表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う母の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

前中への道

第15話


全中への道


 夏が近づくにつれ、宗像中学校の体育館の空気は、少しずつ熱を帯びていった。


 床に響くシューズの音。

 ボールが腕に当たる乾いた音。

 仲間の声。

 小森一香先生の鋭い指示。


「一本目、丁寧に!」


「切り替え早く!」


「声が遅い!」


 中体連が近づいていた。


 地区予選。

 県大会。

 九州大会。

 そして、その先にある全中。


 全国中学校体育大会。


 宗像中女子バレー部の目標は、最初からはっきりしていた。


「うちらは、全国に行く」


 主将・松永沙紀の言葉に、部員たちは力強くうなずいた。


 その中に、1年生レギュラーの黒崎美鈴もいた。


     *


 中学に入ったばかりの頃、美鈴は練習についていくだけで精いっぱいだった。


 だが、数か月が過ぎた今、その動きは明らかに変わっていた。


 レシーブ。


 以前は強いボールに押されていた。

 今は、相手の肩の向き、腕の振り、足の入り方を見て、半歩早く動けるようになっていた。


「黒崎、ナイスカット!」


「はい!」


 トス。


 セッターではない。

 それでも乱れたボールを、とっさに仲間が打ちやすい位置へ上げられる。


「美鈴、助かった!」


「決めて!」


 アタック。


 ただ強く打つだけではなくなった。

 ブロックの指先を狙う。

 コートの空いた場所へ落とす。

 強打とフェイントを使い分ける。


 そして、スパイク。


 踏み込み。

 腕の振り。

 打点。

 相手を見る目。


 どれを取っても、ただの1年生のレベルではなかった。


 それは才能だけではない。


 練習のたびに考え、失敗を分解し、ノートに書き、次の日に試す。

 その積み重ねだった。


     *


 ある日の練習後。


 美鈴は体育館の端で、ノートを開いていた。


『レシーブ。強打の時、少し重心が後ろ。前に残す』

『ブロックが高い相手には、クロスを見せてストレート』

『トスが乱れた時、打つよりつなぐ判断も必要』


 そこへ、同級生の西村遥が近づいてきた。


「美鈴、また書きよると?」


「うん。書かんと忘れるけん」


「ようそんなに考えられるね」


「考えんと、同じ失敗するやん」


 遥は感心したように笑った。


「美鈴、ほんとにバレー好きっちゃね」


 美鈴はノートを閉じた。


「好き。ばってん、好きだけじゃ勝てんけん」


     *


 地区予選。


 宗像中は初戦から勢いに乗った。


 松永の正確なトス。

 原田のブロック。

 井上の粘り強いレシーブ。

 古賀の決定力。

 田浦のパワー。


 そして、美鈴。


 相手のサーブが美鈴を狙う。


 1年生だから崩せる。


 相手はそう考えたのだろう。


 だが、美鈴は崩れなかった。


「美鈴!」


「任せて!」


 低く入り、腕を作る。


 ボールはきれいに松永のもとへ上がった。


「ナイス!」


 松永がトスを上げる。


 古賀が打ち込む。


 得点。


 流れが来た。


 相手は次も美鈴を狙った。


 美鈴は少し笑った。


「また来た」


 井上が後ろから声をかける。


「狙われとるぞ」


「上等たい」


 次のサーブも、美鈴はきれいに返した。


 小森先生がベンチで静かにうなずく。


「狙われて崩れない1年は、強い」


     *


 地区予選決勝。


 相手は守備の堅いチームだった。


 何度打っても拾われる。


 宗像中の攻撃がなかなか決まらない。


 中盤、流れが止まりかけた。


「決まらん……」


 古賀が小さくつぶやいた。


 美鈴はコートの向こうを見た。


 相手のリベロが後ろに深く構えている。

 強打に備えている。


 前が空いている。


 松永と目が合った。


「沙紀先輩」


「何?」


「次、短く落としてよかですか」


 松永は一瞬だけ笑った。


「見えとるなら、やり」


 次のラリー。


 松永のトスが美鈴へ上がる。


 美鈴は強く打つ助走に入る。


 相手ブロックが跳ぶ。

 リベロが後ろへ下がる。


 その瞬間、美鈴は手首を柔らかく使った。


 ボールはネット際へ落ちる。


 相手は動けなかった。


 得点。


「ナイス、黒崎!」


 ベンチが沸いた。


 美鈴は拳を握った。


 強く打つだけではない。


 見る。

 選ぶ。

 決める。


 美鈴のバレーは、確実に形になり始めていた。


     *


 宗像中は地区予選を突破した。


 しかし、県大会はさらに厳しかった。


 相手のサーブは速く、ブロックは高く、守備は粘り強い。


 1点の重みがまるで違った。


 県大会準決勝。


 宗像中は第1セットを落とした。


 ベンチに戻ると、空気が重かった。


 小森先生は静かに言った。


「焦るな。相手が強いのは分かっとる。でも、うちらがやることは変わらん」


 松永も続けた。


「一本目、丁寧に。声切らさんでいくよ」


 美鈴はタオルで汗を拭きながら、相手コートを見つめていた。


「美鈴?」


 遥が声をかける。


「相手の3番、クロス多か」


「え?」


「でも、苦しい時はストレートに逃げよる。次、そこ拾えるかもしれん」


 井上がそれを聞いて、にやっと笑った。


「1年がよう見とるやん」


 美鈴は少し照れた。


「見えただけです」


「見えるのがすごかとよ」


     *


 第2セット。


 相手3番がスパイクに入る。


 美鈴は半歩、ストレート寄りへ動いた。


 ボールが来る。


 読んでいた。


 腕に当たる。


 きれいに上がる。


「ナイスレシーブ!」


 松永がトスを上げる。


 田浦が決める。


 宗像中に流れが戻った。


 そこから宗像中は逆転し、県大会決勝へ進んだ。


     *


 県大会決勝。


 会場の空気は、これまでと違った。


 観客席の声援。

 相手チームの迫力。

 緊張。


 美鈴は深く息を吸った。


(大丈夫。見る。考える。つなぐ)


