表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う母の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/23

頂点

第17話


頂点


 全国で敗れた夏は、美鈴の中に深く残った。


 初戦敗退。


 結果だけ見れば、悔しいだけの大会だった。


 だが、美鈴はあの景色を忘れなかった。


 高いブロック。

 鋭いサーブ。

 一度通じた攻撃をすぐに対応してくる相手。

 最後の一本で決めきれなかった、自分の手の感触。


 あの瞬間が、何度も夢に出てきた。


 打った。

 狙った。

 でも、決まらなかった。


「今度は、決める」


 美鈴は、そう言い続けた。


     *


 秋。


 宗像中女子バレー部の練習は、さらに厳しさを増した。


 基礎練習。

 サーブカット。

 ブロックアウト。

 フェイント処理。

 速攻への対応。


 小森一香先生の声が、体育館に響く。


「黒崎さん、今の判断は遅い!」


「はい!」


「打つ前に見る!跳んでから探すんやない!」


「はい!」


 美鈴は何度も打った。


 強打。

 クロス。

 ストレート。

 ブロックアウト。

 軟打。

 フェイント。


 ただ強く打つだけではない。


 どこに打つのか。

 なぜそこへ打つのか。

 相手は何を待っているのか。


 考えて、打つ。


 ミスをすれば、すぐにノートに書いた。


『ブロックの外側を狙う時、手首が硬い』

『フェイントを読まれた。前衛の足の位置を見る』

『高いブロック相手には、打つ前に一度視線を散らす』


 その積み重ねは、少しずつ形になっていった。


     *


 ある日の紅白戦。


 美鈴は先輩の高いブロックと向き合っていた。


 松永沙紀のトスが上がる。


 美鈴は助走に入る。


 相手ブロックが二枚つく。


 以前なら、ここで強打して止められていた。


 だが、美鈴は空中で一瞬、指先を見た。


 外側が少し空いている。


 狙う。


 ボールはブロックの指先をかすめ、外へ弾かれた。


 得点。


「ナイス!」


 松永が声を上げる。


 美鈴は着地しながら、拳を握った。


「決まった……」


 井上玲奈が後ろから言った。


「今の、夏やったら止められとったね」


「はい。たぶん、力で行ってました」


「今は違う」


 美鈴はうなずいた。


「見て、選びました」


 井上はにやっと笑った。


「それが全国で必要なやつたい」


     *


 美鈴の評価は、部内でも急速に高まっていった。


 1年生でありながらレギュラー。


 しかも、ただ試合に出ているだけではない。


 得点を取る。

 流れを変える。

 狙われても崩れない。

 苦しい場面で一本を取りにいける。


 小森先生は、記録係のノートを見ながら言った。


「黒崎さんの得点数、また伸びとるね」


 副顧問が驚いたように見る。


「1年生ですよね?」


「そう。ばってん、もう得点源たい」


 大会や練習試合を重ねるごとに、美鈴は得点を積み上げていった。


 そして、秋の終わり。


 美鈴は、宗像中女子バレー部における一年生の歴代最高得点記録を更新した。


 小森先生が練習後に全員を集めた。


「今日はひとつ、伝えておくことがあります」


 部員たちが静かになる。


「黒崎さんが、一年生としての公式戦・練習試合を含めた得点記録で、宗像中女子バレー部の歴代最高を更新しました」


 一瞬、体育館が静まった。


 次の瞬間、歓声が上がった。


「すごか!」


「美鈴、やったやん!」


「一年でそれはえぐか!」


 美鈴は目を丸くした。


「え……美鈴が?」


 松永が笑う。


「他に黒崎美鈴はおらんやろ」


 美鈴は照れたように頭をかいた。


「いや、でも……みんながつないでくれたけん」


 小森先生はうなずいた。


「その通り。点は一人で取るものやなか。でも、最後に決めきる力があることも事実です」


 美鈴は背筋を伸ばした。


「はい」


「慢心せんこと」


「はい」


「でも、自信にはしなさい」


 その言葉は、美鈴の胸に深く残った。


     *


 冬の大会。


 宗像中は、再び強豪校とぶつかった。


 夏に全国で見たような、高さと速さを持つチームだった。


 第1セット序盤。


 相手のエースが強烈なスパイクを決める。


 宗像中のコートに重い空気が流れた。


 だが、美鈴はすぐに声を出した。


「一本切るばい!」


 松永がトスを上げる。


 美鈴へ。


 相手ブロックは二枚。


 高い。


 夏と似た景色。


 あの時の悔しさが、頭をよぎる。


 だが、美鈴は逃げなかった。


(今度は、決める)


