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笑う母の物語  作者: リンダ


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九州への切符

第21話


九州への切符


 強豪・福岡城南中を破った宗像中。


 だが、県大会はまだ終わっていなかった。


 むしろ、ここからだった。


 準決勝。

 決勝。

 そして、九州大会への切符。


 勝てば次へ進める。

 負ければ、そこで終わり。


 県大会の体育館には、試合が進むごとに独特の熱気が増していた。


 観客席の声援。

 コートに響く掛け声。

 ベンチから飛ぶ指示。

 床を蹴るシューズの音。


 宗像中の選手たちは、その空気の中に立っていた。


 黒崎美鈴は、円陣の中心で全員を見た。


「ここから先は、簡単には勝てん」


 誰も笑わなかった。


 山下ひなたも、川口真央も、森岡結菜も、高瀬梨音も、井手さくらも、顔つきが少し変わっていた。


 前の試合で、強豪を倒した。


 けれど、それで満足している者はいなかった。


 美鈴は続けた。


「ばってん、うちらは強くなっとる。一試合ごとに、できることが増えとる」


 西村遥がうなずく。


「今日も、つなごう」


 美鈴はボールを軽く叩いた。


「九州への切符、取りに行くばい」


「はい!」


     *


 準決勝の相手は、守備力の高いチームだった。


 派手な攻撃は少ない。

 だが、とにかく拾う。


 強打を拾う。

 フェイントも拾う。

 ブロックに当たったボールも落とさない。


 第1セット序盤。


 宗像中は何度も攻撃を仕掛けた。


 菜月の強打。

 美空のクロス。

 美鈴のブロックアウト。


 しかし、相手は拾った。


「また拾われた!」


 結菜が悔しそうに言う。


 美鈴はすぐに声を出した。


「焦らん!相手は拾うチームたい!」


 遥がトスを上げる。


 美鈴は打つ。


 拾われる。


 また返ってくる。


 ラリーが長くなる。


 宗像中の足が、少しずつ重くなった。


 相手はそこを狙っていた。


 宗像中が焦った瞬間、ミスが出る。


 第1セットを落とした。


     *


 ベンチに戻ると、空気は重かった。


 だが、美鈴は前の試合で学んでいた。


 ここで一人で背負ってはいけない。


「今の相手、めちゃくちゃ粘るね」


 美鈴が言うと、ひなたがうなずいた。


「どこ打っても拾われます」


 真央が冷静に言った。


「同じテンポで打つと、相手が待ててます」


 遥も続ける。


「じゃあ、速さを変えよう」


 美鈴は頷いた。


「強打だけやなくて、間をずらす。短く落とす。あと、梨音のクイックをもっと使おう」


 梨音が目を丸くする。


「私ですか?」


「そう。大根、今日は主役級に染みてもらう」


 梨音は少し笑った。


「染みます」


 さくらが手を挙げた。


「七味は?」


「終盤でピリッと効かせる」


「了解です!」


 小森先生は腕を組んで聞いていた。


 選手たちが自分たちで考え、修正しようとしている。


 それが新チームの成長だった。


     *


 第2セット。


 宗像中は攻撃のリズムを変えた。


 遥がトスを散らす。


 美鈴へ。

 梨音へ。

 菜月へ。

 美空へ。


 速い攻撃。

 高い攻撃。

 短い攻撃。


 相手の守備が少しずつ遅れる。


 梨音のクイックが決まった。


「ナイス、梨音!」


「染みました!」


 ベンチが笑う。


 だが、ただ笑っているだけではない。


 攻撃の幅が広がっていた。


 真央がベンチから相手の守備位置を見て声を出す。


「前、詰めてます!」


 美鈴が聞く。


「了解!」


 次の攻撃で、美鈴は後ろへ強打を打ち込む。


 得点。


 さくらのサーブも相手を揺さぶった。


「七味サーブ、入ります!」


 サーブは相手の間に落ち、レシーブを乱す。


 宗像中が流れをつかむ。


 第2セットを取り返した。


     *


 最終セット。


 互いに譲らない展開だった。


 8対8。


 10対10。


 12対12。


 一本のミスが命取りになる。


 相手は最後まで拾い続けた。


 長いラリー。


 美鈴が打つ。

 拾われる。

 菜月が打つ。

 拾われる。

 梨音がクイック。

 触られる。

 ひなたが拾う。


「まだ!」


 遥が上げる。


 美鈴へ。


 相手は美鈴を待っている。


 美鈴は一瞬、相手の足元を見る。


 前衛が少し内側に寄っている。

 外が空いている。


 打つ。


 ライン際。


 決まった。


 13対12。


 次の一点も宗像中が取り、14対12。


 マッチポイント。


 最後のラリー。


 相手の粘りはまだ続いた。


 何度も拾う。


 宗像中も拾う。


 最後は、結菜が思い切り打ったボールがブロックに当たり、外へ弾けた。


