眠り姫のレシーブ
第98話「眠り姫のレシーブ」
博多南総合病院。
ICU。
機械音だけが静かに響く病室で――
「反応があります!!」
担当医の声が飛ぶ。
看護師たちが一斉にモニターを確認する。
脳波。
心拍。
瞳孔反応。
どれも、これまでとは明らかに違っていた。
「呼びかけを続けてください!」
ベッドの横では、
佳代が震える声で呼びかける。
「美鈴……!
美鈴……!」
正一も娘の手を握りしめる。
「帰ってこい……!
美鈴……!」
その時だった。
ピクッ。
美鈴の指先が動く。
そして。
閉ざされていた瞼が、
ゆっくりと震えた。
「……!」
全員が息を呑む。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
黒崎美鈴は、
一年半ぶりに目を開けた。
ぼやけた天井。
白い光。
機械音。
「……あれ……?」
かすれた声。
長い眠りから目覚めたばかりの、
弱々しい声だった。
「わたし……
どうして……ここ……?」
佳代がその場で泣き崩れる。
「美鈴ぅぅぅ……!!」
「先生!!
意識戻りました!!」
病室が一気に慌ただしくなる。
だが。
美鈴の視線は、
ある人物を探していた。
そして。
病室の後ろで立ち尽くしていた優馬と、
目が合う。
一瞬だった。
でも、
その瞬間だけで十分だった。
「……優馬……?」
優馬の喉が詰まる。
「……おう」
美鈴の瞳から、
大粒の涙がこぼれた。
「会いたかった……」
涙声。
「会いたかったぁ……」
か細くなった腕が、
ゆっくり持ち上がる。
事故前よりずっと細くなった腕。
筋肉も落ち、
点滴跡も残っている。
それでも美鈴は必死に腕を伸ばす。
優馬は駆け寄った。
「無理すんな!」
その手を、
そっと握る。
ぴたり。
重なった手。
今度は、
ちゃんと現実だった。
幽霊じゃない。
夢じゃない。
温かい。
生きている人間の温度。
美鈴は泣きながら笑った。
「……あったかい……」
優馬の目にも涙が浮かぶ。
「そりゃ人間やけん」
「ふふっ……」
その笑い方は、
白金荘で毎日見てきた笑顔そのままだった。
佳代は口元を押さえ、
正一は顔を覆って泣いていた。
「……帰ってきた……」
「美鈴が……
帰ってきた……!」
病室の外では、
看護師たちまで涙ぐんでいる。
一年半。
ずっと眠り続けていた少女。
“奇跡”と呼ばれた回復だった。
数日後
フェニックス福岡。
「黒崎先輩、
目ぇ覚ましたぁぁぁ!?」
体育館が揺れる。
「うおおおおおお!!」
選手たちが泣きながら抱き合う。
宗像高校。
藤崎香織監督が、
報告を聞いた瞬間、
顔を覆った。
「……よかった……」
部員たちは涙を流しながら叫ぶ。
「黒崎先輩ぃぃぃ!!」
宗像中も同じだった。
西嶋百合愛監督が言う。
「……あの子、
本当に帰ってきたね」
全国のバレー関係者にも、
そのニュースは広がっていく。
実況席で泣いた解説者も、
涙声で語る。
「黒崎美鈴さん……
本当に戻ってきました……」
そして白金荘
数週間後。
優馬が部屋に戻る。
「ただいまー」
すると。
「優馬〜」
ベッドの上で、
リハビリ帰りの美鈴が手を振っていた。
まだ車椅子生活。
だが表情は明るい。
「洗濯物ちゃんと畳まんね」
「復活して第一声それ!?」
「生活力は大事たい」
「幽霊時代からずっと言いよったもんな!」
美鈴は笑う。
その笑い声が、
今度はちゃんと部屋に響く。
優馬はふと、
その姿を見つめた。
白金荘で、
誰にも見えなかった幽霊。
毎日笑って、
毎日騒いで、
毎日鼻血出させてきた女。
でも今は。
ちゃんとここにいる。
優馬は小さく笑った。
「……おかえり、美鈴」
美鈴は優しく笑い返す。
「うん。
ただいま、優馬」
次回予告 第99話「リハビリと白金荘」
意識を取り戻した美鈴。
だが待っていたのは、
過酷なリハビリ生活だった。
「う、腕が上がらん……!」
一方白金荘では。
「優馬〜、お姫様抱っこ」
「リハビリに甘え混ぜるな!!」
さらにフェニックス福岡、
宗像高校、
宗像中学。
“黒崎美鈴復活”に、
全国バレー界が揺れる。
そして優馬は、
ついにある決意を固め始める。
「……もう、
離れたくない」
次回、
第99話「リハビリと白金荘」。
幽霊だった時間が、
本当の未来へ変わり始める。




