狙われる王者
第25話
狙われる王者
全国王者になった宗像中女子バレー部は、もう“挑戦者”ではなかった。
次の大会から、相手校の目つきが変わった。
「黒崎美鈴を止めろ」
「宗像中の攻撃パターンを読め」
「1年生とベンチ入り直後の選手をサーブで狙え」
どの学校も、宗像中を研究してきた。
美鈴が得意とするブロックアウト。
遥のトス回し。
梨音のクイック。
ひなたの守備範囲。
さくらのサーブ。
去年まで通じた形が、少しずつ読まれ始めていた。
練習試合でも、宗像中は簡単に勝てなくなっていた。
美鈴は試合後、体育館の床に座り込み、汗を拭いた。
「去年と同じじゃ勝てん」
その言葉に、遥がうなずく。
「相手、うちらの鍋料理を完全に研究してきとるね」
美鈴は顔を上げた。
「そうたい」
そして、にやっと笑った。
「なら、今年は鍋やめる」
「え?」
「ミーティングする。選手だけで」
*
放課後。
体育館の端に、宗像中女子バレー部の選手たちが集まった。
小森一香先生は、少し離れた場所で見守っている。
美鈴はホワイトボードの前に立った。
「去年、うちらは鍋料理で勝負した」
後輩たちは真剣に聞いていた。
「ひなたは出汁。遥は鍋奉行。梨音は大根。さくらは七味。私はスパイス」
さくらが笑う。
「あれ、全国でも通用しましたね」
「うん。でも、同じ鍋ばっかり出したら、相手も飽きる」
遥が腕を組む。
「飽きるというか、研究されるね」
「そう。やけん今年は――」
美鈴はホワイトボードに大きく書いた。
『和食の定食』
体育館が静まり返った。
山下ひなたが小さく手を挙げる。
「美鈴先輩」
「何?」
「ここ、やっぱり料理部になってませんか?」
美鈴は堂々とうなずいた。
「バレー部たい。ばってん、勝つためには味の組み立てが必要と」
小森先生が遠くからぼそっと言った。
「比喩としては、悪くありません」
選手たちが笑った。
先生も完全に美鈴節に染まりつつあった。
*
美鈴はホワイトボードに、先発メンバーとベンチメンバーの名前を書き出した。
宗像中女子バレー部・新体制メンバー
先発メンバー
黒崎美鈴/アウトサイドヒッター・キャプテン
役割:主菜。チームの中心となる得点源。勝負どころで流れを決める。
西村遥/セッター・副キャプテン
役割:ご飯。全員の力を受け止め、攻撃を組み立てる土台。
山下ひなた/リベロ
役割:味噌汁。毎日のように当たり前に必要で、チームを支える守備の柱。
高瀬梨音/ミドルブロッカー
役割:焼き魚。派手さより確実性。ブロックとクイックでじわじわ試合を締める。
森岡結菜/アウトサイドヒッター
役割:唐揚げ。勢いと破壊力で空気を変える攻撃役。
藤原菜月/オポジット
役割:煮物。粘り強く、苦しい場面で落ち着いて得点につなげる。
ベンチメンバー
川口真央/セッター候補
役割:小鉢。試合の流れに合わせて細かい変化を加える分析役。
井手さくら/オポジット・サーバー
役割:漬物。短い出番でもピリッと効く。サーブと声で流れを変える。
坂井美空/アウトサイドヒッター
役割:卵焼き。安定感とやわらかさ。途中出場で攻撃のリズムを整える。
江藤里奈/守備・リリーフレシーバー
役割:海苔。目立たなくても、あると全体が締まる守備の補強役。
宮田紗英/ミドルブロッカー
役割:茶碗蒸し。繊細なタイミングでブロックと速攻を支える。
田代杏奈/サポート・ボール管理・守備練習要員
役割:下ごしらえ。練習の流れを止めず、チームの土台を支える。
大庭美咲/サーブ練習担当・声出し
役割:梅干し。苦しい時に目を覚まさせる声と集中力。
桑原千夏/記録・分析補助
役割:献立表。相手の傾向、サーブコース、ローテーションを整理する。
野口明里/レシーブ控え
役割:大根おろし。相手の強打を受け止め、チームの熱を冷静に整える。
*
ホワイトボードを見た選手たちは、しばらく黙っていた。
やがて、さくらが吹き出した。
「私、漬物ですか!」
美鈴は真顔でうなずく。
「漬物は大事たい。あると味が締まる」
「じゃあ、出番少なくても効かせます!」
ひなたが自分の名前を見つめる。
「私は味噌汁……」
「毎日必要やろ?」
「はい」
「ひなたのレシーブが上がらんと、うちらの定食は始まらん」
ひなたは、少し照れたようにうなずいた。
「頑張ります」
遥はホワイトボードを見て苦笑した。
「私はご飯なんやね」
「遥がおらんと、全部バラバラたい」
「責任重いね」
「ご飯は偉大やけん」
結菜は拳を握った。
「唐揚げ、任せてください!」
「ただし、焦げんように」
「それは努力します!」
梨音は小さく笑った。
「焼き魚……渋いですね」
「梨音はじわじわ効くタイプやけん」
「地味に頑張ります」
