星組お笑い選手権
第115話「星組お笑い選手権」
二〇二五年春。
博多南幼稚園・星組。
この年、
園児たちの間である言葉が流行していた。
「はいどーもー!」
原因――
小倉光子・優子、三歳。
⸻
「みつこちゃん、
もう一回やって〜!」
「いいですよ〜!」
教室中央。
光子、
ぴょこんと前へ。
優子も隣へ並ぶ。
「「はいどーもー!!」」
園児たち、
大爆笑。
加藤皐月先生、
腹抱えて崩れる。
「朝の会で漫才始まる幼稚園初めてぇぇ!!」
さらに。
おやつの時間。
園児が牛乳をこぼす。
すると光子。
「事件です」
優子。
「現場からお伝えします」
二人同時。
「「牛乳が逃走しました!!」」
園児、
机叩いて大爆笑。
大野園長、
職員室で頭抱える。
「三歳児の“間”じゃないのよ……!」
⸻
しかも。
この双子、
歌までおかしかった。
音楽の時間。
皐月先生がピアノを弾く。
「じゃあ、
みんなで歌いましょ〜♪」
普通なら、
元気いっぱい歌う年頃。
だが――
光子、
マイク無しでも通る声。
優子、
完璧なハモり。
一同、
静止。
皐月先生、
ピアノ止まる。
「……え?」
大野園長、
職員室から飛び出してくる。
「今の誰!?」
「光子ちゃんと優子ちゃんです」
「三歳!?」
音程。
リズム。
表現力。
どれも、
もはや“幼児の域”ではなかった。
優馬、
参観日に来て完全停止。
「……俺より歌うまない?」
美鈴、
苦笑い。
「うちら、
なんかとんでもない子育てしよる?」
⸻
そして。
噂は、
じわじわ広がっていく。
地域イベント。
ローカル番組。
子ども歌コーナー。
最初は、
ほんの小さな出演だった。
しかし――
「「こんにちはー!!」」
双子が出た瞬間。
スタジオ爆笑。
さらに歌い始めた瞬間。
一同騒然。
「……え、
ちびっこ枠のレベルじゃない」
「タレントやん」
SNSでも話題になる。
『博多の双子かわいすぎ』
『ボケツッコミ完成してる』
『歌うますぎる』
優馬、
スマホ見ながら震える。
「バズっとる……」
美鈴、
遠い目。
「なんか、
気づいたら芸能活動始まっとる……」
⸻
そんな、
笑いと光に包まれた日々。
その頃――
博多の夜。
冷たい風が、
那珂川を吹き抜けていた。
一人の少女が、
橋の欄干を見つめている。
黒木美香。
まだ十代の少女だった。
身体的虐待。
精神的虐待。
そしてネグレクト。
家に居場所はなかった。
心も、
もう限界だった。
(……ここから飛び込めば)
暗い水面を見る。
(もう、
苦しくなくなる)
涙も出ない。
感覚も、
ほとんど残っていなかった。
その時だった。
「……寒いやろ」
後ろから、
優しい声。
振り返ると、
一人の女性が立っていた。
ジャンパー姿の女性スタッフ。
胸元には、
小さくロゴ。
『NPO法人 みらいのたね』
「こんな時間に、
一人でおったら危ないよ」
美香、
視線を逸らす。
「……別に」
女性スタッフは、
無理に近づかない。
ただ、
同じ目線で欄干にもたれた。
「死にたいくらい、
つらかったんやね」
その言葉に。
美香の肩が、
小さく震えた。
⸻
一方その頃。
NPO法人「みらいのたね」事務所。
「……また保護要請?」
資料を受け取ったのは、
小倉優馬だった。
IT企業を辞め、
子ども支援の道へ進んだ優馬。
理由は一つ。
「助けたい子どもが、
世の中には多すぎる」
そう思ったから。
双子を育てながら、
優馬は、
居場所のない子どもたちを支える仕事を始めていた。
そしてこの夜。
彼は、
まだ知らない。
この“黒木美香”という少女が、
やがて小倉家に来ることを。
そして――
光子と優子の人生を、
大きく変えていく存在になることを。
⸻
次回予告 第116話「みらいのたねと迷子の少女」
那珂川で保護された少女、
黒木美香。
「帰る場所が……
ないんです」
一方小倉家では。
「ぱぱー!
テレビでるー!」
「まず靴履けぇぇ!!」
さらに星組では、
双子人気が爆発。
「サインください!」
「三歳児やぞ!?」
そして優馬は、
傷ついた少女の瞳に、
かつての“美鈴”を重ね始める。
次回、
第116話「みらいのたねと迷子の少女」。
笑いと優しさが、
一人の少女の運命を変え始める。




