背負う者の景色
第24話
背負う者の景色
全国優勝。
その言葉は、宗像中女子バレー部の日常を大きく変えた。
廊下を歩けば、他の生徒から声をかけられる。
「黒崎先輩、全国優勝おめでとうございます!」
「決勝のスパイク、すごかったです!」
「試合中に鍋の話しとったって本当ですか?」
最後の質問に、美鈴は真顔で答えた。
「鍋やなか。試合という料理たい」
「え、そこ訂正するとこなんですか?」
宗像中の廊下に笑いが起きる。
だが、美鈴は分かっていた。
全国王者になったということは、祝福だけでは終わらない。
次からは、どの学校も宗像中を倒しに来る。
美鈴を研究し、宗像中の戦術を分析し、弱点を探してくる。
“勝って当然”。
その言葉が、少しずつ重くなり始めていた。
*
新年度。
宗像中女子バレー部には、多くの新入部員がやって来た。
去年よりも明らかに人数が多い。
全国優勝の影響だった。
「宗像中でバレーしたいです!」
「黒崎先輩みたいになりたいです!」
「全国行きたいです!」
目を輝かせる新入部員たち。
美鈴は、その全員を前に立った。
横には副キャプテンの西村遥。
小森一香先生も腕を組んで見守っている。
美鈴はまず、全員を見渡した。
「入部ありがとう」
体育館が静かになる。
「うちは全国優勝した。でも、それは去年の話たい」
新入部員たちの顔が引き締まる。
「今年も勝つためには、去年より強くならないかん」
美鈴は少し間を置いて、にっと笑った。
「で、ここからが大事」
遥が横で小さく言う。
「来るね」
美鈴は堂々と言った。
「みんなには、必ず役割がある」
新入部員たちは真剣に聞いていた。
「試合という料理を、どう調理するか。それがチームたい」
一瞬、空気が止まる。
新入部員の一人が、おそるおそる手を挙げた。
「あの……美鈴先輩」
「何?」
「ここは料理部じゃないですよね?バレー部ですよね?」
体育館に笑いが起きた。
美鈴は真顔でうなずいた。
「よか質問たい」
「よか質問なんですか?」
「もちろん。ばってん、バレーも料理も似とる」
「似てますか?」
美鈴はボールを持ち上げた。
「一人で調理しても、おいしくならんとよ」
後輩たちはぽかんとしている。
遥が額に手を当てた。
「説明が美鈴語になっとる」
その時、小森一香先生が一歩前に出た。
「では、先生が補足します」
全員が先生を見る。
小森先生は、いつもの厳しい表情のまま言った。
「たとえば、黒崎さんがスパイスだとします」
体育館が一瞬でざわついた。
「先生まで!?」
美鈴が目を丸くする。
小森先生は続けた。
「西村さんは鍋奉行。山下さんは出汁。高瀬さんは大根。井手さんは七味」
さくらが吹き出した。
「先生、覚えとる!」
小森先生は真面目な顔のまま言った。
「しかし、スパイスだけ大量に入れた料理は食べられません。出汁がなければ味は薄い。具材がなければ食べ応えがない。火加減を間違えれば焦げます」
新入部員たちは笑いながらも聞き入っていた。
「つまり、チームには全員の役割があります。レギュラーだけで勝つのではありません。ベンチ、サポート、声出し、練習相手、記録係。全部がチームです」
美鈴が小森先生を見る。
「先生……」
「何ですか」
「完全に美鈴節に染まっとるやないですか」
小森先生は表情を変えずに言った。
「指導に必要なら、多少の味変はします」
体育館が爆笑した。
遥が腹を抱える。
「先生、味変って!」
美鈴も笑った。
「もう先生が一番スパイス効いとる!」
*
笑いが落ち着くと、美鈴は改めて新入部員たちを見た。
「でも、本当にそうたい」
声が少し真剣になる。
「試合に出る人だけがチームやなか。声出す人、ベンチで見て伝える人、練習で相手してくれる人、失敗しても次に向かう人。全部必要」
新入部員たちの目が変わる。
「今はまだ、自分に何ができるか分からんかもしれん。でも大丈夫。必ず見つかる」
美鈴はボールを胸の前で抱えた。
「うちらは、一人で勝たん。みんなで勝つ」
*
新チームの練習は、最初から簡単ではなかった。
人数が増えた分、声も増えた。
だが、まとまりはまだない。
全国優勝に憧れて入った新入部員たちは、理想と現実の差に驚いた。
