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笑う母の物語  作者: リンダ


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102/110

緊急搬送前編

 博多南総合病院。


 救急搬入口は騒然としていた。


「ER開けて!!」


「CT準備!!」


「外科呼んで!!」


 ストレッチャーが全力で運ばれていく。


 美鈴の身体は血だらけだった。


 酸素マスク。


 点滴。


 固定具。


 右腕は変形。


 右脚も激しく損傷している。


 頭部からの出血も多かった。


 救急医が走りながら確認する。


「意識レベル!?」


「低下! 呼びかけ反応弱いです!」


「瞳孔確認!」


 緊急CT。


 検査室へ飛び込む。


 誠一は廊下で立ち尽くしていた。


 血の付いた手が震えている。


「姉ちゃん……」


 まだ現実感がなかった。


 だが。


 検査結果が出た瞬間。


 医師たちの空気が変わった。


「……重いな」


「頭部外傷がかなり深刻です」


「右側頭部骨折」


「右肩、右上腕、右大腿部損傷」


「左側頭部にも骨折確認」


 倒れた時の衝撃だった。


 右側から車に突っ込まれ。


 吹き飛ばされ。


 さらに道路へ叩きつけられた。


 脳へのダメージが大きかった。


「緊急オペ入ります」


 即決だった。


 ◆


 その頃。


 病院へ、黒崎家が到着していた。


 佳代は車を降りた瞬間、足がもつれた。


「美鈴……!」


 正一が支える。


「急げ!!」


 誠一が待っていた。


 顔は涙と血でぐしゃぐしゃだった。


「父ちゃん……」


 その姿を見た瞬間。


 佳代は泣き崩れた。


「誠一……!!」


「ごめん……俺……!!」


「誠一のせいじゃなか!!」


 正一も声を荒げる。


 だが。


 正一自身、限界だった。


 震えが止まらない。


「美鈴は!?」


 そこへ医師が来た。


 緊迫した表情だった。


「ご家族の方ですね」


 三人が立ち上がる。


「娘さんは現在、緊急手術に入っています」


 佳代の顔色が真っ白になる。


「頭部外傷が非常に重く、全身にも複数の損傷があります」


 正一が必死に聞く。


「助かるんですよね……?」


 だが。


 医師は簡単に答えられなかった。


「……非常に厳しい状態です」


 その言葉が。


 家族の心を切り裂いた。


 ◆


 オペ室。


 無影灯が照らす。


「血圧低下!」


「輸血追加!」


「脳圧注意!」


 医師たちの声が飛ぶ。


 頭部。


 骨折。


 出血。


 損傷した右肩。


 右腕。


 右脚。


 止血。


 固定。


 縫合。


 手術は、壮絶を極めていた。


 ◆


 病院の待合室。


 時間だけが過ぎていく。


 夜。


 深夜。


 朝。


 誰も眠れない。


 佳代はずっと祈っていた。


「お願い……お願いやけん……」


 正一は何度も立ち上がっては座る。


 誠一は自分を責め続けていた。


「俺がもっと早く……」


「違う」


 正一が低く言う。


「誠一のせいじゃなか」


 だが。


 誠一は涙を止められない。


 その間にも。


 病院には人が集まり始めていた。


 博多南幼稚園の先生たち。


 フェニックス福岡の選手。


 宗像高校バレー部関係者。


 OG。


 宗像中の監督。


 そして。


 藤崎香織監督。


 藤崎監督は待合室へ来た瞬間、言葉を失った。


 美鈴の両親の姿。


 泣き崩れる佳代。


 呆然と座る正一。


 誠一の震える肩。


 現実だった。


 本当に。


 黒崎美鈴が、生死をさまよっている。


 藤崎監督は壁へ手をついた。


「……なんでや」


 涙が落ちる。


 フェニックス福岡の神崎亜美も、顔を覆って泣いていた。


「黒崎……」


 松永先輩は何も話せない。


 誰も。


 こんな未来を想像していなかった。


 ◆


 そして。


 丸一日近く続いた手術。


 翌日。


 ようやく。


 オペ室のランプが消えた。


 ガチャッ。


 扉が開く。


 医師が出てくる。


 疲労が顔に滲んでいた。


 家族全員が立ち上がる。


「先生!!」


 佳代が涙声で叫ぶ。


 医師は静かにマスクを外した。


「……出来る限りのことはしました」


 正一の呼吸が止まりそうになる。


「ですが」


 一瞬。


 空気が凍る。


「まだ予断を許さない状態です」


 佳代の目から涙が溢れる。


「娘さんは今、とても厳しい状態にいます」


 誠一が唇を噛む。


 医師は続けた。


「後は――」


 静かな声だった。


「娘さんの、生きる力を信じるしかありません」


 その瞬間。


 佳代が崩れ落ちた。


「美鈴ぅぅぅ……!!」


 正一も顔を覆う。


 誠一は壁に拳を打ちつけた。


「くそっ……!!」


 藤崎監督も涙を堪えきれなかった。


 待合室には。


 すすり泣きだけが響いていた。


 そして。


 ICU。


 機械音だけが鳴る部屋。


 黒崎美鈴は。


 静かに眠り続けていた。

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