涙の先にある頂点
第92話「涙の先にある頂点」
冬が終わり、春が近づこうとしていた。
だが――
黒崎美鈴は、まだ眠ったままだった。
博多南総合病院ICU。
静かな機械音だけが響く病室で、美鈴の身体は今日も小さく呼吸を続けている。
それでも。
福岡中のバレー関係者は、誰一人として“黒崎美鈴が終わった”とは思っていなかった。
むしろ逆だった。
「あの人が、まだ戦いよる」
その思いが、
宗像高校を、
宗像中を、
そしてフェニックス福岡を、
さらに強くしていた。
――――――――――
宗像高校体育館。
藤崎香織監督の声が響く。
「黒崎が今、一番悔しい思いしとる」
部員たちは顔を上げる。
「だから私たちは、下向く暇なんかない」
体育館の壁には、
今でも黒崎美鈴が残した言葉が貼られていた。
『一人で勝つバレーは、美味しくない』
宗像高校のバレーは、
もう“黒崎一人のチーム”ではない。
全員で作るバレー。
相手が誰でも、
誰が出ても、
組み合わせが変わっても、
完成形が変わるだけで“料理”として成立する。
それこそが、
黒崎美鈴が残した最大の財産だった。
――――――――――
インターハイ決勝。
実況席。
「さぁ、マッチポイントです!!」
会場は大歓声。
だが実況アナウンサーの声は、
すでに少し震えていた。
解説者も何度も涙を拭っている。
『……このチーム、本当に強くなりましたね』
「えぇ……黒崎美鈴選手の想いを、全員で受け継いでいます……!」
サーブ。
レシーブ。
トス。
スパイク。
ドォンッ!!
最後の一撃がコートに突き刺さる。
試合終了。
宗像高校、
高校三冠達成。
その瞬間だった。
体育館中に歓声が響く中、
実況席だけは沈黙した。
「……」
実況アナウンサーが言葉を失う。
隣の解説者は、
もう完全に泣いていた。
『……っ……』
「……」
数秒。
全国放送で“無音”が流れる。
そして実況が、
震える声でようやく言った。
「……黒崎美鈴さん」
涙声だった。
「あなたのバレーは……確かに、この子たちに届いています……!」
その瞬間、
会場のあちこちで涙が広がった。
宗像高校の選手たちは、
優勝トロフィーを抱えながら、
真っ先に病院へ向けて叫ぶ。
「黒崎先輩ぃぃぃ!!!」
「優勝しましたぁぁぁ!!」
「ちゃんと頂点取ったばい!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、
みんな空へ向かって叫んでいた。
――――――――――
一方その頃。
白金荘201号室。
優馬はテレビ中継を見ながら、
静かに息を呑んでいた。
隣には、
幽霊の美鈴。
画面の中では、
後輩たちが泣いている。
実況も泣いている。
解説も泣いている。
全国が、
黒崎美鈴という存在を思って泣いていた。
優馬はそっと呟く。
「……すごい人やったんやね、美鈴って」
美鈴は少し困ったように笑う。
「なんそれ。今さら?」
「いや……もっと変な人と思っとった」
「誰が変な人ね」
「Eカップ幽霊はだいぶ変だと思う」
「またそれ言う!?」
美鈴のツッコミが飛ぶ。
だがその直後。
テレビの中で、
宗像高校の選手たちが泣きながら叫んだ。
『黒崎先輩、聞こえとる!?』
その瞬間。
美鈴の表情が止まった。
後輩たちの声。
泣きながら叫ぶ姿。
“黒崎先輩が生きてる”と信じて疑わない顔。
それを見た瞬間――
美鈴の目から、
ぽろっと涙が落ちた。
幽霊なのに。
確かに涙が落ちた。
優馬が驚く。
「……え」
美鈴は自分でも驚いていた。
「……あれ」
涙が止まらない。
「うち……泣けるんや……」
その声は、
どこまでも小さかった。
――――――――――
同じ頃。
病院。
眠り続ける美鈴の指先が、
ほんのわずかに動いていた。
誰にも気づかれないほど、
小さく。
本当に、
小さく。
まるで遠くから、
“帰ってこよう”としているみたいに。
窓の外では、
春の風が静かに吹いていた。
――――――――――
次回予告
第93話「幽霊と優馬の奇妙な日常」
宗像高校、宗像中、フェニックス。
それぞれが黒崎美鈴への想いを胸に戦い続ける中――
白金荘では相変わらず、
幽霊とITサラリーマンのカオスな共同生活が続いていた。
「優馬、それカップ麺ばっかりやん」
「IT会社員なめんな!これが主食だ!」
「野菜食べんと早死にするよ?」
「幽霊に健康管理されたくない!!」
さらに優馬、
うっかり入浴中の美鈴(幽霊)を想像してしまい――
「だから煩悩振り払えんってぇぇぇ!!」
そして病院では、
美鈴の身体に“ある変化”が現れ始める。
次回、
第93話「幽霊と優馬の奇妙な日常」。
眠り続ける美鈴と、
笑い続ける幽霊美鈴。
二つの時間が、
少しずつ重なり始める。




