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笑う母の物語  作者: リンダ


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双子パニックとシリコンバレー

 第111話「双子パニックとシリコンバレー」


 2022年2月。


 北京五輪が終わった直後、

 世界を覆ったニュースに、

 白金荘201号室の空気は凍りついていた。


 テレビ画面に映るのは、

 燃え上がる街。


 崩れた建物。


 地下シェルターへ逃げ込む人々。


 そして――泣き叫ぶ子どもたち。


「……ロシア軍、ウクライナへ軍事侵攻」


 ニュースキャスターの声が、

 やけに遠く聞こえる。


 美鈴は、

 大きくなってきたお腹をそっと抱えながら、

 画面を見つめていた。


 優馬も、

 言葉が出ない。


「……なんで」


 美鈴がぽつりと呟く。


「なんで、

 こんなことになるんやろ……」


 テレビには、

 小さな女の子を抱きかかえて走る女性の姿。


 空襲警報。


 泣き声。


 寒さの中、

 毛布にくるまる子どもたち。


「……あの子にも、

 家があったんよね」


 美鈴の声が震える。


「友達がおって、

 好きなおもちゃがあって、

 お母さんに甘えて、

 普通に笑いよったはずなのに……」


 優馬は静かに頷く。


「爆弾落ちる場所には、

 “人”がおるんよな……」


 テレビの映像が切り替わる。


 そこには、

 まだ幼い少女。


 母親に抱きしめられながら、

 怯えた目でカメラを見ていた。


 名前のテロップ。


『ソフィーア(2)』


 美鈴は、

 思わず息を呑む。


「……この子、

 何も悪くないやん」


 優馬も、

 静かに呟く。


「なんで、

 こんな目に遭わなあかんのやろな……」


 しばらく、

 二人とも言葉を失った。


 お腹の中では、

 双子が小さく動く。


 ぽこん。


「……あ」


 美鈴が目を丸くする。


「今、

 動いた」


 優馬、

 慌ててお腹に耳を当てる。


「えっ!?どこ!?」


「そこそこ」


 ぽこん。


「うおっ!?蹴った!!」


 美鈴が、

 少しだけ笑う。


「元気やろ?」


「将来バレー選手確定やん……」


 だがその直後、

 再びテレビから流れる爆発音。


 笑顔が、

 静かに消える。


 優馬は、

 美鈴の肩をそっと抱き寄せた。


「……この子たちが大きくなる頃には」


「うん」


「争いごとがない世界やったらええな」


 美鈴は、

 静かに頷いた。


「ほんとに……」


 テレビの中では、

 避難列が続いていた。


 寒空の下。


 抱き合う親子。


 泣き疲れて眠る子ども。


 その光景に、

 美鈴は胸を締めつけられる。


「……優馬」


「ん?」


「うちら、

 この子たちに、

 “笑って生きていい”って伝えられる大人になりたいね」


 優馬は、

 ゆっくり頷いた。


「うん」


 そして、

 テレビの中の小さな少女――ソフィーアを見つめる。


 この少女が、

 のちに生まれてくる光子と優子と出会い、

 日本とウクライナを結ぶ存在になっていくことを。


 今の優馬も美鈴も、

 まだ知らない。


 ⸻


 一方その頃。


 誠一は、

 巨大なスーツケースを前に頭を抱えていた。


「……なんで工具箱が三つあると?」


 佳代、

 呆れ顔。


「医療機器エンジニアで渡米する人の荷物量じゃなか」


「いやでも、

 アメリカで困ったら嫌やし……」


「シリコンバレーにハンダごて持って行く人初めて見た」


 誠一は真顔。


「備えあれば憂いなし」


「方向性がおかしい」


 そこへ美鈴と優馬も到着。


「誠一、

 ほんとにアメリカ行くっちゃね」


「うん。

 四月からシリコンバレー勤務」


 優馬、

 真顔で質問。


「……シリコンバレーって、

 ほんとに谷あると?」


「まずそこなん!?」


 誠一、

 爆笑。


「あるはあるけど、

 そういう意味の名前じゃないけん!」


「えっ違うん!?」


「半導体の“シリコン”!!」


「紛らわしかぁ!!」


 佳代、

 笑いすぎて涙目。


「小倉家、

 相変わらずボケ密度高すぎる……!」


 ⸻


 夜。


 白金荘201号室。


 美鈴はソファにもたれながら、

 静かにスマホを見つめていた。


 SNSには、

 戦争の映像。


 祈り。


 涙。


 そして、

 世界中からの支援メッセージ。


 優馬は、

 そっと隣に座る。


「……怖い?」


 美鈴は少し考えてから、

 小さく頷いた。


「うん。

 でもね」


「ん?」


「だからこそ、

 この子たちには、

 いっぱい笑ってほしい」


 優馬は、

 美鈴のお腹にそっと触れる。


「任せんしゃい」


「何その自信」


「俺、

 ボケ大魔王やけん」


「そこ威張るとこやない」


 二人、

 顔を見合わせて笑う。


 その笑い声は、

 不安だらけの世界の中で、

 小さくても確かな“希望”みたいだった。


 ⸻


 次回予告 第112話「夜泣き予行演習と世界の涙」


 双子誕生まであと数ヶ月。


 だが白金荘では——


「うぎゃああああ!!」


「なん!?」


「夜泣きシミュレーターアプリ!!」


「なんで今から寝不足体験しよるん!!」


 一方フェニックスでは、

 “双子専用応援歌”制作開始。


「まだ生まれてないけん!?」


 さらに幼稚園では、

 園児たちが美鈴のお腹に話しかけ始める。


「こんにちは〜♡」


「まだお腹の中たい♡」


 そして世界では、

 戦争がさらに激化。


 ニュースを見つめながら、

 優馬と美鈴は強く願う。


「この子たちの未来だけは、

 平和であってほしい」


 次回、

 第112話「夜泣き予行演習と世界の涙」。


 新しい命が、

 静かに未来を照らし始める。

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