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笑う母の物語  作者: リンダ


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定食作戦、始動

第26話


定食作戦、始動


 宗像中女子バレー部の新しい戦い方。


 美鈴だけに頼らない攻撃。

 ベンチも含めた役割分担。

 相手に読ませない多彩な組み立て。


 名づけて――定食作戦。


 ただし、名前だけ聞けば完全に料理部だった。


     *


 練習では、選手たちがそれぞれの役割を意識し始めていた。


 山下ひなたは、リベロとして守備の安定を求められる。


「私、本当に味噌汁になれとるとかな……」


 ひなたはレシーブ練習のあと、ぽつりとつぶやいた。


 美鈴はすぐに横へ座る。


「なれとるよ」


「でも、まだ弾くことあります」


「味噌汁もたまに味薄い日あるたい」


「それ、慰めですか?」


「調整できるって意味たい」


 ひなたは少し笑った。


「じゃあ、濃すぎず薄すぎず、頑張ります」


「そう。毎日飲める守備を目指すとよ」


「やっぱり料理部みたいです」


     *


 川口真央は、考えすぎて動きが遅れることがあった。


 相手の位置を見る。

 ローテーションを考える。

 誰に上げるか判断する。


 考えるほど、体が止まる。


「私、また調味料入れすぎました……」


 真央が苦笑する。


 美鈴はうなずいた。


「味濃すぎたね」


「はい」


「でも、真央の分析は必要たい。問題は、入れる量とタイミング」


 真央はノートを見つめる。


「考える時間を短くする練習が必要ですね」


「そう。考えるのはプレー前。動く時は迷わん」


     *


 高瀬梨音は、自分の高さにまだ自信を持ちきれていなかった。


 ブロック練習で触れる。

 でも、止められないと落ち込む。


「また止められませんでした……」


「触ったやん」


「でも、止めてないです」


 美鈴は首を振った。


「梨音、焼き魚は毎回ホームラン打たんでよか」


「焼き魚がホームラン……?」


「つまり、派手に止めんでも、ワンタッチで流れを変えれば十分たい」


 梨音は少し考える。


「触るだけでも、役割ですか?」


「もちろん。相手の強打を弱める。それだけで、ひなたが拾いやすくなる」


 梨音は小さくうなずいた。


「じゃあ、まず触ります」


     *


 井手さくらは、ミスしたあとに表情が崩れやすかった。


 サーブ練習でネットにかける。


「ああ……終わった……」


 美鈴がすぐに声を飛ばす。


「3秒!」


「はい!」


「1、2、3!」


 さくらは顔を上げる。


「4秒目から七味、復活します!」


「よし!」


 周りが笑う。


 さくらも笑う。


 落ち込み癖はまだある。

 でも、戻る速さは少しずつ早くなっていた。


     *


 定食作戦は、簡単には完成しなかった。


 ご飯役の遥は全体を支えようとして、逆にトスが無難になりすぎることがある。


 唐揚げ役の結菜は、勢いがありすぎてアウトになる。


 煮物役の菜月は、落ち着きすぎて勝負どころで一歩遅れる。


 卵焼き役の美空は、安定を意識しすぎて思い切りを失う。


 海苔役の江藤里奈は、目立たない仕事に悩む。


 茶碗蒸し役の宮田紗英は、タイミングの繊細さに苦しむ。


 下ごしらえ役の田代杏奈は、自分が本当にチームの力になっているのか不安になる。


 梅干し役の大庭美咲は、声を出しすぎて空回りする。


 献立表役の桑原千夏は、記録に集中しすぎて試合の流れを見落とす。


 大根おろし役の野口明里は、冷静でいようとして声が小さくなる。


 全員に役割がある。


 だからこそ、全員が壁にぶつかった。


     *


 そんな中、練習試合の日が来た。


 相手は県内の中堅強豪、筑前南中。


 宗像中を研究してきている相手だった。


 試合前、相手ベンチでは選手たちが作戦を確認していた。