「地味やなか。堅実たい」
真央はノートに書き込みながら言った。
「小鉢は、試合のアクセントですね」
「そう。真央の分析で、相手の苦手なところを突く」
「分かりました」
*
美鈴は全員を見渡した。
「去年、うちらは鍋で勝った」
静かに言う。
「でも、今年は相手が鍋の具材まで研究してくる。どこに何が入っとるか、全部見てくる」
ボールを手に取る。
「だから、今年は定食たい」
「定食……」
「一品だけ止めても、勝てん。ご飯も味噌汁も主菜も小鉢も漬物もある。どこかを止めても、別の味が出る」
美鈴の声が強くなる。
「先発だけやない。ベンチも含めて、全員に役割がある」
田代杏奈が小さく言った。
「私も、ですか?」
美鈴はすぐに答えた。
「もちろん」
杏奈は顔を上げた。
「でも、私は試合に出る機会も少ないし……」
「杏奈が練習でボール拾ってくれる。守備練習で相手してくれる。準備が早い。そういう人がおるけん、練習が回る」
美鈴はまっすぐ言った。
「下ごしらえがなかったら、料理は始まらん」
杏奈の目が潤む。
「はい」
*
小森先生が近づいてきた。
「なかなか面白いミーティングですね」
美鈴が少し身構える。
「先生、怒ります?」
「いいえ」
小森先生はホワイトボードを見た。
「ただし、定食にするなら、栄養バランスも考えなさい」
選手たちが一斉に笑った。
美鈴が目を輝かせる。
「先生、完全に乗ってきましたね」
「指導者として、使える比喩は使います」
小森先生は続けた。
「黒崎さんの言っていることは、つまり役割の分散です。去年の宗像中は、黒崎さんを中心に流れを作った。今年は、それでは読まれる。だから、複数の起点を作る必要がある」
真央がうなずく。
「攻撃の選択肢を増やすということですね」
「そうです。ベンチも含めて、相手に“次に何が来るか分からない”と思わせる」
小森先生は少しだけ笑った。
「まあ、料理で言えば、相手にメニューを読ませないことです」
美鈴が吹き出す。
「先生、今のめっちゃ美鈴節です!」
「不本意ですが、便利ですね」
体育館が爆笑に包まれた。
*
その日の練習から、宗像中は変わった。
美鈴中心の攻撃だけではない。
遥はトスをさらに散らす。
ひなたは守備の安定感を高める。
梨音と紗英はミドル攻撃のタイミングを磨く。
結菜と美空は左右からの攻撃を強化する。
菜月は苦しい時のつなぎと決定力を磨く。
さくらはサーブで流れを変える練習。
真央と千夏は相手分析を担当。
杏奈、美咲、明里は練習の質を上げるために、声と準備を徹底した。
美鈴は練習の途中で何度も声を出した。
「定食は一品だけじゃ完成せんよ!」
「ご飯、もっと散らして!」
「味噌汁、ナイスレシーブ!」
「漬物、次サーブで締めて!」
「小鉢、相手の位置見えとる?」
もはや体育館は、バレー部なのか定食屋なのか分からない。
しかし、プレーの質は確実に上がっていた。
*
練習後。
遥が美鈴に言った。
「美鈴、今年の宗像中、面白くなりそうやね」
「うん」
「去年より難しいけど」
「難しいけん、面白か」
美鈴はホワイトボードの『和食の定食』という文字を見た。
「勝ったチームにしか見えん壁がある」
遥がうなずく。
「でも、越えられる?」
美鈴は笑った。
「越える。みんなで調理するけん」
遥はため息をつきながら笑った。
「もう完全に料理人キャプテンやね」
「バレー部キャプテンたい」
「言ってることは料理部やけどね」
二人で笑った。
*
その夜。
美鈴は練習ノートを開いた。
『全国王者として狙われる』
『同じ戦い方では勝てない』
『今年は和食の定食』
『全員に役割を持たせる』
『先発もベンチも、チームの味』
『相手に読ませない。美鈴だけで勝たない』
最後にこう書いた。
『王者は、変わり続けないと王者でいられない』
*
全国王者・宗像中。
その名前は、これからますます狙われる。
だが、美鈴はもう恐れていなかった。
狙われるなら、変わればいい。
研究されるなら、さらに工夫すればいい。
美鈴を止めに来るなら、仲間全員で勝てばいい。
鍋から定食へ。
宗像中の新しい戦い方が、静かに始まっていた。
⸻
次回予告
第26話「定食作戦、始動」
新しい戦い方を掲げた宗像中。
美鈴だけに頼らない攻撃。
ベンチも含めた役割分担。
相手に読ませない多彩な組み立て。
だが、理想と現実は違う。
役割を与えられた選手たちは、それぞれの壁にぶつかる。
「私、本当に味噌汁になれとるとかな……」
ひなたの不安。
真央の考えすぎ。
梨音の自信不足。
さくらの落ち込み癖。
定食作戦は、簡単には完成しない。
次回、第26話「定食作戦、始動」。
宗像中は、新しい味を作れるか。




