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笑う母の物語  作者: リンダ


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壁の向こう側

第14話

壁の向こう側

 レギュラーに選ばれた。

 その事実は、美鈴にとって大きな自信になった。

 だが、それは同時に、逃げ場のない場所に立つということでもあった。

 練習試合。

 相手のサーブが飛んでくる。

「黒崎!」

「はい!」

 美鈴はレシーブに入る。

 ボールは上がった。

 けれど、少し乱れた。

 セッターの松永沙紀が必死に追う。

「上げる!」

 なんとかトスが上がる。

 美鈴は助走に入った。

 踏み込む。

 跳ぶ。

 打つ。

 だが、ボールは相手ブロックに当たり、コートへ落ちた。

「……っ」

 相手に一点。

 美鈴は歯を食いしばった。

「なんで決めきれんと……」

 その後も、同じようなプレーが続いた。

 拾える。

 つなげる。

 でも、決めきれない。

 中学のバレーは甘くなかった。

 小学生時代のように、勢いや運動神経だけでは押し切れない。

 コースを読まれる。

 ブロックに捕まる。

 守備位置を見られる。

 美鈴は、自分が“全国制覇した小学生”ではなく、“中学バレーではまだ未完成の一年生”なのだと痛感していた。

     *

 練習後。

 美鈴は体育館の隅で、ひとりボールを持っていた。

「手だけで打ちよる……」

 小さくつぶやく。

「助走の入り方も遅か。相手のブロック見えてなか」

 自分の動きを頭の中で何度も再生する。

 どこが悪かったのか。

 何が足りなかったのか。

 そこへ、主将の松永沙紀がやって来た。

「黒崎」

「はい」

 松永は静かに言った。

「今のままじゃ通用せんよ」

 その言葉は、優しくなかった。

 けれど、冷たくもなかった。

 ただ、事実だった。

 美鈴は唇を噛む。

「……はい」

「小学生の時は、身体能力でなんとかなったかもしれん。でも中学は違う。相手も考えてくる。守備もブロックも、ちゃんと見てくる」

「はい」

「黒崎は拾える。動ける。声も出る。でも、攻め方がまだ単純」

 美鈴は顔を上げた。

「単純……」

「強く打つだけやったら、上の相手には読まれる」

 松永はボールを軽く美鈴に投げた。

「自分に何ができるか、もっと突き詰めり」

 美鈴はボールを受け取った。

 重く感じた。

 だが、それは落ち込ませる重さではなかった。

 前に進むための重さだった。

     *

 その日から、美鈴はさらに工夫を重ね始めた。

 ただ打つのではない。

 相手コートを見る。

 ブロックの手を見る。

 レシーバーの位置を見る。

 強打だけでなく、フェイントも使う。

 コースを変える。

 タイミングをずらす。

「今のは、空いとったところに落とせた」

「今のは、ブロック見ずに打ったけん止められた」

「次は、手首の向きば変える」

 練習ノートにも書き始めた。

 今日できたこと。

 できなかったこと。

 明日試すこと。

 その姿を、小森一香先生はじっと見ていた。

「黒崎さんは、派手な天才やなかね」

 副顧問が聞く。

「違うんですか?」

「考える子たい。失敗を材料にできる。あれは伸びるよ」

     *

 それでも、すぐに壁を越えられるわけではなかった。

 ある日の紅白戦。

 美鈴はフェイントを狙った。

 しかし、相手リベロの井上玲奈に読まれ、簡単に拾われる。

「甘い!」

 井上の声が飛ぶ。

 次のラリーで、美鈴は強打を選ぶ。

 今度はブロックに捕まる。

「くっ……」

 松永が声をかける。

「考えすぎ!迷っとる!」

「はい!」

 考えることと、迷うことは違う。

 美鈴はそれも学んでいった。

     *

 帰宅後。

 美鈴は夕食を食べながら、箸が止まっていた。

 佳代が声をかける。

「美鈴、食欲なかと?」

「ある」

「じゃあ、食べり」

「うん……」

 正一が静かに見ていた。

「壁に当たっとるな」

 美鈴は顔を上げた。

「うん」

「どんな壁や?」

「拾えるけど、決めきれん。考えるけど、迷う。強く打ったら止められる。落とそうとしたら拾われる」

 正一はうなずいた。

「それは、いい壁たい」

「いい壁?」

