祈りの待合室
第120話「祈りの待合室」
博多南総合病院――。
深夜を回っても、
手術室のランプは消えなかった。
待合室には、
重苦しい沈黙が流れている。
美鈴は両手を握り締めたまま、
ただ床を見つめていた。
優馬も、
隣でじっと座っている。
誰も、
軽々しく言葉を発せなかった。
そこへ、
病院の自動ドアが開く。
「……優馬さん!!」
東京から駆けつけた美香だった。
髪も乱れ、
息を切らし、
涙で目を真っ赤にしている。
「光子は!? 優子は!?」
美鈴は立ち上がり、
美香を強く抱きしめた。
「……まだ手術中……
まだ頑張っとる……!」
美香はその場で崩れ落ち、
嗚咽を漏らした。
「いや……
いやや……
あの子たち……
今日の朝、
普通に笑っとったやん……!」
優馬も、
目を閉じる。
――数時間前まで、
あんなに笑っていた。
それが今、
命の境界線にいる。
現実が、
どうしても信じられなかった。
⸻
さらに病院には、
次々と人が集まり始める。
フェニックス福岡の仲間たち。
松永紗希――
今は佐野紗希となった元キャプテン。
藤崎監督。
西嶋監督。
宗像高校OGたち。
そして、
博多南幼稚園の先生たち。
大野園長は、
涙を堪えながら言った。
「……神様……
あの子たち、
まだ十歳ですよ……」
加藤皐月先生も、
泣きながら手を合わせていた。
「みすず先生……
大丈夫……
絶対戻ってきます……!」
⸻
数時間後。
ようやく、
手術室のランプが消えた。
医師が現れる。
全員が立ち上がった。
「先生……!」
医師は、
深く息を吐いて告げた。
「……手術は成功しました」
その瞬間、
待合室が崩れ落ちるような安堵に包まれる。
美鈴はその場に座り込み、
涙を流した。
「……よかった……
よかったぁ……」
だが、
医師の表情はまだ厳しい。
「ただし、
頭部へのダメージが大きく、
今後も予断を許しません。
意識が戻るかどうか、
そして後遺症が残るかどうかは、
まだ分からない状態です」
再び、
空気が張り詰める。
優馬は、
震える声で尋ねた。
「……会えますか」
「短時間なら」
⸻
ICU。
そこには、
小さな体に無数の管を繋がれた、
光子と優子の姿があった。
美鈴は、
その姿を見た瞬間、
声を失った。
「……っ……」
優馬が、
背中を支える。
美香は、
震える手で妹たちの指先に触れた。
「……光子……
優子……」
返事はない。
機械音だけが響く。
だが。
小さな指が、
ほんの少しだけ動いた気がした。
美鈴は、
涙を流しながら、
娘たちの髪を撫でる。
「……帰っておいで……
お願いやけん……
また、
お母さんって呼んで……」
⸻
そして数日後――。
奇跡は、
静かに訪れた。
ピクッ。
光子の瞼が、
わずかに動く。
続いて、
優子の指先も反応する。
「先生!!
先生!!」
医師たちが駆け込む。
美鈴は、
祈るように娘たちを見つめた。
ゆっくり。
本当にゆっくりと、
光子が目を開ける。
ぼやけた視界の中で、
最初に映ったのは――
泣きながら笑う、
母の顔だった。
「……おかあ……
さん……?」
その瞬間、
美鈴は堪えきれず、
娘を抱きしめた。
「よかった……
本当に……
よかったぁ……!!」
優馬も、
涙を流していた。
美香は、
壁にもたれながら泣き崩れる。
そして数日後、
優子も意識を取り戻した。
⸻
そこから、
長い入院生活が始まった。
二ヶ月。
リハビリ。
院内学級。
最初は歩くことすら難しかった。
だが、
光子と優子は、
驚くほど前向きだった。
「よし、
今日は昨日より歩けた!」
「負けんけんね!」
院内学級では、
自分たちの勉強だけではなく、
年下の子どもたちにも優しく勉強を教えるようになっていた。
「ここはね、
こうやって計算するとよ」
「すごーい!」
その姿を見て、
先生たちも涙ぐむ。
「あの事故を経験した子とは思えない……」
⸻
美鈴は、
幼稚園の仕事を続けながら、
毎日病院へ通った。
優馬も、
NPO法人の仕事の合間を縫って、
必ず顔を出した。
「ほら、
差し入れ」
「またコンビニプリンや」
「病院でのプリンは正義やろ」
「それは認める」
そんな、
小さな笑いを重ねながら、
家族は少しずつ前へ進んでいく。
⸻
そして――退院の日。
病院の玄関。
夏の光が、
四人を包み込む。
「……帰ってきたぁー!!」
「シャバの空気ぃー!!」
「言い方!!」
優馬と美鈴は、
そんな娘たちを見ながら、
涙を浮かべて笑った。
そして次の瞬間。
ぎゅっ――。
美鈴が、
二人を強く抱きしめる。
優馬も、
その上から包み込むように抱きしめた。
「……よかった……
本当に……
よかった……」
家族全員が、
泣いていた。
でもそれは、
絶望の涙ではない。
生きていてくれた。
また、
笑い合えた。
その奇跡への涙だった。
次回予告 第121話「帰ってきた爆笑姉妹」
退院した光子と優子。
だが小倉家では――
「階段禁止!!」
「えぇぇぇ!?」
「安静第一や!!」
一方幼稚園では、
みすず先生が号泣。
「ほんとによかったぁ……!」
さらにフェニックスでは、
“双子復活歓迎会”開催。
「静かに祝うって概念ないん!?」
そして光子と優子、
再びステージへ――
「ただいま!!」
次回、
第121話「帰ってきた爆笑姉妹」。
止まりかけた時間が、
再び笑顔とともに動き始める。




