表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う母の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/110

見舞い

 夏の終わり。


 蝉の声が、病院の窓の外から微かに聞こえていた。


 博多南総合病院、ICU前。


 黒崎美鈴は、まだ眠り続けている。


 事故から、数週間。


 命はつながった。


 だが。


 意識は戻らない。


 正一は、その日も病室にいた。


 仕事は最低限しか行けていない。


 宗像中のコーチとして体育館に立つ時間よりも、病院にいる時間の方が長くなっていた。


 椅子に座り、娘の手を握る。


「美鈴……」


 返事はない。


 包帯。


 機械音。


 静かな病室。


 正一は、何度この光景を見ただろう。


 そんな時だった。


 コンコン。


 病室のドアが静かにノックされた。


「失礼します」


 聞き慣れた声。


 正一が顔を上げる。


「……藤崎先生」


 そこには。


 宗像高校女子バレー部監督、藤崎香織が立っていた。


 そして後ろには。


 現キャプテン。


 副キャプテン。


 制服姿の三人。


 全員、緊張した面持ちだった。


 藤崎監督は病室へ入り、静かに頭を下げた。


「正一さん」


「来てくださってありがとうございます……」


 正一も立ち上がる。


「いや……こちらこそ」


 キャプテンと副キャプテンも、美鈴の姿を見た瞬間、涙を堪えきれなくなった。


「黒崎先輩……」


 事故のニュースで知っていた。


 重体。


 昏睡状態。


 でも。


 実際に見ると、胸が締め付けられた。


 あれだけ元気だった人が。


 あれだけ笑っていた人が。


 今は、静かに眠っている。


 藤崎監督は、美鈴へゆっくり視線を向けた。


「黒崎」


 声が少し震える。


「……来たよ」


 そして。


 キャプテンへ視線を送った。


 キャプテンは、涙を拭いて前へ出る。


「黒崎先輩」


 小さく息を吸う。


「私たち……」


 声が震える。


「黒崎先輩の教えを胸に、インターハイを戦いました」


 副キャプテンも涙ぐみながら続ける。


「苦しい試合ばっかりでした」


「でも……」


「黒崎先輩なら、絶対諦めんって思って」


 キャプテンは、美鈴をまっすぐ見た。


「私たち」


「優勝することができました」


 病室に静かな涙声が響く。


「全国制覇しました」


「黒崎先輩のおかげです」


 正一は、顔を覆った。


 涙が止まらない。


「……ありがとう」


 絞り出すような声だった。


「本当にありがとう」


 そして。


 眠る美鈴を見ながら言う。


「美鈴も、きっと聞いとると思います」


 その瞬間だった。


 正一は気づいた。


 美鈴の指先が。


 ほんの僅かに動いた気がした。


「……!」


 正一が息を呑む。


 だが。


 次の瞬間には、また静かに戻っていた。


 気のせいだったのかもしれない。


 それでも。


 正一は確かに感じた。


 娘は、まだここにいる、と。


     ◆


 その少し後。


 再び病室のドアが開く。


「失礼します」


 今度は。


 宗像中学校女子バレー部監督、西嶋百合愛だった。


 その後ろには、中学のキャプテンと副キャプテン。


 まだ中学生の小さな背中。


 だが、その目には強い意志があった。


「西嶋先生……」


 正一が頭を下げる。


 西嶋監督も、美鈴を見た瞬間、言葉を失いそうになった。


 宗像中時代。


 全国制覇を成し遂げた伝説のキャプテン。


 自分たちの誇り。


 その子が。


 こんな姿で眠っている。


 だが。


 西嶋監督は、気持ちを整えて前へ出た。


「黒崎」


 静かな声。


「みんなで、来たよ」


 中学キャプテンが、震える声で話し始める。


「黒崎先輩」


「私たちも……」


 涙が溢れる。


「全中選手権、優勝することができました」


 副キャプテンも続ける。


「黒崎先輩の思いを胸に戦いました」


「絶対、最後まで諦めませんでした」


 キャプテンは涙を流しながら笑った。


「先輩のバレー、ちゃんと受け継いでます」


 病室の空気が震える。


 正一は、もう涙を止められなかった。


「……ありがとう」


 何度も何度も頭を下げる。


「本当に……ありがとう」


 そして。


 眠る娘を見つめながら、静かに言った。


「美鈴」


「お前の思い、ちゃんとみんなに届いとるぞ」


     ◆


 その頃。


 病室の窓際。


 誰にも見えない場所で。


 美鈴の魂は、泣きながら立っていた。


「みんな……」


 後輩たち。


 監督。


 仲間たち。


 受け継がれたバレー。


 自分が残したもの。


 それが今も、生き続けている。


 美鈴は涙を流しながら、何度も頷いた。


「……ありがとう」


 そして。


 眠る自分自身の身体を見つめながら。


 小さく呟く。


「……帰らないかんね」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