病室の小さな奇跡
第96話「病室の小さな奇跡」
博多南総合病院――ICU。
静かな病室に、機械音だけが一定のリズムで響いていた。
眠り続ける黒崎美鈴。
だが、その日。
「……先生!」
モニターを見ていた看護師の声が変わった。
「脳波に反応があります!」
担当医がすぐに駆け寄る。
「刺激への反応が出始めている……?」
わずかな変化。
ほんの小さな反応。
それでも、ずっと止まっていた時間が、
確かに動き始めていた。
⸻
一方――白金荘201号室。
「優馬〜、洗濯物取り込んどって〜」
「なんで幽霊が家事指示しよるん!?」
IT会社勤務の駆け出しサラリーマン、
小倉優馬。
今日も幽霊・黒崎美鈴に振り回されていた。
「だって雨降りそうやん」
「見えとるなら自分で取り込めるやろ!?」
「今日は半実体モード不安定たい」
「ゲームの通信環境みたいに言うな!」
美鈴はケラケラ笑う。
最近の美鈴は、
時折“実体化”できるようになっていた。
完全ではない。
触れられる時もあれば、
すり抜ける時もある。
だが確実に、
以前より“こちら側”へ近づいていた。
「ねぇ優馬」
「ん?」
「今度、下着買いに付き合って」
「…………は?」
優馬、停止。
「いやいやいやいや!? なんで俺!?」
「だって一人じゃ行きづらいもん」
「幽霊でも下着いると!?」
すると美鈴。
腕を組みながら、少し頬を膨らませる。
「私だって女たい」
「うっ……」
「幽霊になった時、下着ついてなかったし」
「!?」
優馬、顔面爆発。
「じゃ、じゃあその服の下って……」
「……」
美鈴、じーっ。
「優馬」
「は、はい」
「なんか変なこと想像したやろ?」
「してません!!」
「目が泳いどる」
「泳いでない!!」
美鈴、大爆笑。
「っはははは!! 優馬ほんっと分かりやすか〜!」
⸻
そして週末。
ショッピングモール。
女性客で賑わうランジェリーショップ前。
優馬、死亡寸前。
「……帰りたい」
「まだ入ってもないやろ」
今日は実体化モードの美鈴。
白ワンピース姿で、
当然のように優馬の腕を組んでいた。
「近い近い近い!!」
「恋人っぽいやん♪」
「免疫ゼロ男には刺激が強すぎる!!」
そして入店。
優馬、完全に視線迷子。
「どこ見れば正解なん……」
「床」
「それもう敗北宣言やん」
美鈴は楽しそうに、
次々と下着を見て回る。
「優馬〜、これはどうやろ?」
ひょい。
美鈴が見せたのは――
黒。
レース。
大人っぽいデザインのブラジャーとショーツ。
「…………」
優馬、硬直。
「ど、どう?」
「……」
「優馬?」
「……ぶふっ」
鼻血。
「またぁ!?」
「無理!! 黒は無理!!」
「なんで色で致命傷受けるん!?」
「破壊力が増しとる!!」
店員さんまで吹き出していた。
「仲良しですね〜」
「違います!!」
「違わんけど?」
美鈴ニヤリ。
優馬、顔面真っ赤。
⸻
その夜。
白金荘201号室。
優馬はぐったりしていた。
「……今日だけで寿命三年縮んだ……」
その時。
「優馬〜」
寝室から美鈴の声。
「ん?」
「ちょっと来て」
「な、なん?」
恐る恐るドアを開ける。
そして。
「…………」
止まる。
昼間買った、
黒の下着姿の美鈴が立っていた。
「ど、どう……?」
少し照れながら、
でも嬉しそうに笑う美鈴。
優馬の脳、
完全停止。
「優馬?」
「……」
「固まっとる」
「……綺麗すぎて処理落ちしとる……」
「ふふっ」
美鈴はゆっくり近づく。
「私ね」
「……う、うん」
「優馬のこと、好きやけん」
優馬の心臓が跳ねる。
「優馬に見てもらいたか」
静かな声だった。
冗談じゃない。
本気だった。
「……美鈴」
「ん?」
「俺……多分もう、戻れん」
「何が?」
「普通の生活」
美鈴、吹き出す。
「なにそれ!」
「だって幽霊相手に本気になるとか想定外やろ!」
「ふふふっ♪」
笑いながらも、
美鈴の目はどこか潤んでいた。
その瞬間。
病院の美鈴の指先が、
再びほんのわずかに動いた。
止まっていた時間が、
少しずつ、
確かに動き始めていた。
⸻
次回予告 第97話「触れられる温度」
実体化の時間が少しずつ長くなる美鈴。
「今日、ちゃんと触れられる」
優馬は、
初めて“美鈴の温もり”を感じる。
一方病院では、
意識回復へ向けた新たな治療が始動。
そしてフェニックス福岡、
宗像高校、
宗像中学――
“黒崎美鈴の魂”を受け継いだチームは、
新たな全国大会へ。
だが白金荘では。
「優馬、また鼻血出とる」
「誰のせいやと思っとる!!」
次回、
第97話「触れられる温度」。
幽霊と青年の距離が、
さらに近づいていく。