 試合はフルセットまでもつれた。


 最終盤。


 23対23。


 相手の強烈なサーブ。


 美鈴の正面に来る。


 速い。


 だが、美鈴は逃げなかった。


「上げる!」


 ボールは松永へ。


 松永が上げる。


 美鈴が助走に入る。


 相手ブロックは二枚。


 高い。


 美鈴は打つ瞬間、わずかにコースを変えた。


 ブロックの指先をかすめる。


 ボールは外へ弾かれた。


 ブロックアウト。


 得点。


 24対23。


 マッチポイント。


 次のラリー。


 長い長いラリーだった。


 拾う。

 つなぐ。

 また拾う。


 最後は古賀が打ち込んだ。


 決まった。


 試合終了。


 宗像中、県大会優勝。


     *


 体育館に歓声が響いた。


「やったー!」


「九州大会たい!」


 美鈴は膝に手をつき、息を切らしていた。


 全身が熱い。


 苦しかった。


 でも、楽しかった。


 松永が美鈴の肩を叩いた。


「黒崎、よくやった」


「ありがとうございます」


「でも、まだ先がある」


 美鈴は顔を上げた。


「はい。全中まで行きます」


     *


 九州大会。


 そこには、さらに強い相手がいた。


 スパイクの高さ。

 レシーブの粘り。

 試合運びの巧さ。


 宗像中は何度も追い詰められた。


 だが、美鈴は試合を重ねるごとに成長していった。


 強い相手ほど、学ぶことがある。


 速い攻撃には、準備を早くする。

 高いブロックには、打ち分ける。

 粘る守備には、焦らずラリーを続ける。


 そして、苦しい時ほど声を出す。


「まだいける!」


「一本ずつたい!」


「ここ、つなぐばい!」


 その声は、1年生とは思えないほどコートに響いた。


     *


 九州大会準決勝。


 相手に連続得点を許し、宗像中は劣勢に立たされた。


 タイムアウト。


 選手たちは肩で息をしていた。


 空気が重い。


 その時、美鈴が小さく言った。


「……今、相手のほうが笑っとる」


 松永が見る。


「うん」


「じゃあ、こっちも笑いましょう」


「は?」


 美鈴は汗だくの顔でにやっと笑った。


「こんなきつい試合、普通できんです。せっかくやけん、楽しまんともったいなかです」


 一瞬、沈黙。


 そして井上が吹き出した。


「黒崎、きつすぎて変なこと言い出した」


「いや、正論かもしれん」


 古賀が笑う。


 松永も口元を緩めた。


「よし。楽しんで、取り返すよ」


「はい!」


 宗像中の空気が戻った。


 そこから逆転。


 宗像中は決勝へ進み、全中出場を決めた。


     *


 試合後。


 美鈴は体育館の外で空を見上げていた。


 夏の雲が高かった。


 小森先生が隣に立つ。


「黒崎さん」


「はい」


「あなた、技術も伸びとる。でも、それ以上に、試合の中で空気を変えられるようになってきたね」


 美鈴は少し驚いた。


「空気を?」


「そう。苦しい時に、声を出す。笑わせる。視点を変える。それは簡単なことやなか」


 美鈴は少し照れたように笑った。


「小さい頃から、笑わせるのは得意やったけん」


「それをバレーに使えるなら、立派な武器たい」


 小森先生は静かに続けた。


「でも、忘れんで。笑いは逃げ道やなくて、前に進むために使うもの」


 美鈴はうなずいた。


「はい」


     *


 その夜。


 家に帰ると、正一と佳代が待っていた。


「全中、決まったと?」


 正一が聞く。


 美鈴は大きくうなずいた。


「決まった!」


 佳代が手を叩いた。


「おめでとう!」


 正一は少し目を潤ませていた。


「すごか……」


「お父さん、また泣きよる」


「泣いとらん。汗たい」


「家の中やけど」


 佳代が笑う。


 美鈴も笑った。


 それから、少し真面目な顔で言った。


「でも、まだ終わっとらん」


 正一はうなずいた。


「そうたい。ここからや」


「うん。全国で勝ちたい」


     *


 美鈴のスキルは、確実に中学生の平均を超え始めていた。


 レシーブ。

 トス。

 アタック。

 スパイク。


 すべてが、努力と工夫の結果だった。


 天性の運動神経だけではない。


 観察。

 分析。

 修正。

 反復。


 そして、仲間を信じる心。


 美鈴はもう、ただの1年生レギュラーではなかった。


 宗像中が全中へ向かううえで、欠かせない選手になっていた。


     *


 全中への切符を手にした宗像中女子バレー部。


 夏は、まだ終わらない。


 むしろ、ここからが本番だった。


 黒崎美鈴、中学1年。


 その目は、全国のコートを見据えていた。



次回予告


第16話「全国の景色」


 全中出場を決めた宗像中。


 美鈴は初めて、中学生として全国の舞台へ立つ。


 そこにいたのは、各地を勝ち抜いた強者たち。


 高さ。

 速さ。

 技術。

 精神力。


 すべてが、これまでより一段上だった。


「これが、全国……」


 圧倒される美鈴。

 それでも、コートに立てば逃げられない。


 次回、第16話「全国の景色」。

 美鈴は、自分の現在地を知る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