日常幽霊と優馬の奇妙な
第93話「幽霊と優馬の奇妙な日常」
白金荘二〇一号室。
午後十一時四十分。
玄関のドアが、ガチャリと開いた。
「ただいまぁぁぁぁ……」
小倉優馬、帰宅。
完全に社畜の顔だった。
ネクタイは曲がり、
ワイシャツは汗でぐしゃぐしゃ。
駆け出しITサラリーマンの現実は厳しい。
「なんで新人にサーバー障害全部投げてくるんだよぉぉぉ……」
ふらふらと部屋に入る。
すると、部屋の隅で美鈴がテレビを見ていた。
「おかえり」
「ただいま……って、なんで普通にテレビ見よるん」
「なんか映るっちゃん」
「幽霊の仕組みどうなっとるん」
美鈴はちらっと優馬を見る。
「うわ、汗くさ」
「今日三回サーバー落ちたんだよ!!」
「知らんけど風呂入ってきんしゃい」
「言われんでも入るわ!!」
優馬は半泣きで着替えを掴み、
浴室へ向かった。
◇
数分後。
「っはぁぁぁぁ……」
湯船に沈む優馬。
「生き返る……」
疲れた身体に熱い湯が染みる。
その瞬間だった。
ガラッ。
浴室の扉が開いた。
「優馬〜、シャンプー借りるね〜」
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
三度目の絶叫だった。
湯船が大波になる。
「み、美鈴ぅぅぅぅぅ!?」
「何ね」
「なんで入ってきとると!?!?」
「いや、風呂たい?」
「いやいやいや!!」
優馬の脳が完全にショートする。
目の前には、
普通に風呂へ入ってくる美鈴。
しかも。
全裸。
「ぶはっ!!」
優馬、鼻を押さえる。
「ちょ、ちょっと待って!?
幽霊って風呂入るん!?」
「入るよ?」
「なんで!?」
「なんでって、汗かくし」
「幽霊が!?」
「知らんけど何かベタベタするっちゃん」
「情報が全部バグっとる!!」
美鈴は平然としていた。
一方、
優馬は完全に限界だった。
女性耐性ゼロ。
彼女いない歴=年齢。
そんな男の風呂場に、
グラマラスな女性幽霊が普通に入ってきている。
脳が耐えられるはずがない。
「なんでそんな隅っこ寄ると?」
「見るわけいかんやろ!!」
「別に減るもんやないし」
「俺の理性が減る!!」
美鈴、大爆笑。
「優馬ほんと面白か〜」
「笑い事じゃないってぇぇぇ!!」
優馬は必死に天井を見る。
だが。
見ないようにすると、
逆に想像力だけが暴走する。
(いや待て待て待て待て……!!)
(見たら終わり!!)
(でも見えてしまう!!)
(いや近い近い近い!!)
美鈴が湯船の反対側へ座る。
「ふぃ〜」
「くるなぁぁぁぁぁ!!」
「失礼やね」
「距離感どうなっとるん!?」
「幽霊やけん」
「万能ワードにするな!!」
美鈴はケラケラ笑っていた。
その笑顔がまた、
妙に可愛い。
優馬は頭を抱えた。
「だから煩悩振り払えんってぇぇぇ!!」
「何想像しよると?」
「言えるか!!」
「顔真っ赤やん」
「誰のせいだと思っとるん!?」
数十分後。
風呂から出てきた優馬は、
なぜか入る前より汗だくだった。
「……疲れた」
「なんで」
「精神的疲労」
「軟弱やねぇ」
「幽霊と混浴させられる人生想定してないんよ!!」
◇
優馬は冷蔵庫を開ける。
「もう今日は飲む……」
缶ビールを取り出した。
プシュッ。
その瞬間。
スッ。
缶ビールが消えた。
「……え?」
「痛風になるたい」
美鈴だった。
缶ビールを“幽霊能力”でどこかへ消している。
「返せぇぇぇぇ!!」
「ダメ」
「俺の唯一の癒し!!」
「カップ麺と酒ばっかやん」
「IT会社員なめんな!!」
「野菜食べり」
「幽霊に健康管理されたくない!!」
美鈴は冷蔵庫を覗き込む。
「ほら、豆腐あるやん」
「それ賞味期限三日前」
「死ぬたい」
「もう色々死にかけてる!!」
美鈴はまた笑った。
事故以来。
こんなふうに毎日笑ったことなんて、
一度もなかった。
でも今は違う。
白金荘で、
優馬と馬鹿みたいな会話をして、
笑って、
ツッコんで、
怒って。
それが少しだけ、
“生きてる”感じがした。
◇
一方その頃。
博多南総合病院。
静かな病室で、
眠り続ける美鈴の身体に変化が起きていた。
ピクリ。
右手の指先が動く。
看護師が目を見開く。
「……今」
もう一度。
ほんのわずかに、
指が動いた。
その瞬間。
心電図の波形が、
わずかに変化した。
春は、
確かに近づいていた。
――――――――――
次回予告
第94話「幽霊、美鈴の嫉妬」
白金荘での奇妙な共同生活は続く。
だがある日、
優馬のスマホに女性から連絡が入る。
『今度ご飯行こ?』
それを見た美鈴――
「へぇ〜、モテるやん」
なぜか不機嫌。
一方優馬は、
初めて“幽霊がいなくなる未来”を考え始める。
「……もし美鈴が戻れたら」
そして病院では、
医師たちが“意識回復の可能性”について話し始めていた。
次回、
第94話「幽霊、美鈴の嫉妬」。
笑いの奥で、
二人の距離が少しずつ変わり始める。




