指輪と涙と白金荘
第103話「指輪と涙と白金荘」
春の風が、
白金荘の古い窓をカタカタと揺らしていた。
朝。
201号室。
「優馬〜」
「ん〜……?」
「靴下〜」
「……はいはい」
ベッド横にしゃがみ込み、
優馬が美鈴の靴下を履かせる。
事故から一年半。
目を覚ました美鈴は、
懸命なリハビリで少しずつ動けるようになっていた。
だが、
まだ右半身には強い麻痺が残る。
右腕は肩より上に上がらない。
右脚も長時間は支えられない。
それでも。
「今日は杖で歩く練習すると!」
美鈴は笑う。
その笑顔が、
優馬には何より嬉しかった。
⸻
博多南総合病院・リハビリ室
「では黒崎さん、
今日は歩行距離を伸ばします」
理学療法士が声をかける。
美鈴、
杖を握る。
震える右手。
踏み出す左足。
一歩。
また一歩。
「っ……!」
ふらつく。
優馬、
反射的に支える。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫たい……!」
汗が落ちる。
それでも美鈴は笑った。
「……負けんけん」
その目は、
かつて全国のエースアタッカーを叩き潰してきた、
“黒崎美鈴の目”だった。
⸻
一方・フェニックス福岡
「黒崎復帰戦プラン第12案です!」
「まだ増えとる!?」
ホワイトボードいっぱいに書かれる謎戦略。
【黒崎限定・一球入魂フォーメーション】
【車椅子サーブ案】
【奇跡のワンポイント出場】
美鈴、
頭抱える。
「だからまだ無理やけん!!」
松永先輩、
真顔。
「いやでも、
黒崎がコート戻ってきたら泣く」
「うちも泣く」
「全国民泣く」
「規模がデカい!!」
体育館、
爆笑。
⸻
そして数日後
黒崎家。
優馬は、
ガチガチだった。
「……うぅ」
「顔死んどるよ?」
「そら緊張するやろ!!」
今日は正式に、
婚約報告の日。
玄関前。
優馬、
深呼吸。
ピンポーン。
ガチャ。
出てきた正一。
「おぉ優馬君、
入りぃ」
「し、失礼します!!」
声、
裏返る。
⸻
黒崎家・居間
佳代がお茶を出す。
優馬、
正座。
完全に面接。
「えっと……その……」
「優馬」
隣の美鈴が、
そっと手を握る。
「大丈夫」
優馬、
小さく頷く。
「……俺、
美鈴さんを」
「さん付け戻っとる」
「緊張しとるんや!!」
一同、
少し笑う。
そして優馬は、
真っ直ぐ頭を下げた。
「美鈴を、
一生大事にします。
障害があっても、
歩けなくても、
ずっと支えます。
だから、
結婚させてください」
静かになる部屋。
佳代、
涙ぐむ。
正一は、
しばらく黙っていた。
やがて。
「……よろしく頼む」
その一言に。
美鈴、
ぽろぽろ涙を流す。
「お父さん……っ」
佳代も泣く。
優馬も泣きそう。
だが。
次の瞬間。
「ただし」
正一、
真顔。
「娘泣かせたら、
ジャンプサーブ千本ノックな」
「怖っっ!!」
「あとレシーブ地獄」
「死ぬ!!」
空気、
一気に崩壊。
黒崎家、
爆笑。
⸻
そして——
ニュース速報。
『元全日本候補・黒崎美鈴さん、
意識回復後初の公の場へ』
全国がざわつく。
⸻
記者会見当日
会場。
フラッシュ。
大量の記者。
壇上には、
車椅子の美鈴。
隣には優馬。
そして。
「本日は、
お集まりいただき——」
「美鈴さーん!
婚約おめでとうございます!」
「ありがとうございます〜」
「お相手のどこに惹かれましたか!?」
美鈴、
即答。
「鼻血の量です」
会場、
一瞬停止。
「……はい?」
「うち見るたび鼻血出すけん、
この人わかりやすいっちゃもん」
記者、
吹き出す。
優馬、
頭抱える。
「その説明やめてぇぇぇ!!」
⸻
「優馬さんの第一印象は?」
「変な人」
「ひどっ!?」
「でも、
優しかった」
少し空気が柔らかくなる。
だが。
「あと、
女性免疫ゼロ」
「全国放送で言うなぁぁぁ!!」
記者席、
大爆笑。
司会、
進行不能。
⸻
「黒崎さん、
リハビリは順調ですか?」
「めちゃくちゃ痛いです」
「やはり大変ですか」
「でも優馬が支えてくれるけん」
優馬、
少し照れる。
次の瞬間。
「あと靴下履かせてくれる」
「そこ言わんでいい!!」
「お姫様抱っこもする」
「全国ネットぉぉぉ!!」
記者、
笑いすぎてメモ取れてない。
⸻
さらに。
「競技復帰の可能性は?」
会場が静まる。
美鈴は、
少しだけ真面目な顔になった。
「正直、
まだ難しかです。
でも」
優馬を見る。
フェニックスの仲間を見る。
後輩たちを見る。
「うちは、
まだ終わっとらんけん」
静かな拍手。
涙を拭く記者もいた。
だが。
「あと、
将来的には」
「はい?」
「優馬との子どもに、
ジャンプサーブ教えたい」
「ぶっ!!」
優馬、
水吹く。
「話飛びすぎぃぃぃ!!」
会場、
再び大爆笑。
もう誰も、
まともに進行できなかった。
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会見終了後
「……疲れた」
優馬、
ぐったり。
美鈴、
ケラケラ笑う。
「優馬の顔、
真っ赤やった」
「誰のせいやと思っとる!!」
「ふふっ」
その笑顔は、
事故前と同じだった。
いや。
もっと、
あたたかかった。
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次回予告 第104話「白金荘と婚約指輪」
ついに、
優馬から正式なプロポーズ。
「美鈴、
結婚してください」
だが白金荘では。
「指輪はめる前に、
手汗すごいっちゃけど」
「俺も緊張しとるんや!!」
一方、
美鈴の歩行訓練はさらに前進。
「今日は階段いきます」
「ラスボス早い!!」
さらにフェニックスでは、
“黒崎結婚祝賀会”が暴走。
「なんで巨大横断幕作っとるん!?」
次回、
第104話「白金荘と婚約指輪」。
笑いながら、
二人は本当の夫婦へ近づいていく。




