頂点
第17話
頂点
全国で敗れた夏は、美鈴の中に深く残った。
初戦敗退。
結果だけ見れば、悔しいだけの大会だった。
だが、美鈴はあの景色を忘れなかった。
高いブロック。
鋭いサーブ。
一度通じた攻撃をすぐに対応してくる相手。
最後の一本で決めきれなかった、自分の手の感触。
あの瞬間が、何度も夢に出てきた。
打った。
狙った。
でも、決まらなかった。
「今度は、決める」
美鈴は、そう言い続けた。
*
秋。
宗像中女子バレー部の練習は、さらに厳しさを増した。
基礎練習。
サーブカット。
ブロックアウト。
フェイント処理。
速攻への対応。
小森一香先生の声が、体育館に響く。
「黒崎さん、今の判断は遅い!」
「はい!」
「打つ前に見る!跳んでから探すんやない!」
「はい!」
美鈴は何度も打った。
強打。
クロス。
ストレート。
ブロックアウト。
軟打。
フェイント。
ただ強く打つだけではない。
どこに打つのか。
なぜそこへ打つのか。
相手は何を待っているのか。
考えて、打つ。
ミスをすれば、すぐにノートに書いた。
『ブロックの外側を狙う時、手首が硬い』
『フェイントを読まれた。前衛の足の位置を見る』
『高いブロック相手には、打つ前に一度視線を散らす』
その積み重ねは、少しずつ形になっていった。
*
ある日の紅白戦。
美鈴は先輩の高いブロックと向き合っていた。
松永沙紀のトスが上がる。
美鈴は助走に入る。
相手ブロックが二枚つく。
以前なら、ここで強打して止められていた。
だが、美鈴は空中で一瞬、指先を見た。
外側が少し空いている。
狙う。
ボールはブロックの指先をかすめ、外へ弾かれた。
得点。
「ナイス!」
松永が声を上げる。
美鈴は着地しながら、拳を握った。
「決まった……」
井上玲奈が後ろから言った。
「今の、夏やったら止められとったね」
「はい。たぶん、力で行ってました」
「今は違う」
美鈴はうなずいた。
「見て、選びました」
井上はにやっと笑った。
「それが全国で必要なやつたい」
*
美鈴の評価は、部内でも急速に高まっていった。
1年生でありながらレギュラー。
しかも、ただ試合に出ているだけではない。
得点を取る。
流れを変える。
狙われても崩れない。
苦しい場面で一本を取りにいける。
小森先生は、記録係のノートを見ながら言った。
「黒崎さんの得点数、また伸びとるね」
副顧問が驚いたように見る。
「1年生ですよね?」
「そう。ばってん、もう得点源たい」
大会や練習試合を重ねるごとに、美鈴は得点を積み上げていった。
そして、秋の終わり。
美鈴は、宗像中女子バレー部における一年生の歴代最高得点記録を更新した。
小森先生が練習後に全員を集めた。
「今日はひとつ、伝えておくことがあります」
部員たちが静かになる。
「黒崎さんが、一年生としての公式戦・練習試合を含めた得点記録で、宗像中女子バレー部の歴代最高を更新しました」
一瞬、体育館が静まった。
次の瞬間、歓声が上がった。
「すごか!」
「美鈴、やったやん!」
「一年でそれはえぐか!」
美鈴は目を丸くした。
「え……美鈴が?」
松永が笑う。
「他に黒崎美鈴はおらんやろ」
美鈴は照れたように頭をかいた。
「いや、でも……みんながつないでくれたけん」
小森先生はうなずいた。
「その通り。点は一人で取るものやなか。でも、最後に決めきる力があることも事実です」
美鈴は背筋を伸ばした。
「はい」
「慢心せんこと」
「はい」
「でも、自信にはしなさい」
その言葉は、美鈴の胸に深く残った。
*
冬の大会。
宗像中は、再び強豪校とぶつかった。
夏に全国で見たような、高さと速さを持つチームだった。
第1セット序盤。
相手のエースが強烈なスパイクを決める。
宗像中のコートに重い空気が流れた。
だが、美鈴はすぐに声を出した。
「一本切るばい!」
松永がトスを上げる。
美鈴へ。
相手ブロックは二枚。
高い。
夏と似た景色。
あの時の悔しさが、頭をよぎる。
だが、美鈴は逃げなかった。
(今度は、決める)
助走。
踏み込み。
跳躍。
相手の手を見る。
守備の位置を見る。
クロスを見せる。
ブロックが寄る。
その外側へ、鋭く打ち抜いた。
ボールはライン際に落ちた。