「黒崎美鈴を止める」


「サーブは1年生と守備の薄いところ」


「宗像中は黒崎中心。そこを潰せば流れは止まる」


 監督も言った。


「相手は全国王者だが、去年と同じパターンなら読める。落ち着いていけ」


 だが、その直後だった。


 宗像中の円陣から、美鈴の声が聞こえた。


「今日は定食作戦たい!」


 相手選手たちが、ぴたりと止まる。


「……定食?」


「今、定食って言った?」


「バレーの話よね?」


 宗像中側では、美鈴が続けていた。


「ひなた、味噌汁は最初の一口が大事たい!」


「はい!」


「遥、ご飯は全体を受け止める!」


「了解!」


「結菜、唐揚げは焦げんように!」


「強火でいきます!」


「中火!」


 相手ベンチがざわつく。


「え、何の話?」


「作戦名?」


「料理?」


 試合前から、筑前南中は少し混乱し始めていた。


     *


 第1セット。


 筑前南中は予定通り、美鈴を徹底マークした。


 美鈴にブロック二枚。

 守備も美鈴の得意コースへ寄せる。


 しかし、宗像中は美鈴だけでは攻めなかった。


 遥が梨音へ上げる。


 クイック。


 得点。


「焼き魚、一本!」


 美鈴が叫ぶ。


 梨音が少し照れながら戻る。


 相手選手がつぶやく。


「焼き魚……?」


 次のラリー。


 相手は美鈴に備える。


 だが、トスは結菜へ。


 結菜が思い切り打つ。


 ブロックアウト。


「唐揚げ、揚がった!」


「揚がったって何!?」


 筑前南中の選手たちは、プレー以上に言葉で揺さぶられ始めた。


     *


 さらに、宗像中は試合中にもギャグを織り交ぜてきた。


 相手の強打をひなたが拾う。


「ナイス味噌汁!」


 ひなたが返す。


「出汁、取りました!」


 相手のセッターが一瞬、顔をしかめる。


「出汁……?」


 次のプレーで、ほんの少しトスが乱れた。


 宗像中はそこを逃さない。


 美鈴が拾い、遥が上げ、菜月が決める。


「煮物、染みた!」


 ベンチが沸く。


 相手はますます混乱する。


「なんかずっと料理のこと話してるんやけど!」


「気にするな!」


「でも気になる!」


     *


 筑前南中はタイムアウトを取った。


 相手監督は厳しい声で言った。


「相手の言葉に惑わされるな。プレーを見るんだ」


「はい!」


 だが、選手たちはまだ落ち着かない。


「でも、味噌汁とか唐揚げとか……」


「黒崎がスパイスってどういう意味?」


「考えるな!」


 監督の声が飛ぶ。


 しかし、もう宗像中のペースだった。


     *


 試合再開。


 美鈴は、相手が混乱しているのを見逃さなかった。


 ただふざけているわけではない。


 相手の集中を少しずらす。

 自分たちの緊張をほどく。

 役割を思い出させる。


 美鈴節は、作戦でもあった。


 次のラリー。


 相手は美鈴にブロックを寄せる。


 美鈴は打つふりをして、後ろへ流す。


 美空が入る。


「卵焼き、いきます!」


 柔らかく、でも正確なスパイク。


 決まる。


 相手選手が思わず言った。


「卵焼きまでおると!?」


 宗像中ベンチが爆笑した。


     *


 第1セットは、宗像中が取った。


 25対18。


 だが、内容はまだ完璧ではなかった。


 美鈴はベンチで言った。


「笑いで相手は揺れとる。でも、うちらもミスが多か」


 遥がうなずく。


「定食作戦、まだ盛り付けが雑やね」


「そうたい。第2セットは、もっと丁寧に」


 小森先生も言った。


「言葉で揺さぶるのは悪くありません。ただし、技術が雑になれば意味がない」


「はい!」


     *


 第2セット。


 筑前南中は少し落ち着きを取り戻した。


 美鈴のギャグに反応しすぎないようにしてくる。


 さらに、宗像中の新入部員をサーブで狙った。


 田代杏奈が途中出場。


 緊張で足が止まりかける。


 相手サーブ。


 杏奈の方へ。


「あっ……!」


