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笑う母の物語  作者: リンダ


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藤崎監督

 フェニックス福岡の体育館が、静まり返っていた頃。


 宗像高校女子バレー部でも、異変は突然訪れた。


「ラスト一本!! 集中していくよ!!」


 鋭く、それでいてよく通る声。


 藤崎香織監督だった。


 宗像高校を全国屈指の強豪へ押し上げた名将。


 厳しい。


 だが、誰よりも選手を見ている監督。


 美鈴にとっても、“第二の母”のような存在だった。


 体育館では、インターハイへ向けた本格練習が続いていた。


「ナイスカバー!」


「切り替え早く!!」


 その時だった。


 監督席に置いてあったスマホが震えた。


 藤崎監督は、普段練習中はほとんど電話に出ない。


 だが。


 画面を見た瞬間、嫌な予感が走った。


 発信者は――フェニックス福岡の監督。


「……?」


 藤崎監督は笛を下ろし、電話へ出た。


「はい、藤崎です」


 そして。


 数秒後。


 藤崎監督の表情が止まった。


「……え?」


 部員たちが気づく。


 監督の顔色が、みるみる変わっていく。


「監督?」


 副キャプテンが声をかける。


 だが。


 藤崎監督は返事をしない。


「……そんな」


 スマホを握る手が震えていた。


「……分かりました」


 電話が終わる。


 体育館は静まり返る。


 誰も動けない。


 藤崎監督は、しばらく俯いたままだった。


 そして。


 絞り出すように言った。


「……黒崎が事故に遭った」


 一瞬。


 誰も理解できなかった。


「え?」


「黒崎先輩……?」


「美鈴先輩が?」


 藤崎監督の声が震える。


「重体らしい」


 ボールが転がる音だけが響いた。


 その瞬間。


「うそやろ……」


 二年生のエースが、その場へ崩れ落ちる。


「嫌です……」


 一年生は泣き始めた。


「黒崎先輩が……」


「そんなの嫌だ……!」


 体育館が一気に混乱する。


 藤崎監督は、本来なら。


 こういう時こそ、部員を落ち着かせる立場だった。


 だが。


 監督自身が、限界だった。


 黒崎美鈴。


 宗像高校女子バレー部の象徴。


 最強世代のキャプテン。


 誰よりも厳しく。


 誰よりも仲間を見て。


 宗像バレーの“魂”を作った選手。


 藤崎監督にとっては。


 ただの教え子ではなかった。


 苦しんで。


 怪我して。


 泣いて。


 それでも前へ進み続けた。


 あの子が。


 交通事故で重体?


「……なんでや」


 藤崎監督の口から、思わず漏れる。


 その声は。


 監督ではなく、“一人の大人”の声だった。


 副顧問が慌てて支える。


「藤崎先生……」


 監督は額を押さえる。


 息が苦しい。


 頭が真っ白だった。


 そして。


 体育館の隅。


 美鈴の写真が飾られていた。


 春高優勝。


 全国制覇。


 笑顔でトロフィーを掲げる、あの写真。


 部員たちは、その写真を見て、さらに涙を流した。


「黒崎先輩……」


「お願いやけん……助かって……」


 藤崎監督は、ゆっくり前を向いた。


 目は赤かった。


 それでも。


 監督として、立たなければならなかった。


「……みんな聞きなさい」


 体育館が静まる。


「今は、祈るしかなか」


 涙を堪えながら。


 藤崎監督は続けた。


「黒崎は、あんたたちが思っとるより、ずっと強い子や」


 声が震える。


「絶対戻ってくる」


 そう言いながら。


 藤崎監督自身が、一番願っていた。


 どうか。


 どうか助かってくれ、と。


 宗像高校だけではなかった。


 宗像中学校。


 OG。


 福岡県のバレー関係者。


 次々に連絡が回る。


『黒崎美鈴が事故で重体』


 そのニュースは、福岡のバレー界を震撼させた。


 フェニックス福岡では、完全に練習が止まっていた。


 神崎亜美は壁にもたれたまま動けない。


 三浦玲奈は涙を堪えている。


 松永先輩は何度もスマホを見ていた。


「嘘やろ……」


 誰も現実を受け止められない。


 あまりにも突然だった。


 ほんの数時間前まで。


 美鈴は笑っていた。


 地下鉄で。


 弟とふざけて。


 両親へのプレゼントを選ぼうとしていた。


 その人生が。


 一瞬で壊された。


 そして――


 博多南総合病院。


 救急搬入口へ。


 サイレンを鳴らした救急車が滑り込んだ。


 ドアが開く。


「重症外傷! 二十二歳女性!」


「意識レベル低下!」


「血圧不安定!」


 救急隊員たちの声が飛ぶ。


 ストレッチャーに乗せられた美鈴は、ぐったりしたままだった。


 病院スタッフが一斉に駆け寄る。


 緊急処置室へ向かって、全力で搬送されていく。


 誠一は、その後を追いながら叫んだ。


「姉ちゃん!!」


 だが。


 美鈴から返事はなかった。

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