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笑う母の物語  作者: リンダ


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全国への帰還

 第23話

 全国への帰還


 九州大会を制し、全国大会への切符をつかんだ宗像中女子バレー部。


 黒崎美鈴にとって、それは“帰還”だった。


 中学1年の夏。


 全国の壁にぶつかり、最後の一本を決めきれず、悔し涙を流したあの日。


 あの時、美鈴は全国の恐ろしさを知った。


 高さ。

 速さ。

 精神力。

 勝負どころの冷静さ。


 どれも、自分たちより上だった。


 だが、あれから一年。


 美鈴も、宗像中も、変わった。


 *


 全国大会会場。


 巨大な体育館。


 各地を勝ち抜いた強豪校。


 ウォーミングアップの段階から、空気が違う。


 スパイクの音。

 ブロックの高さ。

 選手たちの集中力。


 ひなたが小さく息を飲む。


「全国……やっぱりすごか……」


 美鈴はコートを見ながら言った。


「うん。ばってん、うちらもここまで勝って来たとよ」


 遥がボールを回しながら笑う。


「去年は圧倒されたけど、今年は違う」


 美鈴は静かにうなずいた。


「去年の美鈴とは違う」


 *


 初戦。


 宗像中は、いきなり苦戦した。


 相手は東北代表。


 守備が堅く、ブロックも高い。


 そして何より、美鈴を徹底的に研究していた。


 美鈴が助走に入る。


 ブロックが二枚寄る。


 フェイントも読まれる。


「うわ、完全に待たれとる」


 結菜が悔しそうに言う。


 相手ベンチからも声が飛ぶ。


「黒崎のクロス注意!」

「フェイント来るぞ!」


 美鈴は小さく息を吐いた。


(読まれとる)


 それでも、宗像中は食らいついた。


 ひなたが拾う。

 遥が散らす。

 梨音が触る。

 真央が分析する。

 さくらが流れを変える。


 だが、第1セットを落とした。


 *


 ベンチ。


 空気が重い。


 全国初戦敗退――


 その言葉が、誰の頭にもちらついていた。


 その時。


 美鈴が突然、真顔で言った。


「今の相手、完全に私ば食材扱いしとる」


 一瞬、全員が固まる。


「え?」


「“黒崎を煮込め”“黒崎を止めろ”って感じやん」


 遥が吹き出した。


「また料理始まった」


 美鈴は腕を組む。


「ばってんね、宗像中は黒崎定食やなか」


 後輩たちが笑い始める。


「ひなた出汁定食、真央調味料定食、結菜唐揚げ定食、梨音大根定食、さくら七味定食、遥鍋奉行定食……」


 さくらが笑い転げる。


「鍋奉行定食って何ですか!」


 ひなたも吹き出した。


 張り詰めていた空気が、一気に崩れる。


 美鈴はにっと笑った。


「つまり、私だけ止めても意味なかってことたい」


 遥がうなずく。


「全員で行こう」


「はい!」


 *


 第2セット。


 宗像中は変わった。


 美鈴に頼り切らない。


 遥がトスを散らす。


 梨音のクイック。

 結菜の強打。

 美空の時間差。

 さくらのサーブ。


 攻撃が一気に広がった。


 相手ブロックが迷い始める。


「黒崎だけじゃない……!」


 その隙を、美鈴は見逃さなかった。


 ブロックが一瞬遅れる。


 そこへ強打。


 決まる。


「ナイススパイス!」


 ベンチが叫ぶ。


 相手が困惑する。


「なんなん、あのチーム……」


「試合中ずっと笑っとる……」


「でも強い……!」


 *


 最終セット。


 13対13。


 全国初戦から、いきなり大接戦。


 会場の空気が張り詰める。


 相手エースのスパイク。


 梨音が触る。


「ワンタッチ!」


 ひなたが飛び込む。


「上げました!」


 遥が走る。


 苦しい体勢。


 トスは美鈴へ。


 ブロック二枚。


 守備も構えている。


 だが、美鈴は焦らなかった。


(去年とは違う)