 試合終了。


 宗像中、準決勝突破。


     *


 ベンチに戻ると、全員が息を切らしていた。


「きつかった……」


 ひなたが床に座り込みそうになる。


 美鈴も肩で息をしていた。


「今日の相手、まじで落とさんかったね」


 遥が笑う。


「おかげでこっちの足、鍛えられた」


 美鈴はうなずいた。


「ばってん、攻撃の幅は広がった」


 真央がノートを見ながら言う。


「第2セット以降、同じコースの連続が減りました」


 梨音も言った。


「私も、少しだけ攻撃に入れました」


「少しやない。大事な一点やった」


 美鈴がそう言うと、梨音は嬉しそうに笑った。


 準決勝を終えた宗像中は、確かに強くなっていた。


     *


 決勝。


 相手は県内最強クラスの攻撃力を誇るチームだった。


 守備で粘った準決勝とは真逆。


 強烈なサーブ。

 高いスパイク。

 速い攻撃。


 第1セット、宗像中は押された。


 サーブで崩される。

 ブロックが間に合わない。

 相手のエースに連続得点を許す。


 美鈴が拾っても、攻撃につながらない場面が続いた。


 9対16。


 大きく離された。


 ベンチの空気が沈みかける。


 美鈴は水を飲み、ふっと息を吐いた。


「相手、強かね」


 遥が言う。


「強か」


「じゃあ、どうする?」


 美鈴は笑った。


「強か相手にビビった顔しとったら、さらに強く見えるけんね」


 さくらが言った。


「じゃあ、笑います?」


「笑う。ばってん、笑うだけやなか。相手の攻撃、まず一本止める」


 梨音が顔を上げる。


「ブロックですか」


「うん。梨音、相手エースのタイミング、見えた?」


「少し……助走が速いです」


「じゃあ、少し早めに準備。止めんでもよか。触れば流れ変わる」


 梨音はうなずいた。


「やります」


     *


 コートに戻った宗像中。


 相手エースのスパイク。


 梨音が跳ぶ。


 完全には止められない。


 だが、指先に触れた。


「ワンタッチ!」


 ひなたが拾う。


 遥が上げる。


 美鈴が決める。


 10対16。


 たった一点。


 でも、空気が変わった。


 次も梨音が触る。


 今度はブロックに当たったボールを里奈が拾い、菜月が決める。


 11対16。


 相手が少し焦る。


 宗像中の声が大きくなる。


 第1セットは落とした。


 だが、終盤の手応えは残った。


     *


 第2セット。


 宗像中は最初から攻めた。


 ひなたのレシーブが安定する。


 遥がテンポよくトスを散らす。


 真央がベンチから相手の守備位置を伝える。


 さくらのサーブが相手を崩す。


 梨音のブロックが相手エースに触れる。


 結菜と美空が思い切って打つ。


 美鈴は、チーム全体を見ていた。


 自分が決める時。

 仲間を使う時。

 つなぐ時。

 声を出す時。


 それを選べるようになっていた。


 18対15。


 宗像中がリード。


 しかし、相手も強い。


 連続得点で追いつかれる。


 20対20。


 ここで美鈴が円陣を組ませた。


「ここ、勝負どころたい」


 全員がうなずく。


「でも、さっきより攻撃の形はできとる。ブロックも触れとる。レシーブも上がっとる」


 美鈴はにっと笑った。


「つまり、料理で言えば、もうだいぶ煮えとる」


 遥がすぐにツッコむ。


「まだ言うんや、それ」


「ここまで来たら最後まで煮込むたい」


 後輩たちが笑う。


 美鈴は声を強めた。


「最後、味を決めるばい」


「はい!」


     *


 終盤。


 宗像中は粘った。


 22対21。


 美鈴のブロックアウトで得点。


 23対21。


 さくらのサーブで相手を崩す。


 菜月が決める。


 24対21。


 セットポイント。


 最後は梨音のワンタッチから、美鈴がストレートを打ち抜いた。


 25対22。


 第2セットを奪取。


     *


 最終セット。


 県大会決勝。


 九州大会への切符をかけた最後のセット。


 選手たちの顔には疲れが見えた。


 だが、目は死んでいなかった。


 美鈴は言った。


「ここまで来たら、きついのは相手も同じたい」


 ひなたがうなずく。


「拾います」


 真央が言う。


「見ます」


 結菜が拳を握る。


「打ちます!」


 梨音が静かに言う。


「触ります」


 さくらが笑う。


「ピリッといきます!」


 遥が最後に言う。


「整える」


 美鈴はうなずいた。


「じゃあ、勝つばい」


     *


 最終セットは、一進一退だった。


 5対5。

 8対8。

 10対10。


 互いに譲らない。


 相手エースが決める。


 美鈴が決め返す。


 相手の速攻を梨音が触る。


 宗像中が拾う。


 結菜が打つ。


 拾われる。


 美空がつなぐ。


 遥が上げる。


 美鈴が打つ。