「簡単に越えられん壁は、自分を変えてくれる」

 美鈴は黙って聞いた。

「今の美鈴は、強くなりたいけど、まだ自分の形が見つかっとらん。だから苦しか」

「自分の形……」

「そう。全部できる必要はなか。まずは、自分にできることば突き詰める」

 美鈴は箸を握り直した。

「美鈴にできること……」

「お前は、見る力がある。考える力もある。空気を変える力もある。だったら、それをバレーに使えばよか」

 美鈴の目が少し変わった。

「見る力……」

「相手を見る。仲間を見る。流れを見る」

 正一は静かに言った。

「それができる選手は、強かぞ」

     *

 その週末。

 正一の実業団チームの試合があった。

 美鈴は家族と一緒に会場へ向かった。

 しかし、その試合は特別だった。

 正一の現役最後の試合だった。

 体育館の客席には、多くのファンが集まっていた。

 黒崎正一。

 長く実業団で戦い、日本代表としてもプレーした選手。

 その最後のユニフォーム姿を、美鈴はじっと見つめていた。

「お父さん……」

 試合が始まる。

 正一は、若い頃のように高く跳ぶわけではなかった。

 だが、動きに無駄がなかった。

 相手のブロックを見る。

 守備の穴を見る。

 仲間に声をかける。

 自分が決める時と、仲間を生かす時を選ぶ。

 美鈴は息をのんだ。

 父は、力だけで戦っていなかった。

 見ている。

 考えている。

 つないでいる。

 その姿は、美鈴が今ぶつかっている壁の答えのようだった。

     *

 試合後。

 正一は静かにコートへ一礼した。

 大きな拍手が起きる。

 美鈴は立ち上がり、思い切り拍手をした。

 目が熱くなる。

 父がコートを去る。

 でも、バレーから離れるわけではなかった。

     *

 帰り道。

 正一は美鈴に言った。

「お父さんな、現役は今日で終わりたい」

「うん……」

「でも、バレーは続ける」

 美鈴は顔を上げた。

「続けると?」

「ああ。福岡に本拠地を置く実業団男子チームで、コーチをすることになった」

「コーチ……」

「今度は、自分が打つんやなくて、選手を育てる」

 美鈴は少し黙った。

「寂しくなかと?」

 正一は少し笑った。

「寂しかよ。でもな、終わることは、全部がなくなることやなか」

「なくならんと?」

「形が変わるだけたい」

 美鈴は父の横顔を見た。

 現役選手としての父の背中。

 そして、これから指導者として歩く父の背中。

 そのどちらも、美鈴にとって大きかった。

     *

 その夜。

 美鈴は練習ノートを開いた。

 今日、父の試合を見て思ったことを書いた。

『強いだけじゃない。見る。考える。選ぶ。つなぐ。』

 そして、もう一行。

『美鈴も、自分の形を作る。』

     *

 翌日の練習。

 紅白戦。

 美鈴の前にブロックが立つ。

 以前なら、強く打ち込んでいた。

 だが、美鈴は一瞬だけ相手コートを見る。

 リベロが後ろへ下がっている。

 前が空いている。

 美鈴は手首を柔らかく使い、短く落とした。

 ボールがネット際に落ちる。

 決まった。

 一瞬の静寂。

 そして、松永が叫んだ。

「ナイス、黒崎!」

 美鈴は拳を握った。

 強打ではない。

 でも、自分で見て、考えて、選んだ一点だった。

     *

 小森先生が静かにうなずいた。

「壁の向こう側が、少し見えたね」

 美鈴は息を弾ませながら、コートに立っていた。

 まだ完全に越えたわけではない。

 けれど、確かに変わり始めていた。

 強さとは、力だけではない。

 見ること。

 考えること。

 選ぶこと。

 そして、自分にできることを突き詰めること。

 黒崎美鈴、中学1年。

 父が現役のコートを降りた日、

 美鈴は自分のコートで、新しい強さを見つけ始めていた。


次回予告

第15話「全中への道」

 自分の形を探し始めた美鈴。

 宗像中女子バレー部は、いよいよ中体連の戦いへ入っていく。

 地区予選。

 県大会。

 九州大会。

 一戦ごとに相手は強くなる。

 上級生たちに支えられながら、美鈴は一年生レギュラーとして全国への道を歩み始める。

「うちらは、全国に行く」

 目標は、全中。

 次回、第15話「全中への道」。

 宗像中の夏が、動き出す。

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