幽霊、美鈴の嫉妬
第94話「幽霊、美鈴の嫉妬」
白金荘201号室。
夜十一時。
IT企業勤務の駆け出しサラリーマン・小倉優馬は、完全に疲弊していた。
「はぁぁぁ……今日も障害対応、ログ確認、仕様変更、上司の“これ明日まで”の三段コンボ……」
ネクタイを緩めながら、玄関を開ける。
すると。
「おかえり〜」
ちゃぶ台の前で、美鈴がみかんを食べていた。
「なんで幽霊が普通にくつろいどるん……」
「いや、うちここ長いけん」
「俺が住人なんやけど!?」
相変わらずである。
しかも今日は。
優馬のTシャツを着ていた。
サイズが大きいため、肩がずるっと落ちている。
そして下は短パン。
……短い。
「…………」
「ん? どした?」
「いや、なんでもない」
(見るな俺。落ち着け俺。社会人やぞ俺)
しかし。
視線が。
どうしても。
いく。
「優馬」
「はいっ!?」
「今、脚見よったやろ」
「見てません!!」
「絶対見た」
「不可抗力やけん!!」
美鈴はニヤニヤしていた。
「へぇ〜」
「その“へぇ〜”怖い!」
そんな騒がしい夜。
優馬のスマホが震えた。
ピロン♪
『今度ご飯行こ? 久々に話したい!』
会社の女性同期からのメッセージだった。
それを横から覗き込む美鈴。
「……ふーん」
「うおっ!? 近い近い!」
「モテるやん」
「いや、ただの同期!」
「へぇ〜」
また“へぇ〜”である。
しかも今度はちょっと声が低い。
「……別に、行けば?」
「なんで若干不機嫌なん」
「不機嫌じゃなか」
「絶対不機嫌やん」
美鈴はぷいっとそっぽを向いた。
「どうせうちは幽霊やし」
「え?」
「生きとる人の方がよかやろ」
優馬は少し黙った。
いつものギャグっぽい空気が、ほんの少しだけ静かになる。
だが。
次の瞬間。
「……って、なんでうちが嫉妬せないかんと!?」
「やっぱ嫉妬やったんかい!」
「ちがっ!!」
美鈴、クッション投擲。
優馬、顔面直撃。
「ぐはっ!」
「うち知らんけん!好きにご飯行けばよかろうもん!」
「いやだからなんで怒っとるん!?」
「怒っとらん!」
「怒っとる人のテンプレなんよ!」
ドタバタである。
そんな中。
優馬は風呂へ逃げ込んだ。
「今日はもう静かに風呂入ろ……」
シャワーを浴びる。
ようやく平穏。
……のはずだった。
ガラッ。
「お、先入っとった?」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
美鈴、普通に入ってきた。
「なんでぇぇぇ!?」
「いや、うちも風呂入りたかったし」
「幽霊やろ!?」
「幽霊でも風呂くらい入るたい」
「なんの説明にもなってない!!」
しかも。
半透明。
見えそうで見えない。
いや見える。
いや湯気。
いや見える。
優馬の脳がバグる。
「ちょっと待って!? 距離感!!距離感!!」
「そげん慌てんでも減るもんじゃなか」
「俺の理性が減るわ!!」
美鈴、湯船にちゃぽん。
「ふぃ〜」
「くつろぐなぁぁ!!」
優馬、顔真っ赤。
汗だく。
風呂なのにさらに汗をかくという謎現象。
十分後。
優馬、完全消耗。
「……疲れた」
「なんで被害者ぶっとるん?」
「被害者やろどう考えても!!」
風呂上がり。
優馬は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「もう今日は飲む……」
プシュッ。
その瞬間。
缶ビールが消えた。
「……は?」
「痛風になるたい」
美鈴が缶ビールを持っていた。
「返せぇぇぇ!!」
「だめ」
「俺の唯一の癒やし!!」
「水飲み」
「小学生扱い!?」
美鈴はケラケラ笑う。
優馬は床に崩れ落ちた。
「なんで俺、幽霊に健康管理されとるん……」
「長生きしてもらわな困るけん」
「え?」
美鈴は一瞬だけ、少し照れた顔をした。
「……うち、一人になるの嫌やし」
優馬は黙った。
そして、ぽつりと言う。
「なぁ、美鈴」
「ん?」
「俺、多分……前に美鈴に会ったことある」
「……え?」
優馬はちゃぶ台に肘をつきながら、少し遠くを見る。
「地下鉄博多駅」
「!」
「改札行こうとして、ハンカチ落としたんよ」
美鈴の目が、ゆっくり見開かれる。
「そしたら、後ろから“落としましたよ”って」
優馬は小さく笑った。
「その時は名前知らんかった」
「……」
「でも、その人の顔。ずっと覚えとった」
静かな空気。
「美鈴と顔立ち、そっくりやもん。間違いない」
美鈴は何も言えない。
優馬は照れくさそうに頭をかいた。
「俺、多分……あの時、一目惚れしとったんやと思う」
その瞬間。
美鈴の顔が、一気に真っ赤になった。
「…………は?」
「いや、だから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? なんそれ!? 急にそげん爆弾投げる!?」
「いや事実やし」
「む、無理無理無理!!」
美鈴、クッション再投擲。
優馬、再び顔面直撃。
「ぐはっ!」
「知らんっ!! うち知らんけんっ!!」
「なんで投げるん!?」
「恥ずかしいっちゃもん!!」
だが。
その顔は。
とても嬉しそうだった。
白金荘の夜は、今日も騒がしい。
でも。
その騒がしさは、少しずつ。
二人にとって“帰る場所”になり始めていた。
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次回予告 第95話「幽霊と病室の奇跡」
病院で眠り続ける美鈴。
だがある日――
「……指、動いた!?」
ICUで、小さな変化が起き始める。
一方、白金荘では。
「優馬、今日から節約生活するけん」
「なんで!?」
「下着代、高かった」
「まだ言う!?」
さらに宗像高校、フェニックス、宗像中。
“黒崎美鈴のバレー”は全国を席巻し続ける。
そして優馬は、
自分の中で大きくなっていく想いに気付き始める。
「……俺、美鈴のこと」
次回、
第95話「幽霊と病室の奇跡」。
止まっていた時間が、
少しずつ動き始める。