 決まる。


 12対11。


 宗像中リード。


 しかし、相手が連続得点。


 12対13。


 逆転される。


 会場の空気がざわつく。


 美鈴の胸にも緊張が走った。


 ここでミスすれば、終わる。


 だが、美鈴は深く息を吸った。


「大丈夫」


 自分に言い聞かせる。


「一人じゃなか」


     *


 次のラリー。


 相手のサーブ。


 ひなたが拾う。


「上げました!」


 少し乱れた。


 遥が走る。


 苦しいトス。


 美鈴ではなく、梨音へ。


 梨音が驚きながらも跳ぶ。


「いきます!」


 ミドルの一撃。


 完全なスパイクではない。


 だが、相手の意表を突いた。


 ボールがコートに落ちる。


 13対13。


 梨音は目を丸くした。


「入った……」


 美鈴が叫ぶ。


「染みたー!」


 ベンチが爆笑する。


 梨音も笑った。


     *


 14対13。


 宗像中マッチポイント。


 最後の一本。


 相手エースの攻撃。


 梨音が触る。


 ひなたが拾う。


 遥が上げる。


 美鈴へ。


 ブロック二枚。


 後ろも構えている。


 美鈴は跳んだ。


 だが、打つ瞬間、相手の守備がほんの少し後ろへ下がるのが見えた。


 前が空く。


 でも、前には相手のミドルが詰めかけている。


 美鈴は強打のフォームから、わずかに手首を変えた。


 ボールはブロックの指先をかすめ、ネット際へ落ちる。


 相手が飛び込む。


 間に合わない。


 得点。


 試合終了。


     *


 宗像中、県大会優勝。


 九州大会出場決定。


 コート上で、選手たちは抱き合った。


「勝った!」


「九州たい!」


「やったー!」


 ひなたは泣いていた。


 真央はノートを抱えたまま笑っていた。


 結菜は飛び跳ねていた。


 梨音は口元を押さえていた。


 さくらは泣きながら笑っていた。


 遥は美鈴の肩を叩いた。


「キャプテン、取ったね」


 美鈴は息を切らしながら、笑った。


「みんなで取ったとよ」


     *


 表彰式後。


 小森先生が選手たちに言った。


「今日の試合、一戦ごとに成長しました」


 全員が静かに聞く。


「準決勝では、攻撃の精度が上がった。決勝では、相手の強い攻撃に対して、ブロックと守備の連携がよくなった」


 小森先生は美鈴を見た。


「黒崎さん」


「はい」


「あなたも、チームをよく見ていた」


「ありがとうございます」


「でも、九州はもっと強い」


 美鈴はうなずいた。


「分かっとります」


 小森先生は少しだけ笑った。


「その顔なら、大丈夫でしょう」


     *


 帰り道。


 選手たちは、まだ興奮が冷めていなかった。


「九州大会って、どげん強いと?」


「めちゃくちゃ強かやろ」


「でも、今日のうちらも強かったですよね!」


 美鈴はその声を聞きながら歩いていた。


 簡単な道ではなかった。


 準決勝では粘る相手に苦しめられた。

 決勝では強い攻撃に押し込まれた。


 でも、一戦終えるたびに、チームは変わった。


 団結力が増した。

 攻撃の精度が上がった。

 威力が増した。

 戦術が広がった。


 宗像中は、試合の中で成長するチームになっていた。


     *


 その夜。


 美鈴は練習ノートを開いた。


『県大会優勝。九州大会出場』

『準決勝:粘る相手。テンポを変える。梨音のクイック有効』

『決勝:強い攻撃。梨音のワンタッチ、ひなたのレシーブ、遥の散らし方』

『一戦ごとにチームが変わった』

『美鈴一人では勝てない。でも、全員なら勝てる』


 最後に、こう書いた。


『九州への切符。ここからまた、本当の勝負』


     *


 黒崎美鈴、中学2年。


 キャプテンとして挑んだ県大会。


 苦しい戦いの連続だった。


 簡単に勝ち抜いたわけではない。


 何度も追い詰められた。

 何度も迷った。

 何度も修正した。


 けれど、そのたびに宗像中は強くなった。


 チームの団結力。

 攻撃の精度。

 威力。

 戦術。


 すべてが、一戦ごとに磨かれていった。


 九州への切符を手にした宗像中。


 美鈴は、もう分かっていた。


 このチームは、まだ完成していない。


 だからこそ、強くなれる。



次回予告


第22話「九州の洗礼」


 県大会を制し、九州大会へ進んだ宗像中。


 しかし、九州の強豪たちは、これまでの相手とはさらに違っていた。


 高さ、速さ、守備の粘り。

 そして、試合運びの巧さ。


 宗像中は序盤から苦戦を強いられる。


「これが九州……」


 だが、美鈴は下を向かない。


 一戦ごとに強くなってきたチームだからこそ、ここでも成長できる。


 次回、第22話「九州の洗礼」。

 宗像中は、さらに大きな壁に挑む。

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