結婚式前夜と白金荘パニック
第105話「結婚式前夜と白金荘パニック」
2020年――。
世界が、
静かに止まりかけていた年だった。
街から人が減り。
マスク姿が当たり前になり。
ニュースでは毎日、
新型コロナウイルスの感染者数が流れる。
そんな中。
白金荘201号室では。
「……どうする?」
小倉優馬が、
静かに言った。
向かい側には、
車椅子に座る美鈴。
テーブルの上には、
結婚式場のパンフレット。
だがその横には、
“開催自粛”のニュース記事も並んでいた。
「うーん……」
美鈴は悩む。
ずっと夢見ていた結婚式。
みんなに、
ちゃんと感謝を伝えたい。
でも。
もし誰かが感染したら。
もしクラスターになったら。
その恐怖もあった。
白金荘・深夜
「延期する?」
優馬が聞く。
美鈴、
少し黙る。
「……したい気持ちはある」
「うん」
「でも、
いつ落ち着くか分からん」
窓の外を見る。
静かな夜。
「うちら、
ずっと“今”を大事にしてきたやん」
事故。
昏睡。
幽霊だった時間。
ようやく戻ってきた日常。
「だから、
ちゃんと今、
結婚したい」
優馬は、
ゆっくり頷いた。
「……じゃあ」
二人、
同時に言う。
「リモート結婚式」
目が合う。
そして。
「時代最先端やね」
「言い方!!」
二人、
吹き出した。
そして数週間後
オンライン結婚式当日。
式場は、
最小人数。
感染対策も徹底。
座席間隔。
消毒。
マスク。
大型モニターには、
全国から接続された仲間たち。
開式前
控室。
ウェディングドレス姿の美鈴。
優馬、
言葉を失う。
「……」
「な、なんか言ってよ」
「……綺麗すぎて、
処理落ちした」
「パソコンみたいに言うな」
でも、
その顔は真っ赤だった。
美鈴、
ふふっと笑う。
「優馬」
「ん?」
「うち、
生きて戻ってこれて良かった」
優馬、
そっと手を握る。
「……俺も」
リモート結婚式、開式
神父。
モニター越しの参列者。
全国から聞こえる拍手。
フェニックス福岡。
宗像高校。
宗像中。
博多南幼稚園。
みんな、
画面越しに涙ぐんでいた。
誓いの言葉
「小倉優馬さん」
「はい」
「あなたは——」
優馬、
噛む。
「ち、誓いまふ」
「噛んだぁぁ!!」
モニター越し、
大爆笑。
美鈴、
笑い崩れる。
「こんな新郎おる!?」
指輪交換
緊張で、
優馬の手が震える。
「優馬、
手汗すごい」
「しょうがないやろ!!」
「ぬるぬるしとる」
「実況するな!!」
会場、
また爆笑。
そして。
「新郎新婦、
誓いのキスを——」
静かになる空気。
だが。
モニター越しに。
松永先輩。
『いけぇぇぇ優馬ぁぁぁ!!』
「実況やめぇぇぇ!!」
空気崩壊。
それでも。
二人は笑いながら、
そっと口づけた。
拍手。
涙。
祝福。
そして——
「これより、
新婦・黒崎美鈴さんは」
一呼吸。
「小倉美鈴さんとなります」
静かな拍手が広がる。
オンライン会場
松永先輩、
涙。
「……もう黒崎って呼べんとか」
藤崎香織監督、
目を潤ませる。
「寂しいね」
西嶋百合愛監督も笑う。
「でも、
幸せそうで何よりや」
後輩たち
「黒崎先輩……」
一人が言いかける。
すると美鈴。
「もう“小倉先輩”やね」
一瞬静まって。
「いや、
やっぱ美鈴先輩がしっくりきます!!」
宗像高校OG、
一斉同意。
美鈴、
笑いながら涙ぐむ。
「じゃあ、
それでよか」
——そして翌年。
2021年 夏
コロナが少し落ち着き。
ついに。
本当の結婚式と披露宴が、
開催された。
披露宴会場
フェニックス福岡、
完全暴走。
「火柱演出いきます!!」
「結婚式でプロレス入場みたいにするな!!」
宗像高校OG、
謎の応援団結成。
「フレー!フレー!美鈴先輩!」
「披露宴やぞ!?」
余興
松永先輩、
酔う。
「優馬ぁぁぁ!!
美鈴泣かせたらレシーブ千本なぁぁ!!」
「もう何回千本ノックされるん俺!?」
会場、
爆笑。
だが終盤。
空気が変わる。
スクリーンに映る、
幼い頃の美鈴。
バレーを始めた頃。
笑顔。
汗。
全国大会。
そして。
事故のニュース映像。
ICU。
リハビリ。
杖をついて歩く姿。
会場、
静まり返る。
正一の挨拶
「……娘は、
本当に負けず嫌いでした」
声が震える。
「もうダメかもしれんと、
何度も思いました」
佳代、
涙を流す。
「でも、
皆さんのおかげで、
娘は戻ってきました」
すすり泣きが広がる。
花束贈呈
「お父さん、
お母さん」
美鈴、
涙声。
「今まで、
本当にありがとう」
花束を渡す。
佳代、
泣き崩れる。
正一も、
涙を拭う。
そして美鈴の言葉
「事故にあった時、
うちはもう、
終わったと思いました」
静かな会場。
「でも、
たくさんの人が、
待ってくれました」
フェニックス。
宗像高校。
宗像中。
幼稚園。
家族。
優馬。
「生きて帰ってこいって、
言い続けてくれました」
涙が落ちる。
「だから今、
ここに立てています」
優馬も、
涙をこらえていた。
「うちは、
本当に幸せ者です」
会場中が涙だった。
そして新婚旅行
行き先。
ニュージーランド。
「羊多っ!!」
「優馬、
あの羊うちより食べとる」
「比較対象どうなっとる!?」
絶景の中でも、
いつもの二人。
2020年4月
美鈴、
博多南幼稚園へ復帰。
だが。
コロナ禍で、
園児全員が揃う日は少なかった。
静かな教室。
距離を取る保育。
マスク越しの笑顔。
そんなある日。
「みすずせんせぇぇぇ!!」
園児たちが駆け寄る。
「会いたかったよぉぉ!!」
小さな腕が、
美鈴に抱きつく。
その瞬間。
美鈴、
涙ぐむ。
「……うちも、
会いたかった」
園児たちの笑顔が。
何よりの、
生きる理由になっていた。
次回予告 第106話「みすず先生、幼稚園へ帰る」
ついに本格復帰した美鈴。
だが幼稚園では——
「先生ぇぇ!!
マスク食べたぁぁ!!」
「なんで!?」
一方白金荘では。
「優馬、
お弁当ハートにして♡」
「幼稚園児より甘えるな!!」
さらにフェニックス、
“既婚者いじり”開始。
「小倉さーん♡」
「その呼び方まだ慣れん!!」
次回、
第106話「みすず先生、幼稚園へ帰る」。
笑って泣いて、
小倉美鈴の新しい人生が始まる。




