美香お姉ちゃんと双子怪獣
第117話
「美香お姉ちゃんと双子怪獣」
―やさしさの輪が広がる日―
秋の風が、博多の街を少しずつ冷たく変え始めていた。
その日も、NPO法人「みらいのたね」には、子どもたちの笑い声が響いていた。
事務所の一角では――
「うにゃ〜〜!!」
「おりゃ〜〜!!」
光子と優子が、段ボールで作った“宇宙戦艦せきちゃん号”に乗り込み、今日も絶好調で暴走していた。
優馬は書類整理をしながら頭を抱える。
「なんで段ボールに“対巨大プリン決戦兵器”とか書いとるん……」
美鈴はケラケラ笑う。
「優馬のDNAやろ♡」
「俺そんな意味不明な遺伝子持っとらん!!」
するとその時。
――バンッ!!
事務所の玄関が激しく叩かれた。
空気が、一瞬で変わる。
怒鳴り声。
荒い息。
そして、どこか鉄の匂いがするような重苦しい空気。
「おい!! 美香を出せや!!」
「うちの娘やぞ!!」
職員たちが慌てて前に出る。
だがその男女――黒木和正と香織の口から出てくるのは、美香を心配する言葉ではなかった。
「児童手当どうなるんや!!」
「勝手に保護とかふざけんな!!」
その言葉を聞いた瞬間。
美鈴の表情が変わった。
静かに。
けれど、はっきりと。
怒りの色に染まっていく。
「……あんたたち」
優馬が横を見る。
美鈴の目が、本気で怒っていた。
「アンタら、本気で言いよると?」
和正が吐き捨てる。
「関係なかろうが!!」
その瞬間。
カチッ――
空気が凍った気がした。
美鈴が、一歩前へ出る。
「私はね、一回死んどると」
その場が静まり返る。
「事故に遭って、幽霊になって、誰にも触れられんで、誰にも気づいてもらえんで……」
優馬は黙って、美鈴を見つめていた。
「ほんと、寂しかった」
美鈴は、まっすぐ二人を睨む。
「でも優馬が見つけてくれた」
「受け止めてくれた」
「生きていいって、言ってくれた」
その声が、震える。
でも怒りは消えていなかった。
「やけん――」
美鈴の声が低くなる。
「あんたみたいに、自分の子どもを道具みたいに扱う大人が、この世で一番許せんとよ!!」
「なんやとコラ!!」
和正が掴みかかろうとした瞬間――
ドォンッ!!!
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
美鈴の膝蹴りが、完璧に炸裂した。
股間直撃。
和正、その場に沈没。
優馬、思わず後ろを向く。
「うわぁ……入った……」
美鈴は冷たく見下ろした。
「博多の女ば、なめんしゃい」
香織が悲鳴を上げる。
「ぼ、暴力よ!!」
「暴力?」
美鈴は静かに言った。
「子どもの心壊す方が、よっぽど暴力たい」
そこへ警察が到着。
二人はそのまま連行されていった。
騒ぎが収まり。
美鈴は、避難していた部屋のドアをそっと開ける。
そこには、美香がいた。
震えていた。
美鈴はしゃがみ込む。
「……もう大丈夫」
その瞬間。
美香が、美鈴に抱きついた。
「……こわかった……」
「うん」
「でも……ありがとう……」
美鈴は強く抱きしめ返す。
「もう、一人じゃなかけん」
その時――
「みかおねーたぁぁぁん!!」
「ぎゅーーーっ!!」
光子と優子が突撃。
「うわっ!?」
左右から抱きつかれ、美香は思わず吹き出した。
「髪引っ張らんでぇぇ(笑)」
「おねーたん、だいじょうぶ!?」
「こわかった!?」
「……うん。でも今は大丈夫」
光子が胸を張る。
「みちゅこたちがおるけんね!!」
優子もドヤ顔。
「ゆうこたち、つよいもん!!」
優馬、小声。
「いやお前ら、さっきプリンで殴り合いしとったやろ」
「それは戦争!!」
「平和教育どこ行った!!」
周囲、大爆笑。
その後。
美香は双子に引っ張られて、中庭へ。
「おねーたん!! うたうたう!!」
「えっ、今!?」
「さんぽーーー!!」
双子は元気いっぱい歌い始める。
♪あるこ〜あるこ〜♪
しかも異常に上手い。
職員たちがざわつく。
「三歳児の歌唱力じゃない……」
「もうテレビ出れるレベルやん……」
優馬は遠い目。
「家でも四六時中これです」
美鈴が笑う。
「将来怖かねぇ〜」
すると美香も、少し照れながら歌に加わった。
その瞬間だった。
彼女の笑顔が――本当に自然に咲いた。
優馬が小さく呟く。
「……笑った」
美鈴も静かに頷く。
「うん」
秋風が吹く。
木々が揺れる。
その中で。
光子と優子が、美香の両手を引っ張った。
「つぎ、“げんきげんきダンス”!!」
「なにそれ!?」
「みちゅこたちがつくった!!」
「こうして〜」
くるくる。
「こう!!」
ぽんぽん。
「さいごは〜」
双子、同時に美香のほっぺに――
ちゅっ♡
「えぇぇぇぇ!?」
周囲、大爆笑。
優馬、腹抱える。
「距離感バグっとる!!」
美鈴、涙を拭きながら笑う。
「……でも、よかった」
「うん」
「ほんとによかった」
そして美香は。
泣きながら。
笑いながら。
小さく言った。
「……ありがとう」
「おねーたん、これからも一緒に遊ぼうね!!」
「うんっ!!」
秋空の下。
笑顔の花が、またひとつ咲いていた。