走る。
構える。
拾う。
落とす。
また走る。
「きつい……」
「全国優勝のチームって、こんな練習するんですか……」
美鈴は汗を拭きながら言った。
「優勝したからきついんやなか。優勝したあとも勝ちたいけん、きついと」
小森先生が続ける。
「黒崎さんの言う通りです。王者になったチームほど、基礎を雑にしてはいけません」
そこへ美鈴がすかさず言う。
「料理も下ごしらえが大事たい」
新入部員が笑いながら叫ぶ。
「また料理!」
*
しかし、笑いの中にも緊張感はあった。
全国王者・宗像中。
その名前は、相手からも徹底的に研究される。
練習試合では、美鈴へのマークが去年よりもさらに厳しくなった。
美鈴が打つコースを読まれる。
フェイントを拾われる。
サーブで新入部員を狙われる。
簡単に勝てない。
練習試合後、美鈴はノートに書いた。
『全国優勝後、相手の研究が深い』
『自分が止められた時、他の攻撃をもっと使う』
『新入部員の役割を早く見つける』
『勝って当然、という空気に飲まれない』
最後に一行。
『王者は、去年の結果ではなく、今日の練習で作る』
*
ある日の練習後。
新入部員の一人が、美鈴に声をかけた。
「美鈴先輩」
「何?」
「私、まだ全然できません。試合にも出られそうにないです」
美鈴はその子の隣に座った。
「名前、もう一回教えて」
「田代杏奈です」
「杏奈は、今日ずっとボール拾いしよったね」
「はい……それしかできなくて」
「それしか、やなか」
杏奈が顔を上げる。
「練習が止まらんようにボールを拾う人がおるけん、みんな練習できると」
「でも、試合には……」
「今は出られんかもしれん。でも、今の役割をちゃんとやれる人は、次の役割も見つかる」
美鈴はにっと笑った。
「料理で言えば、杏奈は今、下ごしらえたい」
杏奈が思わず笑った。
「また料理ですか」
「だって分かりやすかろ?」
「ちょっと分かります」
「下ごしらえが雑やったら、料理はおいしくならん。だから、杏奈もチームに必要」
杏奈は少しだけ目を潤ませた。
「はい」
*
その姿を、小森先生は遠くから見ていた。
正一も臨時コーチとして、その日も体育館にいた。
「美鈴、変わりましたね」
小森先生が言う。
正一は娘を見つめた。
「昔から、人を見るのは上手かったです。でも、今は役割を見つけようとしとる」
「指導者向きですね」
正一は少し笑った。
「本人はまだ選手のつもりでしょうけどね」
「両方できる人は、強いですよ」
*
全国優勝後の宗像中は、もう以前の宗像中ではなかった。
注目される。
研究される。
期待される。
その重さは確かにあった。
だが、美鈴は少しずつ理解していた。
王者として背負うとは、一人で重さを抱えることではない。
チーム全員の役割を見つけること。
それぞれの味を引き出すこと。
そして、勝つためにひとつの料理へ仕上げること。
バレー部なのに、料理のたとえばかり。
でも、それが宗像中らしさになっていた。
*
練習の最後。
美鈴は全員に声をかけた。
「うちらは全国王者たい」
体育館が静まる。
「ばってん、去年の優勝で今年勝てるわけやなか」
全員が聞いている。
「今年の宗像中は、今年の宗像中で作る」
美鈴はボールを高く掲げた。
「みんなで調理するばい!」
一瞬の沈黙。
そして新入部員の誰かが言った。
「やっぱり料理部じゃないですか!」
体育館が爆笑に包まれた。
小森先生が笛を鳴らしながら言った。
「いいえ、バレー部です。ただし、味にはこだわります」
また大爆笑。
美鈴は笑いながら、仲間たちを見た。
全国王者としての日々は、楽ではない。
だが、このチームなら戦える。
この笑いがある限り、前に進める。
そう思えた。
次回予告
第25話「狙われる王者」
全国王者となった宗像中。
しかし、次の大会では各校が徹底的に宗像中を研究してくる。
美鈴封じ。
サーブでの後輩狙い。
攻撃パターンの分析。
勝って当然という重圧の中、宗像中は初めて“王者として狙われる怖さ”を知る。
「去年と同じじゃ勝てん」
美鈴は、新しい戦い方を模索し始める。
次回、第25話「狙われる王者」。
勝ったチームにしか見えない壁がある。