得点。
「ナイス、黒崎!」
体育館に宗像中の声が響く。
美鈴は着地して、静かに息を吐いた。
あの夏の一本とは違った。
ただ打ったのではない。
見て、選んで、決めた。
*
試合は激しくなった。
相手も簡単には崩れない。
美鈴が決めれば、相手エースも決め返す。
宗像中が粘れば、相手も粘る。
1点の重みが、夏よりもはっきり分かった。
終盤。
23対23。
松永が声をかける。
「黒崎、次いける?」
美鈴はうなずいた。
「いけます」
「決めきり」
「はい」
サーブカットが少し乱れる。
松永が走る。
苦しい体勢から、美鈴へトスを上げた。
高くない。
速くもない。
難しいボール。
だが、美鈴は入った。
打てる。
ブロックがつく。
真正面から打てば止められる。
美鈴は空中でわずかに体をひねった。
相手の指先を狙う。
ボールはブロックに当たり、外へ弾かれた。
24対23。
マッチポイント。
最後の一本。
相手の攻撃を井上が拾う。
「まだ!」
松永が上げる。
今度は古賀が打つ。
拾われる。
再び相手の攻撃。
原田がブロックに触る。
ボールが浮く。
美鈴が走る。
「つなぐ!」
ぎりぎりで上げた。
田浦がつなぐ。
松永がもう一度美鈴を見る。
美鈴はうなずく。
トスが上がる。
今度は、迷わなかった。
相手の守備が一歩後ろに下がっている。
前が空く。
美鈴は短く落とした。
ボールが床に落ちる。
試合終了。
*
宗像中は勝った。
仲間たちが美鈴に駆け寄る。
「美鈴!」
「最後、すごかった!」
「よう見えとったね!」
美鈴は息を切らしながら笑った。
「足、もうぷるぷるたい」
松永が肩を叩いた。
「でも、決めたやん」
「はい」
美鈴は少しだけ目を潤ませた。
「夏の最後、決めきれんかったけん」
松永は静かにうなずいた。
「今日は決めた」
「はい」
*
大会後。
小森先生は美鈴に言った。
「黒崎さん、あなたは確実に一段上がった」
美鈴は頭を下げる。
「ありがとうございます」
「でも、頂点はまだ先」
「はい」
「今日勝ったから終わりやない。今日勝ったから、次の壁が来る」
美鈴は顔を上げた。
「分かっとります」
小森先生は少し笑った。
「いい顔になったね」
*
その夜。
家に帰ると、正一と佳代が待っていた。
「勝ったと?」
正一が聞く。
美鈴は大きくうなずいた。
「勝った!」
「決めたと?」
「決めた!」
正一の目が一気に潤んだ。
「佳代……」
「まだ泣くの早い」
「いや、もう遅い。もう泣いとる」
美鈴が笑う。
「お父さん、涙のレシーブ率高すぎたい」
「美鈴、それはどういう意味や」
「感動が来たら全部拾うってこと」
佳代が笑った。
「それは名リベロやね」
家族の笑い声が広がる。
*
その後、美鈴は自分の部屋で練習ノートを開いた。
今日の試合を書き込む。
『夏に決めきれなかった場面と似ていた』
『今日は見えた』
『強く打つだけじゃなく、選んで決められた』
『でも、まだ精度を上げる』
『得点記録更新。自信にする。でも慢心しない』
最後に一行。
『頂点は、まだ先』
*
黒崎美鈴、中学1年。
全国での敗北は、確かに悔しかった。
だが、その悔しさは彼女を折らなかった。
精度を磨き、判断力を磨き、得点源として成長し、一年生の歴代最高得点記録を更新した。
それは、才能だけで届いた場所ではない。
たゆまない努力。
工夫。
分析。
仲間への信頼。
そして、あの夏の悔しさ。
美鈴はひとつの頂点に立った。
けれど、彼女はもう知っている。
頂点に見える場所の向こうには、また次の山がある。
だから、美鈴は笑って言う。
「次も、つなぐばい」
⸻
次回予告
第18話「女子キャプテン黒崎美鈴」
中学2年へ進級した美鈴。
1年生ながらレギュラーとして活躍し、得点源として結果を残した彼女に、チームの期待はさらに集まっていく。
だが、上級生となることで求められるものは、技術だけではなかった。
後輩を見ること。
同級生を支えること。
苦しい時に声を出すこと。
そして、次期キャプテン候補としての責任。
「美鈴、あんたはもう、ただのレギュラーやなか」
次回、第18話「女子キャプテン黒崎美鈴」。
美鈴は、チームを背負う覚悟を学び始める。




