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笑う母の物語  作者: リンダ


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婚約とリハビリ大作戦

次回予告

第101話「婚約者とリハビリ大作戦」


婚約した優馬と美鈴。


白金荘の日常は、甘々――だけでは終わらない。


「優馬〜、靴下履かせて〜」


「介護と甘えの境界線どこ!?」


一方、病院では美鈴の本格的な歩行訓練が始まる。


「転んでも、また立てばよか」


だがその日、美鈴は初めて知る。


自分が眠っていたあいだに、

世界を襲った感染症のことを。


多くの人が命を落とし、

多くの人が後遺症に苦しみ、

そしてこの病院でもクラスターが起きていたことを。


「うち……生きとるんやね」


笑って、ふざけて、甘えて。


それでも彼女は、

命を拾った人間として、

もう一度立ち上がろうとする。


第101話

「婚約者とリハビリ大作戦」


春の朝。


白金荘201号室には、今日も騒がしい声が響いていた。


「優馬〜」


「ん〜?」


「靴下履かせて〜」


「自分で履けるやろ!?」


ベッドの上で、美鈴がにやにやしている。


リハビリの成果で、足は少しずつ動くようになってきた。


ただし。


「今日は甘えたい日〜」


「その“甘えたい日”、週7で来よるやん!!」


「婚約者サービスやけん」


「サービス受ける側が倒れそうなんやけど!?」


白金荘の朝は、相変わらず騒がしい。


けれど、その明るさの裏側に、

美鈴の体はまだ確かに傷を抱えていた。


博多南総合病院・リハビリ室。


「はい、右足に体重をかけて」


理学療法士が支える。


「……っ」


美鈴の額に汗が浮かぶ。


右脚は、まだ思うように動かない。


ほんの少し体重を乗せるだけで、鋭い痛みが走る。


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫、です」


強がりだった。


それでも美鈴は、歯を食いしばる。


「転んでも」


一歩。


「また立てばよか」


もう一歩。


ふらつく。


「危ない!」


支えられる。


それでも美鈴は笑った。


「前より歩けとる」


理学療法士も、思わず笑った。


「黒崎さん、本当に強いですね」


「うち、バレー部やったけん」


「いや、精神力が全国大会レベルなんです」


その日のリハビリ後。


病室で休んでいた美鈴は、看護師から何気なく聞かされた。


「黒崎さんが眠っていた頃、本当に大変だったんですよ。コロナ感染症で」


「ころな……?」


美鈴は、最初その意味が分からなかった。


感染症。

面会制限。

防護服。

病棟クラスター。

人工呼吸器。

亡くなった人たち。

退院後も息苦しさや倦怠感に苦しむ人たち。


話を聞くうちに、美鈴の表情が変わっていった。


「……この病院でも?」


「はい。病棟でクラスターが起きた時期がありました」


美鈴は息をのんだ。


「じゃあ、うちも……」


看護師は、静かにうなずいた。


「命を落としていても、おかしくなかったです」


美鈴は、しばらく何も言えなかった。


自分が眠っている間に、

世界は大きく変わっていた。


誰かは家族を失い、

誰かは後遺症を抱え、

誰かは看取ることすらできなかった。


自分だけが苦しかったわけではない。


そう知った瞬間、

美鈴の胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。


「うち……生きとるんやね」


その声は、小さかった。


夜。


白金荘に戻った美鈴は、いつものように床にへばった。


「っだぁぁぁぁぁ〜……足がぁぁぁ……」


優馬が苦笑する。


「今日はかなり頑張ったやろ」


「筋肉が存在を主張しよる……」


「どんな表現なん」


優馬は、そっと美鈴の右脚をさする。


「……っ」


「痛い?」


「いや、気持ちいい」