 相手を見る。

 仲間を見る。

 コートを見る。


 そして、打つ。


 ブロックアウト。


 14対13。


 マッチポイント。


 最後の一本。


 長いラリー。


 全員がつなぐ。


 最後は結菜。


「唐揚げ、揚がります!」


 渾身のスパイク。


 決まった。


 試合終了。


 宗像中、初戦突破。


 *


 そこから、宗像中は一戦ごとに強くなった。


 2回戦では、関西代表の高速コンビバレーに苦しみながらも、真央の分析力と遥のトスワークで対応。


 準々決勝では、全国屈指の高さを誇る関東代表に対し、梨音がブロックで覚醒。


「大根、全国で染みきった!」


 と美鈴が叫び、会場が爆笑する。


 準決勝では、北海道代表の粘る守備に苦戦。


 だが、ひなたが最後まで拾い続けた。


「出汁、全国でも効いとる!」


 その声に、ベンチが笑いながら泣いた。


 *


 そして、決勝。


 相手は前年度王者。


 中学生離れした完成度を誇るチームだった。


 高さ。

 パワー。

 速さ。

 精神力。


 どれも一級品。


 試合は、まさに死闘になった。


 第1セットを取られる。


 第2セットを取り返す。


 第3セット。


 13対13。


 全国優勝をかけた最後の戦い。


 会場は静まり返っていた。


 *


 相手のサーブ。


 ひなたが拾う。


「上げました!」


 遥が上げる。


 美鈴へ。


 相手ブロック三枚。


 全国王者の壁。


 だが、美鈴は笑った。


「そんな寄ったら、鍋あふれるばい」


 遥が吹き出しそうになる。


「試合中!」


 美鈴は空中で身体をひねった。


 強打ではない。


 フェイントでもない。


 ブロックの指先をわずかに利用した、超高難度の打ち分け。


 ボールがコート奥へ落ちる。


 得点。


 14対13。


 宗像中マッチポイント。


 観客席がどよめく。


「今の何!?」

「中学生のプレーやない!」

「黒崎、美鈴……!」


 *


 最後の一本。


 相手エースの強打。


 梨音が触る。


 ひなたが拾う。


 真央が叫ぶ。


「左、空いてます!」


 遥がトスを上げる。


 美鈴が跳ぶ。


 ブロック二枚。


 守備は深い。


 でも、美鈴の目は冷静だった。


(ここで終わる)


 打つ。


 鋭いクロス。


 ラインぎりぎり。


 決まった。


 試合終了。


 *


 宗像中、全国優勝。


 体育館が揺れるほどの歓声。


 選手たちは泣きながら抱き合った。


「全国優勝たい!」

「やったぁ!」

「勝ったー!」


 ひなたは号泣。

 結菜は飛び跳ねる。

 さくらは笑いながら泣く。

 梨音はその場に座り込む。

 真央はノートを抱きしめている。

 遥は、美鈴の肩を強く叩いた。


「キャプテン、取ったね」


 美鈴は涙を流しながら笑った。


「みんなで取ったとよ」


 *


 観客席では、全国の指導者たちがざわついていた。


「黒崎美鈴……」

「中学生レベルやない」

「プレーの判断が冷静すぎる」

「しかも、試合中にギャグ飛ばして空気変えよる……」


 ある指導者が苦笑した。


「笑いながら勝ちに来るキャプテン、初めて見た」


 別の指導者もうなずく。


「でも、あれが宗像中の強さや」


 *


 正一は観客席で、静かに泣いていた。


 佳代も涙を流していた。


 小森先生は、美鈴たちを見ながら小さく笑う。


「本当に、面白いチームになりましたね」


 正一はうなずいた。


「はい」


 そして、少し誇らしそうに言った。


「うちの娘、すごかでしょう」


 *


 黒崎美鈴、中学2年。


 全国大会優勝。


 その強さは、もはや中学生レベルを遥かに超えていた。


 技術。

 判断力。

 冷静さ。

 精神力。


 そして――


 ギャグ魂。


 笑いで空気を変え、仲間を救い、勝負どころでは確実に決める。


 その唯一無二のスタイルは、全国に強烈な印象を残した。


 宗像中。

 そして、黒崎美鈴。


 その名は、この大会で全国へ轟いた。


 次回予告

 第24話「背負う者の景色」


 全国制覇を成し遂げた宗像中女子バレー部。


 黒崎美鈴の名前は、一気に全国へ広がっていく。


「笑いながら全国を獲ったキャプテン」

「ギャグと冷静さを両立する天才」

「中学生離れしたゲームメイク」


 周囲の評価は高まる。


 だが、その一方で――


 “勝って当然”という重圧も、美鈴たちにのしかかり始める。


 次の大会では、どの学校も宗像中を徹底研究。


 美鈴へのマークは、さらに厳しくなる。


 そして、美鈴自身も気づき始める。


 キャプテンとして勝つこと。

 全国王者として見られること。

 期待を背負うこと。


 それは、楽しいだけではない。


 さらに、全国優勝によって宗像中へ入部希望者が急増。


 新たな後輩たちも加わり、チームは大きく変わり始める。


「強いチームほど、まとまるのは難しかとよ」


 喜びの先に待つ、新たな壁。


 次回、第24話「背負う者の景色」。


 “全国王者・黒崎美鈴”としての日々が始まる。

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