 レシーブが乱れる。


 相手の得点。


 杏奈の顔が青くなる。


「すみません……」


 美鈴が近づいた。


「杏奈」


「はい……」


「下ごしらえが本番に出たら、そりゃ緊張するたい」


「下ごしらえ……」


「でも、下ごしらえがなかったら料理は始まらん。次、足一歩前」


 杏奈はうなずいた。


「はい」


 次のサーブも杏奈へ。


 今度は一歩前に出た。


 完璧ではない。


 でも、上がった。


「ナイス下ごしらえ!」


 ベンチが沸く。


 杏奈の顔が明るくなる。


     *


 筑前南中も粘った。


 宗像中の定食作戦に慣れ始め、少しずつ対応してくる。


 20対20。


 接戦。


 ここで真央がベンチから声を出した。


「相手のレフト、クロスが増えてます!」


 美鈴がうなずく。


「小鉢、ナイス!」


 次のプレー。


 相手レフトがクロスに打つ。


 ひなたが読んでいた。


「上げました!」


 遥が美鈴へトス。


 美鈴はブロックを見て、外側へ打つ。


 得点。


 21対20。


 ここから宗像中は一気に流れをつかんだ。


 さくらのサーブ。

 梨音のワンタッチ。

 結菜の強打。


 最後は美鈴が決めた。


 25対22。


 宗像中、練習試合に勝利。


     *


 試合後。


 筑前南中の選手たちは、苦笑しながら整列した。


「ありがとうございました!」


 握手の時、相手キャプテンが美鈴に言った。


「黒崎さん」


「はい」


「バレーは強いし、作戦もすごいけど……」


「けど?」


「途中から、試合しよるのか定食屋に来たのか分からんくなりました」


 美鈴はにっと笑った。


「ご来店ありがとうございました」


 相手キャプテンが吹き出した。


「やっぱり定食屋やん!」


 両チームに笑いが広がった。


     *


 練習試合後、小森先生は全員を集めた。


「今日の定食作戦、効果はありました」


 選手たちが笑う。


「相手を混乱させたこともありますが、それ以上に、自分たちが役割を思い出せたことが大きい」


 美鈴はうなずいた。


「はい」


「ただし、相手も慣れてきます。次からは、言葉だけでなく、プレーの質で相手を混乱させること」


 真央がノートに書き込む。


「攻撃パターンの多様化ですね」


「そうです」


 小森先生は少しだけ笑った。


「定食で言えば、日替わりメニューです」


 体育館が爆笑した。


 美鈴が叫ぶ。


「先生、もう完全にこっち側です!」


 小森先生は涼しい顔で言った。


「指導のためです」


     *


 その夜。


 美鈴は練習ノートを開いた。


『定食作戦、初実戦』

『相手は混乱した』

『ただし、第2セットでは慣れられた』

『言葉で揺さぶるだけでは限界がある』

『役割を思い出す言葉として有効』

『プレーの質を上げる。日替わりメニュー必要』


 最後に、こう書いた。


『定食作戦は始まったばかり』


     *


 宗像中の新しい味。


 それは、まだ完成していない。


 けれど、確かに動き始めていた。


 相手を混乱させる美鈴節。

 仲間の役割を明確にする言葉。

 そして、全国王者として変わり続ける覚悟。


 鍋から定食へ。


 宗像中は、新しい戦い方を作り始めていた。



次回予告


第27話「日替わりメニュー」


 定食作戦は一定の効果を見せた。


 だが、相手もすぐに慣れてくる。


 美鈴は次の一手として、“日替わりメニュー”を提案する。


 相手によって主菜を変える。

 攻撃の起点を変える。

 ベンチメンバーの使い方も変える。


 だが、変化が増えるほど、チーム内には混乱も生まれる。


「今日の主役、誰なんですか?」


 美鈴は言う。


「全員たい。日によって光り方が違うだけ」


 次回、第27話「日替わりメニュー」。

 宗像中は、読まれないチームへ進化できるか。

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