宗像中学校、開幕
第13話
宗像中学校、開幕
2011年4月。
春の風が、まだ少し冷たさを残していた。
宗像中学校の校門の前に立った黒崎美鈴は、大きく息を吸い込んだ。
真新しい制服。
少し大きめの靴。
そして、胸の奥で高鳴る鼓動。
「……ここが、中学校」
隣で正一が腕を組んでいた。
「ここからが本番たい」
「うん」
佳代が優しく言う。
「無理しすぎんとよ」
「わかっとる」
美鈴はうなずいた。
でも、その目はもう迷っていなかった。
小学校で語った夢。
――バレーの選手になる。
その第一歩が、ここにあった。
*
入学式。
体育館に並ぶ新入生たち。
美鈴はその中で、周囲の視線を感じていた。
「あの子……黒崎美鈴やろ?」
「小学生の全国大会で優勝した子たい」
「キャプテンやったって聞いたばい」
ひそひそとした声。
振り返ることはなかったが、しっかり耳に入っていた。
(……見られとる)
少しだけ、肩に力が入る。
でも、美鈴は前を向いた。
(だからって、変わらん)
*
放課後。
美鈴は迷わず体育館へ向かった。
シューズの音。
ボールの音。
掛け声。
そこはもう、小学校とは別の世界だった。
「1年はこっちに並べ!」
鋭い声が飛ぶ。
顧問の小森一香先生だった。
短く結ばれた髪。
鋭い目。
無駄のない動き。
「今日からお前たちは宗像中バレー部や。甘い気持ちは置いてこい」
「はい!」
体育館に声が響く。
*
練習は、最初から厳しかった。
ランニング。
フットワーク。
レシーブ反復。
「止まるな!」
「声出せ!」
「遅い!」
次々と飛んでくる指示。
美鈴は必死についていく。
だが――
(……きつい)
小学校とは、全く違う。
スピードが違う。
強度が違う。
休む時間がほとんどない。
息が上がる。
足が重い。
視界が少し揺れる。
それでも、止まらない。
*
初日の練習が終わった帰り道。
美鈴はほとんど言葉を発さなかった。
家に帰る。
宿題をする。
ご飯を食べる。
風呂に入る。
そして――
布団に入った瞬間、意識が途切れた。
*
そんな日々が続いた。
次の日も。
その次の日も。
「美鈴、きつかろ?」
佳代が心配そうに言う。
「……きつい」
「やめる?」
一瞬。
美鈴は首を振った。
「やめん」
「なんで?」
美鈴は少しだけ笑った。
「ここからが本当の勝負たい」
*
体育館。
先輩たちの動きは別格だった。
3年・主将
松永沙紀
コート全体を見渡し、的確にボールを配る。
「今の、もっと早く入らんと間に合わんよ!」
声も鋭い。
3年
原田千尋
高さとタイミング。
ブロックで流れを止める。
「甘いボール上げたら叩くけんね!」
3年
井上玲奈
どんなボールでも拾う。
「落とさん!」
その一言に重みがあった。
*
2年生たちも強い。
古賀真帆
「決めきる力」がある。
田浦若菜
パワーで押し切る。
*
そして1年生。
西村遥
冷静で正確。
宮田紗英
素直で吸収が早い。
江藤里奈
守備の要。
藤原菜月
元気で声が大きい。
坂井美空
思い切りがいい。
その中で、美鈴は――
最初、埋もれていた。
*
ある日の練習。
レシーブ練習。
強いボールが次々と飛んでくる。
美鈴の番。
ボールが来る。
反応が遅れる。
――落ちる。
「黒崎!」
小森の声が飛ぶ。
「足が止まっとる!」
「はい!」
もう一球。
今度は前に出る。
受ける。
少し浮く。
「今のはいい!次!」
その一言で、美鈴の中に火がついた。
*
練習後。
美鈴は一人残った。
ボールを手に取る。
「……なんで、あそこで遅れた」
小学校の頃と同じ。
考える。
分解する。
修正する。
もう一回。
もう一回。
その姿を、小森が見ていた。
「……あの子、やっぱり違う」
*
数週間後。
紅白戦。
小森が言った。
「黒崎、入れ」
1年生で呼ばれるのは異例だった。
「はい!」
コートに入る。
空気が違う。
先輩たちの中。
ボールが来る。
(前に出る)
受ける。
つながる。
「ナイス!」
松永の声。
次のプレー。
また来る。
今度はしっかり入る。
つなぐ。
古賀が打つ。
決まる。
「いい流れ!」
少しずつ、空気が変わる。
*
試合後。
小森が言った。
「黒崎」
「はい!」
「明日から、レギュラー組に入れ」
一瞬、音が消えた。
「……はい!」
深く頭を下げる。
1年生での抜擢。
それは期待であり、試練でもあった。
*
帰り道。
美鈴は空を見上げた。
息はまだ荒い。
体もきつい。
でも――
心は、前に進んでいた。
「ここからが、本当の勝負たい」
その言葉は、もう迷いなく出ていた。
*
夜。
正一が言った。
「レギュラー入ったと?」
「うん」
「すごか」
「でも、まだ全然足りん」
正一は笑った。
「それでいい」
美鈴は静かに言った。
「もっと強くなる」
*
黒崎美鈴、中学1年。
小学校の“中心選手”は、ここではただの“新人”だった。
けれど――
考える力。
つなぐ力。
空気を変える力。
それは、確実に通用し始めていた。
ここからが、本当の戦い。
ここからが、本当の成長。
⸻
次回予告
第14話「壁の向こう側」
レギュラーに選ばれた美鈴。
だが、そこは安住の場所ではなかった。
ミスすれば外される。
結果がすべての世界。
「なんで決めきれんと……」
自分の限界と向き合う日々。
そんな中、主将・松永が言う。
「黒崎、今のままじゃ通用せんよ」
突きつけられる現実。
その壁を越えられるか。
次回、第14話「壁の向こう側」。
強さの意味が、変わり始める。




