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ミスリル菌

 22階層に来て、マルティンは億万長者になる手段を知ってしまう。

 全世界でもほぼ知ることがなかったカビの存在を知ってしまったのだ。

 まず、ダンジョンの壁に微かな緑の筋が数百あるのに気づいた。そこの微生物を採取して【解析】してその存在を知る。

 それによって自然界で見つけることが非常に稀な金属が、カビから生み出されていることがわかったのだ。


ミスリル菌:土属性の菌。魔素の高い空間で銀を食べ、分解することでミスリル金属を精製する。乾燥と光を嫌う。


 ミスリルはマナの伝導率が高く、軽く硬い金属で武器にも防具にも珍重される魔法金属である。

 エノーラもミスリルを見て興奮する。


「ミスリルがこんなにあるなんて凄いですねー! この壁にある分だけで一生遊んで暮らせるんじゃないですかー?」


「そうかもね。ちなみにミスリルってどうやってできるのか知っている?」


「銀が掘れる洞窟で見つかることがあるぐらいしか知らないですー」


「ほう……まあ普通はそうだよね」


 マルティンは平静を装いながら生唾を飲み込む。

 銀鉱床で稀に発見されると言われているミスリルであったが、何と菌の存在が不可欠であるという情報は誰も知らないのである。

 前の世界でも菌と金属の結びつきは強く、バイオリーチングという技術が生み出されていた。

 バイオリーチングとは、微生物の代謝機能を利用して、鉱物から特定の金属を抽出させる技術である。


「やばい……これは国家が動くレベル。超レア情報をゲットしてしまった……」


 ミスリル菌が世に知られれば壮大な利益が動き、戦争さえ簡単に起きることが予想できた。

 だがもうこれで上手く立ち回りさえすれば、マルティンは金に困ることはないとも思う。

 一カ国ではなく、少量を手広く扱えば、ミスリルで巨万の富を気付くことは簡単であろうと確信できた。


「ふふふっ!! 知識を独占できるとは恐ろしいな。ミスリルを売りながら、ミスリルで武装した兵士で身を守れば、もはや俺に立ち向かえる存在さえいなくなるだろう!!」


 マルティンはこみ上げる全能感に酔いしれた。世界を手に入れたような錯覚に飲まれる。

 だが同時に、そんなことを望んでいないことにも気付く。

 誰かを支配したり、倒すことなどマルティンは望んではいない。

 微生物の研究ができ、のんびり豊かに生活できればそれでいいのだと思えた。


 人に使われるのも使うのもうんざりだ。自分の時間は自分だけに使いたい!


 10歳から王宮に呼ばれたマルティンは宮仕えの生き地獄っぷりを嫌というほど見てきた。特に【使役・極小】の使い道を見つけられなかった学者・魔術師が責められる様は見るに堪えなかったのである。

 2回目に組んだ貴族だけで構成された冒険者パーティ〈燦爛の明星〉で、貴族というもの自身にも強い嫌悪を抱いた。

 この不完全な世界で貴族は歪で欠陥そのものの存在であった。

 これは前の世界の感性から来ることだとマルティンは思う。


 この後の人生で臨むことといえば豊富な機材のある研究施設と、温泉、居酒屋、あと漫画喫茶があれば最高だな~。


 特に漫画マニアだったので漫画が非常に恋しくなっていた。17年読んでいないと思うとひとしおである。 

 大金をゲットできると思うと脳に様々な衝動が押し寄せるが、今は切り離すことにした。

 未だに死と隣り合わせの状況にいることは間違いないのだから。

 エノーラにはマルティンが何をしているのかわからない様子だった。最近は未知の微生物発見で一人興奮するマルティンを「そっとしておこう」といった態度を取るようになっている。

 マルティンは微生物の凄さを説きたかったがほどほどにしておいた。前世でも熱く語りすぎて距離を置かれることが一回や二回ではなかったからだ。


 それに微生物が銀を食べてミスリルに変えているって云っても絶対に信じないだろうし。


 一旦冷静になると、取れる分だけのミスリルを持っていこうと思う。壁にしみ出すように溜まっている部分を、ナイフで遠回りにこそぐとミスリル鉱石を外すことができた。


 ミスリル菌の事を考えながら採掘していると、没頭しすぎていたことに気づく。異音が接近してきていたのだ。

 人型のモンスターが15メートルまで肉薄してきていた。ガシャガシャンと金属音を起てて、二足歩行で進み、手には斧槍を手にしている。


「あれ、モンスター? いや、普通に甲冑騎士って奴だよな」


 全身甲冑――大兜・胴鎧・腕当・籠手・草摺・脚当・鉄靴などのパーツで全身隙間なく覆う防具である。

 ダンジョンが生み出したと思うには無理がある、不自然な人工物の集合体だ。

 人間なのか、と思うがどうも様子がおかしい。エノーラも同じ感想だった。


「な、なんか動きが変じゃないですかー」


「ああ、違和感凄いよな。人間の重心の移動のさせ方じゃない」


「でもゴーレムって感じでもないですー」


「ゴーレム見たことがあるの? どういうものか知っているの?」


「ええ、父がゴーレム作りが得意でした。ゴーレム特有の魔法の流れも感じませんー」


「ともかく話しかけてみよう。おい! あんたも冒険者なのか?」


 と声をかけるが返答はしない。

 マルティンは混乱しそうになりながら早速高濃度ダークネス菌を浴びせようと動く。

 高濃度ダークネス菌を散布する――が全身甲冑の接近は止まらない。

 どうも効いていないようだ。


「いつもの戦法が通じない。逃げよう!」


「ええっ、そうなんですかー!」


 血相変えるエノーラを抱きかかえて、マルティンは駆ける。

 まずいと思い逃走したが全身甲冑は少し速度を上げ、追跡してくる。

 引きはがせる速度だったので、50メートルほどの距離を取ると、更にガシャガシャンという音が増える。


「はあ? 一匹、いや一人じゃない?」


 目を凝らすと3体の甲冑が追いかけて来ていたのだ。更に3分後には追跡してくる数が7体に増えていた。


「おいおい、行き止まりに行った時点で俺が終わるじゃないか……」


 駆けながら21階層に戻る道を思い出すが、かなり離れてしまっていることに気づく。

 斥候がいない状態で、最小感染量ブレイクで力任せに進んでいたことが仇となっていた。


 やってしまった。周囲を調査する菌とか用意するのが急務だよ、これは……。


 運動能力を向上させる〈アスレチックアップ〉を三重詠唱で駆けながら、打開策を考える。


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