美鈴は、ぽけーっと優馬を見る。


「優馬」


「ん?」


「うち、今日な」


「うん」


「コロナのこと、聞いた」


優馬の手が止まる。


美鈴は天井を見つめたまま続けた。


「うちが寝とる間に、たくさんの人が亡くなったって」


「うん」


「後遺症で、今も苦しんどる人がおるって」


「うん」


「この病院でもクラスターが起きて、うちも死んどったかもしれんって」


優馬は、何も茶化さなかった。


ただ、静かに美鈴のそばにいた。


「……怖かった」


「うん」


「今さらやけど、怖くなった」


優馬は、美鈴の手を握った。


「生きとってくれて、よかった」


その一言で、美鈴の目に涙がにじんだ。


「うち、ちゃんと生きる」


「うん」


「歩けるようになって、幼稚園に戻って、子どもたちの前に立つ」


「うん」


「でも今日は靴下履かせて」


「急に甘え戻すな!!」


美鈴が泣きながら笑う。


優馬も、笑った。


その笑い声は、

生きている人間の音だった。


フェニックス福岡。


その頃、体育館ではとんでもない会議が行われていた。


ホワイトボードには、でかでかと書かれている。


黒崎監督化計画。


「将来的には、指導者ルートもありかと」


「絶対向いとると思うんですよ」


「戦術眼エグいし」


「選手のメンタルケア上手いし」


「あとサーブ怖いし」


「最後関係ある?」


そこへ、車椅子姿の美鈴が現れる。


「何の会議ですか?」


一同、固まる。


「あっ」


「いや、その」


「黒崎監督化計画……」


「まだ引退しとらんけん!!」


即ツッコミ。


体育館が爆笑に包まれる。


だが、美鈴は少しだけ真面目な顔になった。


「……ありがとう」


静かに言う。


「でも、今は幼稚園の仕事に戻るのを優先したい」


体育館が静かになる。


「うちはまず、ちゃんと歩けるようになりたい」


「そして、また子どもたちの前に立ちたい」


「眠っとる間に、命を落とした人もおるって知った」


「後遺症で苦しんどる人もおるって知った」


「だったらうちは、生き残った命を、ちゃんと使わんといかん」


松永が、ふっと笑った。


「……黒崎らしいな」


「え?」


「結局、誰かを支える側に戻ろうとしよる」


美鈴は少し照れた。


「まぁ、性格やろね」


「でも安心した」


「ん?」


「バレー辞めるとは言わんかったけん」


その瞬間。


「そうたい!!」


「黒崎先輩、まだ現役やけん!!」


「復帰待っとります!!」


体育館がまた明るくなる。


美鈴も笑った。


「……うん」


「また、ボール触れるよう頑張る」


帰り道。


優馬の運転する車に、夕陽が差し込む。


「優馬」


「ん?」


「うち、焦っとったんかもしれん」


「何が?」


「“元通り”にならなって」


優馬は少し考えた。


「別に、元通りじゃなくてよくない?」


「え?」


「今の美鈴を、俺は好きやし」


美鈴が固まる。


「……サラッと恥ずかしいこと言う」


「本音やし」


「ずるい……」


顔を赤くする美鈴。


優馬は笑った。


「また歩ける距離、増やそうな」


「うん」


「あと、甘え癖はリハビリ対象な」


「それは治療拒否します」


「即答やめぇ!!」


車の中に、笑い声が響いた。


次回予告

第102話「婚約指輪と鼻血事件」


婚約生活が始まり、

さらに甘えレベルが増す美鈴。


「優馬〜、膝枕〜」


「最近ずっと乗っとらん!?」


一方、優馬はある重大ミッションへ。


「婚約指輪……サイズ分からん……」


さらに白金荘では、

美鈴がまさかの料理復帰。


「見よ! リハビリチャーハン!」


「なんで焦げとるん!?」


そして病院では、

ついに美鈴の“歩行器卒業”が視野に。


次回、

第102話「婚約指輪と鼻血事件」。


笑いながら、

二人は未来へ歩き始める。

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