わらず困惑した。
「あのチーム、去年よりメニュー増えとる……」
「でも、強い」
「笑いながら、ちゃんと戦術変えてくる」
九州大会決勝。
相手は再び鹿児島大附属。
前年以上に強くなっていた。
第1セットを落とす。
第2セットを取り返す。
最終セット。
14対14。
デュース。
ここで美鈴は円陣を組んだ。
「全部のせで行く」
全員の表情が変わる。
守備のひなた。
トスの遥。
分析の真央。
ブロックの梨音。
サーブのさくら。
攻撃の結菜、菜月、美空。
ベンチの声。
全員で一本を取りにいく。
長いラリー。
ひなたが拾う。
遥が上げる。
梨音が触る。
真央が叫ぶ。
さくらがベンチから声を飛ばす。
結菜がつなぐ。
最後は美鈴。
ブロック三枚。
美鈴は打つ瞬間、相手のわずかなずれを見た。
指先をかすめるブロックアウト。
得点。
次の一本も宗像中が取り、九州大会連覇。
*
そして、全国大会本番。
宗像中は、王者として全国の舞台へ戻った。
会場に入ると、周囲の視線が集まる。
「宗像中だ」
「黒崎美鈴」
「日替わりメニューのチーム」
「いや、バレー部やろ」
美鈴はその声を聞いて、少し笑った。
隣の遥が言う。
「今年は完全に有名人やね」
「有名定食屋みたいになっとる」
「だからバレー部やって」
美鈴はコートを見つめた。
去年、全国を獲った。
今年は、王者として狙われる。
同じ戦い方では勝てない。
でも、宗像中は変わってきた。
鍋から定食へ。
定食から日替わりへ。
そして今は、相手に合わせて変わり続けるチームになった。
小森先生が言った。
「黒崎さん」
「はい」
「ここからは、全国の本番です」
「分かっとります」
「去年より難しいですよ」
美鈴はうなずいた。
「でも、去年より強いです」
小森先生は少しだけ笑った。
「いい答えです」
*
試合前。
美鈴は全員を集めた。
「ここまで来た」
全員が美鈴を見る。
「去年、うちらは全国を獲った。今年は、それを守るんやなくて、超える」
静かな熱が広がる。
「相手は全部研究してくる。美鈴も、遥も、ひなたも、みんな狙われる」
美鈴は一歩前に出た。
「ばってん、うちらは変わり続けてきた。役割を見つけて、味を増やして、日替わりで戦えるようになった」
そして、にっと笑った。
「宗像中食堂、全国本店開店たい」
一瞬の沈黙。
そして、全員が爆笑した。
遥が言う。
「最後の最後に食堂名乗った!」
さくらが笑いながら拳を握る。
「開店しましょう!」
ひなたも笑う。
「味噌汁、出します!」
真央がノートを閉じる。
「本日の献立、整っています」
梨音が小さく、でも力強く言う。
「焼き魚、焦げません」
結菜が拳を上げる。
「唐揚げ、揚がります!」
美鈴はボールを掲げた。
「行くばい」
「はい!」
*
黒崎美鈴、中学3年。
全国大会本番。
王者として。
キャプテンとして。
そして、笑いと戦術を武器にする唯一無二の選手として。
美鈴は、最後の夏のコートへ踏み出した。
⸻
次回予告
第28話「王者の初戦」
全国大会本番。
宗像中の初戦の相手は、徹底的に宗像中を研究してきた関東代表。
美鈴封じ。
日替わりメニュー対策。
サーブでの守備陣崩し。
序盤から宗像中は苦戦する。
「今年の相手は、去年よりうちらを知っとる」
だが、美鈴は笑う。
「なら、知らん味を出すだけたい」
次回、第28話「王者の初戦」。
宗像中、最後の夏が始まる。




