リハビリと白金荘
第99話「リハビリと白金荘」
春の風が、
病院のリハビリ室のカーテンを揺らしていた。
「う、腕が上がらん……!」
黒崎美鈴は、
顔をしかめながら必死に右腕を持ち上げる。
事故で大きな損傷を受けた右半身。
一年半眠っていた影響で、
筋力は大きく落ちていた。
「焦らなくていいですよ」
理学療法士が優しく声をかける。
「黒崎さんは回復力、本当にすごいですから」
「でも……
早く歩きたか……」
美鈴は悔しそうに唇を噛む。
そこへ。
「おーい、美鈴〜」
優馬が顔を出した。
「差し入れ持ってきた」
「なに?」
「リハビリ終わった人専用プリン」
「そんな限定商品ある!?」
「今作った」
「嘘やろ!?」
病室に笑いが広がる。
看護師たちも、
すっかりこの二人のやり取りに慣れていた。
⸻
白金荘201号室
「優馬〜」
「んー?」
「お姫様抱っこ」
「リハビリに甘え混ぜるな!!」
退院後、
美鈴は白金荘へ戻ってきていた。
まだ車椅子生活。
長距離は難しい。
だが。
幽霊だった頃と違い、
ちゃんと触れられる。
ちゃんと笑える。
ちゃんと隣にいられる。
「だって歩くと疲れるっちゃもん」
「理学療法士さん泣くぞ!?」
「優馬が抱っこすれば解決たい」
「解決方法が雑!!」
だが結局。
「ほら」
「わーい♪」
優馬は真っ赤になりながら、
美鈴を抱き上げる。
「軽っ……」
一年半の入院生活で、
美鈴の身体はかなり細くなっていた。
それが優馬には、
少しだけ切なかった。
美鈴はその顔を見て、
優しく笑う。
「そんな顔せんでよか」
「……するやろ」
「うち、
ちゃんと戻ってきたやん」
優馬は小さく息を吐く。
「……そうやな」
その瞬間。
「優馬〜」
「ん?」
「胸当たっとる?」
「ぶふぉっ!!」
鼻血。
「リハビリより先に俺が失血死する!!」
「ふふふっ♪」
⸻
フェニックス福岡
久しぶりの体育館。
バレーボールの音。
シューズの摩擦音。
仲間たちの声。
その全部が、
美鈴の胸を熱くした。
「……帰ってきた」
車椅子を押す優馬の後ろで、
美鈴が小さく呟く。
すると。
「……え?」
コートの向こう側で、
松永が固まった。
次の瞬間。
「黒崎ぃぃぃぃ!!!!!」
ダッシュ。
「うおっ!?」
優馬がびびる。
松永は車椅子の前で止まり、
本気で泣いていた。
「お前ぇぇぇぇ……!!
ほんとに戻ってきたんかぁぁぁ!!」
「松永先輩……
泣きすぎですって」
「泣くわ!!」
その声で、
全員が振り向く。
一瞬の静寂。
そして。
「黒崎先輩!?」
「うわぁぁぁ!!」
「戻ってきたぁぁ!!」
体育館が揺れた。
選手たちが次々集まる。
泣く者。
笑う者。
言葉にならない者。
美鈴も涙を浮かべながら笑った。
「心配かけて……
ごめんね」
「バカ!!
生きとるだけで十分や!!」
松永が鼻をすすりながら言う。
その時。
美鈴が優馬の腕を掴んだ。
「あ、紹介するね」
優馬が一瞬固まる。
「こちら、
将来うちの旦那になる予定の人です♪」
「ぶっっ!!」
優馬、
盛大にむせる。
「お、おい待て待て待て!!」
「違うと?」
「違わんけど心の準備!!」
体育館、
大爆笑。
「うおおおお!!」
「黒崎先輩おめでとうございます!!」
「旦那さん頑張ってください!!」
優馬、
顔真っ赤。
「なんで全国大会より緊張しとるん俺!?」
⸻
宗像高校
体育館には、
後輩たちの掛け声が響いていた。
「レシーブ!!」
「繋げぇ!!」
その姿を見て、
美鈴は目を細める。
「みんな……
上手くなったねぇ」
そこへ。
「黒崎ぃ!!」
藤崎香織監督が飛んできた。
「監督〜」
「ほんっと……
戻ってきてくれてよかった……!」
普段豪快な藤崎監督も、
今日は目が真っ赤だった。
その後ろでは、
部員たちがざわついている。
「黒崎先輩や……!」
「本物や……!」
「生きとる……!」
すると体育館の隅から、
いい匂い。
ジュージュー。
パスタ。
「……今年もやりよるんですか」
美鈴が呆れる。
藤崎監督、
頭を抱える。
「もうバレー部なんか料理部なんか分からん!!」
「今日は何です?」
「南蛮料理フェア」
「意味分からん!!」
部員たち大爆笑。
そのあと。
美鈴が優馬を紹介する。
「こちら、
うちの彼氏」
優馬、
また固まる。
「将来の旦那さん予定です♪」
「“予定”がどんどん既成事実化しとる!!」
部員たちは泣き笑い。
「おめでとうございます!!」
「絶対結婚式行きます!!」
「全国優勝して報告行きます!!」
美鈴は涙を浮かべながら頷く。
「待っとるよ」
⸻
宗像中学校
最後に訪れたのは、
宗像中。
体育館の空気は、
昔と何も変わっていなかった。
「黒崎」
西嶋百合愛監督が、
静かに歩いてくる。
「先生……」
二人はしばらく、
言葉が出なかった。
西嶋監督が先に笑う。
「ほんと、
帰ってくるんやもんなぁ」
「しぶといですけん」
「知っとる」
部員たちも集まってくる。
みんな泣き笑いだった。
「黒崎先輩……!」
「会いたかったです!」
西嶋監督が静かに言う。
「あなたが卒業して、
もう六年が過ぎた」
「はい」
「でも、
あなたが残したもの、
みんなちゃんと受け継いどるよ」
美鈴の瞳から、
また涙がこぼれる。
「……ありがとうございます」
そして。
「こちら、
うちの彼氏です」
優馬、
三回目の硬直。
「将来の夫です♪」
「もう逃げ道ゼロやん!!」
体育館、
大爆笑。
泣きながら笑う声が、
ずっと響いていた。
⸻
次回予告 第100話「白金荘の未来」
少しずつ戻っていく日常。
だが美鈴には、
まだ越えなければならない壁があった。
「歩けるようになりたい」
一方白金荘では。
「優馬〜、膝枕」
「お前リハビリより甘えが進化しとる!!」
さらにフェニックス福岡では、
“黒崎復帰計画”が始動。
「いやまだ車椅子やけん!!」
そして優馬は、
ある“大きな決意”を胸に秘め始める。
「……ちゃんと、
言わなきゃな」
次回、
第100話「白金荘の未来」。
笑って泣いて、
二人の人生は次のステージへ。




