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笑う母の物語  作者: リンダ


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みらいのたねと迷子の少女

第116話「みらいのたねと迷子の少女」


 夜の博多。


 那珂川の水面は、

 街の光を揺らしながら流れていた。


 その橋の上で保護された少女――

 黒木美香は、

 「みらいのたね」の一時保護室で静かに座っていた。


 痩せた肩。


 ぼんやりした目。


 誰かに話しかけられても、

 反応が薄い。


 優馬は、

 そっと資料を閉じる。


「……かなり危ない状態やね」


 女性スタッフも頷く。


「食事もまともに取れてません。

 自己否定がかなり強いです」


 その時。


 事務所のドアが開いた。


「おつかれさま〜」


 美鈴だった。


 仕事帰り。


 幼稚園のエプロン姿のまま、

 優馬を迎えに来たのだ。


「双子、

 今日テレビ収録で大暴れしとったよ〜」


「また!?」


 いつもの夫婦漫才が始まりかけた――その瞬間。


 美鈴の視線が、

 部屋の隅に座る美香で止まった。


 一瞬だった。


 だが、

 美鈴の表情が変わる。


 保育士として。


 そして、

 かつて“死にかけた側”の人間として。


 直感する。


(……この子、

 危ない)


 命の火が、

 消えかけている。


 笑う力も。


 助けを求める力も。


 もう残っていない。


 美鈴は、

 ゆっくり美香の前にしゃがみこんだ。


「こんばんは」


 美香、

 返事をしない。


 ただ、

 怯えるように目を伏せる。


 美鈴は、

 無理に笑わせようとしない。


 ただ、

 静かに言った。


「……今まで、

 よう頑張ったね」


 その瞬間。


 美香の肩が、

 びくっと震えた。


 誰にも言われたことがなかった。


 “頑張ったね”


 その一言を。



 帰り道。


 優馬が小声で聞く。


「……どう思う?」


 美鈴は即答した。


「早く保護せないかん」


「……やっぱり?」


「このまま戻したら危ない。

 あの子、

 本気で自分を消そうとしとる」


 声が震えていた。


「子どもはね、

 “死にたい”って言わんこと多いんよ」


「……」


「でも、

 “生きたい”も言えんようになる」


 優馬は、

 黙って頷いた。



 そこからだった。


 小倉夫婦、

 フル回転。


 児童相談所。


 一時保護。


 学校。


 医療機関。


 支援体制。


 美鈴は、

 園の仕事の合間にも動いた。


 優馬も、

 「みらいのたね」として全力で調整した。


 そして数日後。


 美香は、

 一時的に小倉家と関わることになった。



 初日。


 白金荘。


 美香は、

 玄関で固まっていた。


(……迷惑かける)


(……どうせ私は)


 そう思っていた。


 だが次の瞬間。


 どたどたどた!!


「おねーちゃーーーん!!」


「!?」


 光子と優子、

 猛ダッシュ。


「美香おねえちゃん!?」


「ほんもの!?」


「一緒にごはんたべよー!!」


「え」


 美香、

 完全停止。


 すると光子。


「みつこね!」


 優子。


「ゆうこ!」


 二人同時。


「「おねえちゃんだいすきー!!」」


 ぎゅううう!!


「!?」


 美香、

 人生で初めてくらい勢いで抱きつかれる。


「ちょ、

 え、

 あの……」


 双子、

 離さない。


「ごはんたべよー!」


「いっしょにテレビみよー!」


「おふろでアヒルするー!」


 情報量が多い。


 美香、

 処理不能。



 その夜。


 食卓。


「いただきまーす!」


 小倉家、

 今日も騒がしい。


 優馬、

 味噌汁こぼす。


「熱っ!!」


 美鈴、

 即ツッコミ。


「猫舌なのに勢いで飲むな!!」


 光子。


「ぱぱまたやった」


 優子。


「がくしゅうしない」


 一同爆笑。


 その空気を見ながら。


 美香は、

 ぽつんと座っていた。


 すると。


 美鈴が、

 自然に茶碗を置く。


「美香ちゃん」


「……はい」


「ここでは、

 無理に笑わんでよかよ」


 優しい声だった。


「泣きたかったら泣いてよか。

 疲れたら休んでよか」


 光子も頷く。


「ねてよかよー!」


 優子。


「おふとんふかふか!」


 その瞬間。


 美香の目から、

 ぽろっと涙が落ちた。


「あ……」


 止まらない。


 涙が。


「わたし……

 こんなの……」


 声が震える。


「優しくされたこと……

 なくて……」


 美鈴は、

 静かに微笑んだ。


「じゃあ、

 これからいっぱい覚えていこうね」



 その日から。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 美香は、

 笑うようになった。


 光子と優子のボケに、

 吹き出すようになった。


 ご飯を、

 ちゃんと食べるようになった。


 「おはよう」が、

 言えるようになった。


 そして――


 “自分は生きていていい”


 その感覚を、

 少しずつ取り戻し始めていた。



次回予告 第117話「美香お姉ちゃんと双子怪獣」


 小倉家、

 ついに完全カオス化!


「美香おねえちゃーん!」

「おままごとするー!」


「待って、

 髪引っ張らんでぇぇ!?」


 一方幼稚園では、

 双子の人気がさらに暴走。


「サインください!」


「だから三歳児やって!!」


 さらにフェニックスでは、

 双子が体育館ジャック。


「応援より目立っとる!」


 そして美香は、

 初めて“本気の笑顔”を見せ始める。


 次回、

 第117話「美香お姉ちゃんと双子怪獣」。


 傷ついた少女に、

 小さな光が差し込み始める。

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