 助走。

 踏み込み。

 跳躍。


 相手の手を見る。

 守備の位置を見る。


 クロスを見せる。

 ブロックが寄る。


 その外側へ、鋭く打ち抜いた。


 ボールはライン際に落ちた。


 得点。


「ナイス、黒崎!」


 体育館に宗像中の声が響く。


 美鈴は着地して、静かに息を吐いた。


 あの夏の一本とは違った。


 ただ打ったのではない。

 見て、選んで、決めた。


     *


 試合は激しくなった。


 相手も簡単には崩れない。


 美鈴が決めれば、相手エースも決め返す。

 宗像中が粘れば、相手も粘る。


 1点の重みが、夏よりもはっきり分かった。


 終盤。


 23対23。


 松永が声をかける。


「黒崎、次いける?」


 美鈴はうなずいた。


「いけます」


「決めきり」


「はい」


 サーブカットが少し乱れる。


 松永が走る。


 苦しい体勢から、美鈴へトスを上げた。


 高くない。

 速くもない。

 難しいボール。


 だが、美鈴は入った。


 打てる。


 ブロックがつく。


 真正面から打てば止められる。


 美鈴は空中でわずかに体をひねった。


 相手の指先を狙う。


 ボールはブロックに当たり、外へ弾かれた。


 24対23。


 マッチポイント。


 最後の一本。


 相手の攻撃を井上が拾う。


「まだ!」


 松永が上げる。


 今度は古賀が打つ。


 拾われる。


 再び相手の攻撃。


 原田がブロックに触る。


 ボールが浮く。


 美鈴が走る。


「つなぐ!」


 ぎりぎりで上げた。


 田浦がつなぐ。


 松永がもう一度美鈴を見る。


 美鈴はうなずく。


 トスが上がる。


 今度は、迷わなかった。


 相手の守備が一歩後ろに下がっている。

 前が空く。


 美鈴は短く落とした。


 ボールが床に落ちる。


 試合終了。


     *


 宗像中は勝った。


 仲間たちが美鈴に駆け寄る。


「美鈴!」


「最後、すごかった!」


「よう見えとったね!」


 美鈴は息を切らしながら笑った。


「足、もうぷるぷるたい」


 松永が肩を叩いた。


「でも、決めたやん」


「はい」


 美鈴は少しだけ目を潤ませた。


「夏の最後、決めきれんかったけん」


 松永は静かにうなずいた。


「今日は決めた」


「はい」


     *


 大会後。


 小森先生は美鈴に言った。


「黒崎さん、あなたは確実に一段上がった」


 美鈴は頭を下げる。


「ありがとうございます」


「でも、頂点はまだ先」


「はい」


「今日勝ったから終わりやない。今日勝ったから、次の壁が来る」


 美鈴は顔を上げた。


「分かっとります」


 小森先生は少し笑った。


「いい顔になったね」


     *


 その夜。


 家に帰ると、正一と佳代が待っていた。


「勝ったと?」


 正一が聞く。


 美鈴は大きくうなずいた。


「勝った!」


「決めたと?」


「決めた!」


 正一の目が一気に潤んだ。


「佳代……」


「まだ泣くの早い」


「いや、もう遅い。もう泣いとる」


 美鈴が笑う。


「お父さん、涙のレシーブ率高すぎたい」


「美鈴、それはどういう意味や」


「感動が来たら全部拾うってこと」


 佳代が笑った。


「それは名リベロやね」


 家族の笑い声が広がる。


     *


 その後、美鈴は自分の部屋で練習ノートを開いた。


 今日の試合を書き込む。


『夏に決めきれなかった場面と似ていた』

『今日は見えた』

『強く打つだけじゃなく、選んで決められた』

『でも、まだ精度を上げる』

『得点記録更新。自信にする。でも慢心しない』


 最後に一行。


『頂点は、まだ先』


     *


 黒崎美鈴、中学1年。


 全国での敗北は、確かに悔しかった。


 だが、その悔しさは彼女を折らなかった。


 精度を磨き、判断力を磨き、得点源として成長し、一年生の歴代最高得点記録を更新した。


 それは、才能だけで届いた場所ではない。


 たゆまない努力。

 工夫。

 分析。

 仲間への信頼。


 そして、あの夏の悔しさ。


 美鈴はひとつの頂点に立った。


 けれど、彼女はもう知っている。


 頂点に見える場所の向こうには、また次の山がある。


 だから、美鈴は笑って言う。


「次も、つなぐばい」



次回予告


第18話「女子キャプテン黒崎美鈴」


 中学2年へ進級した美鈴。


 1年生ながらレギュラーとして活躍し、得点源として結果を残した彼女に、チームの期待はさらに集まっていく。


 だが、上級生となることで求められるものは、技術だけではなかった。


 後輩を見ること。

 同級生を支えること。

 苦しい時に声を出すこと。


 そして、次期キャプテン候補としての責任。


「美鈴、あんたはもう、ただのレギュラーやなか」


 

次回、第18話「女子キャプテン黒崎美鈴」。

 美鈴は、チームを背負う覚悟を学び始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