緊急搬送後篇
事故から数時間後。
福岡県警は、車を運転していた高齢男性を、自動車運転処罰法違反の疑いで緊急逮捕した。
警察の発表によると。
男性は駐車操作を誤り、アクセルとブレーキを踏み間違えたと供述。
車止めを乗り越え。
フェンスを突き破り。
歩道へ突っ込んだ。
そして。
黒崎美鈴をはねたあとも暴走。
複数車両へ衝突し、多重事故を引き起こした。
◆
事故現場。
規制線が張られていた。
赤色灯が回る。
警察車両。
鑑識。
事故調査班。
深夜になっても、現場検証は続いていた。
だが。
そこは。
警察関係者ですら目を背けたくなるような、凄惨な現場だった。
フェンスは大きく薙ぎ倒されている。
夜間照明設備も根元から折れていた。
車止めは砕け。
アスファルトには黒いタイヤ痕。
大破した車両。
潰れたボンネット。
割れたフロントガラス。
飛び散った部品。
道路には、今も破片が散乱していた。
「……酷いな」
若い警察官が呟く。
ベテランの事故捜査員も険しい顔だった。
「かなりの速度が出とる」
現場写真。
測定。
ブレーキ痕確認。
ドライブレコーダー回収。
次々に捜査が進む。
だが。
誰もが気になっていた。
最初にはねられた二十歳の女性。
黒崎美鈴。
その名前を。
福岡県警の中にも知っている人間は多かった。
「黒崎って……あの宗像の?」
「春高三連覇世代の……」
「フェニックス福岡の選手やろ」
空気が重くなる。
そして。
現場には報道陣も集まり始めていた。
◆
翌朝。
テレビ各局は一斉に速報を流した。
朝のニュース番組。
『昨日起きた大規模交通事故で――』
画面には。
ぐしゃぐしゃになった車。
倒れた照明設備。
規制線。
救急車。
騒然とする現場映像。
『警察は車を運転していた高齢男性を緊急逮捕しました』
そして。
続いて映し出されたのは。
黒崎美鈴の写真だった。
春高優勝時。
笑顔でトロフィーを掲げる姿。
『重体となっているのは、福岡市在住の黒崎美鈴さん(20)です』
『黒崎さんは高校時代、宗像高校女子バレー部の主将として全国大会で活躍』
『春高三連覇に貢献した名選手として知られていました』
さらに。
『現在は実業団チーム「フェニックス福岡」に所属』
『今年春からは博多南幼稚園で新任教諭として勤務していました』
映像が切り替わる。
幼稚園関係者のコメント。
『子どもたちに本当に優しい先生でした』
『園児一人ひとりをちゃんと見てくれて……』
『まだ働き始めたばかりなのに……』
園児たちと笑う、美鈴の写真。
実習時代の映像。
運動会準備。
子どもと目線を合わせる姿。
スタジオも重い空気に包まれていた。
『保護者からの信頼も厚かったということです』
『現在も意識不明の重体です』
◆
そのニュースを。
宗像高校バレー部の部員たちも見ていた。
寮の食堂。
誰も箸を動かせない。
テレビ画面を見つめるだけ。
「黒崎先輩……」
一年生が泣き出す。
藤崎香織監督は、腕を組んだまま画面を見ていた。
だが。
その拳は震えていた。
画面に映るのは。
全国制覇の時の美鈴。
笑顔。
ガッツポーズ。
仲間と抱き合う姿。
昨日まで。
その人は確かに生きていた。
なのに。
今はICUで、生死をさまよっている。
◆
フェニックス福岡。
チームハウス。
神崎亜美がテレビを見ながら涙を流していた。
「黒崎……」
三浦玲奈は顔を覆う。
松永先輩は壁を殴りつけた。
「なんであいつが……!!」
監督も言葉がない。
美鈴は。
誰より努力していた。
怪我とも戦った。
苦しみながらも前へ進み続けた。
ようやく。
先生としての人生が始まったばかりだった。
なのに。
どうして。
◆
博多南幼稚園。
朝。
保護者たちの間にも動揺が広がっていた。
「黒崎先生って……」
「ニュースの……」
園児たちは、まだ事情を理解できない。
「みすずせんせい、きょうは?」
その言葉に。
若い先生が涙を堪えきれなくなる。
園長は深く息を吸った。
「黒崎先生は、今、病院で頑張っています」
それしか言えなかった。
◆
そして。
ICU。
機械音だけが響く。
心電図。
人工呼吸器。
点滴。
包帯だらけの身体。
黒崎美鈴は。
まだ目を覚まさなかった。




