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パペットタケ

 最小発症菌量ブレイク作戦は17階層でも通用した。

 モンスターは16階層から顔ぶれががらりと変わった。二本角の巨大馬のバイコーン、足が蟻のライオンのミルメコレオ、ブルドックのような顔の巨人トロールが徘徊していたが、最小発症菌量ブレイクで中毒にさせることに成功している。

 17階層で顕著だったのが、他の冒険者の遺品である。鎧や砕けた杖、バッグだったらしきものが時折発見できた。つまりアタックして帰らぬ人となった者の遺品だ。

 エノーラが冒険者の遺留品を見て悲しいそうな声を出す。


「引き返すわけにはいかなかったんですかねー」


「金と功名心がない奴が冒険者なんかにはならないから難しいんじゃないかな」


「……マルティンさんもそうなんですか?」


「俺はまったく違うよ。やむを得なく冒険者になるしかなかったんだよ。なりたくてなったわけじゃないからね」


「そうなんですね」


 エノーラに同情されるような声を出されるとマルティンも後ろめたい。

 今はもう少しダンジョンを進んで行きたいと思うようになっていたからだ。

 何十人もここで有望な冒険者が散ったことを考えると、引き返すことも考えたが、やはり好奇心でもう少し降りたいという気持ちになっていたのである。

 レベルアップと微生物ハントが楽しくてしかたなくなっていた。

 2人だけでアタックを始めて2日目――食料は残りわずかとなっていたのでバイコーンの肉を切り分けて持っていたが、魔素を抜く方法がまだない。

 最悪、バイコーンの肉を焼いて食べて、レストア菌とヒール菌で治すという超荒業で乗り切る予定であった。





 ついに18階層に降りると、奇妙な胞子を発見する。


 謎の胞子:土属性の胞子。生物が感染した場合の潜伏期間は70分。一定の濃度の魔素・マナがある空間や生物の体内で繁殖。マナや肉体を吸収して子実体を作り出し、新たな胞子を拡散。宿主の脳に潜入し、感染していない他の生物に接触する行動をとらせる。またマナを分解して宿主に健康を保つ魔法を使う。さらに魔法で同じ胞子同士で近距離で情報を共有する。


 レベル20を超えてから【解析】はわざわざ名前をつけなくてもおおよその内容がわかるようになっていた。


「おおっ!? なんか不思議進化した魔法胞子来た!!」


 非常に多様に進化した胞子にマルティンは興奮した。魔素を変化させ、複数の魔法を使うなど、このダンジョンの中でもぶっ飛んだ種であるといえた。

 しかも生きている動物に寄生するというのもトンデモ胞子である。冬虫夏草というセミタケやヤンマタケ等がいるが、あれは昆虫限定の話で胞子が動物に寄生するなど聞いたことがない。

 マルティンは内なる二階の大興奮した声を聴きながら、このニューフェイスに「パペットタケ」という名前を付けた。

 当然、生き物をパペット・操り人形のようにするからの命名である。

 マルティンは冷静に【有向】で体内からパペットタケを追い出し、接近を禁じる。

 するとモンスターのほとんどがマルティンに接近してこなくなった。


「ひぇっ!! この階層のモンスター、ほとんどパペットタケに感染しているのか。なかなかに恐ろしい存在だな」


 しかし接近しないと感染状況がわからないので今度はパペットタケに【有向】で「動くな!」と命じた。

 動きを止めたモンスターを見ると、なかなかに絵面がよくない。

 目と鼻、耳、口の脇からシメジに似たキノコがいくつも生えていた。傘の模様も、赤と白でできた年輪に似た同心円文様で不気味に映る。

 ギャー!!――エノーラがマルティンに遅れて、その寄生された様子を見て思わず大きな悲鳴を上げる



「まあ、そういうリアクションになるよね。見た目、完全にホラー系だもの。知らないで観たら失禁するレベルだ」


 寄生されているモンスターはどれも肌の色が悪く見えた。少なくとも17階層の時より血色が悪い。

 考えてみると映画に出てくるゾンビの亜種といえるだろう。


 キノコに感染したモンスターが、侵入者に菌を植え付けようとしてくるなど完全にゾンビ物のノリではないか。


 しかしなぜ17階層では繁殖しないのかとも思う。恐らく魔素の濃度が関係しているのだろうが、濃度が測定できないので確かなことはわからない。

 いずれもパペットタケを【交雑】して使う際も、慎重に調べて、検証しなくてはならないと覚悟する。

 キノコに全身を支配されているとマルティンに聞かされ、時間をかけて理解したエノーラはガタガタと恐怖し震えだす。


「わ、わたしはすでに悪魔にとり憑かれているのに、その上でキノコが生えるのは何としても避けたいですー」


「大丈夫だと思うよ。我々に接近できないように命じたからね」


 検証は済んでいないが、マルティンは【使役・極小】の性能を信じて先を進むことを決める。

 マルティンは慎重に、18階層を進む。

 雰囲気と光景がホラー映画のそれでドキドキが止まらない。

 キノコに支配されるというのも気色悪くて仕方がなかった。

 しかし【有向】はきちんと働いており、モンスターを見かけてもやはり動くことはない。


「つまりはキノコはスキル【使役・極小】には微細な生物の集合体という判定なんだな。花粉にも有効なんだろうか?」


 キノコとは胞子の集合体で、傘、ひだ、柄の部位に分かれる子実体は菌糸が結びついて形成している。つまりキノコ全体に【使役・極小】は干渉できるのだ。


 5分ほど進んでいるとギョッとするものを目にする。それは人であった。

 冒険者らしい服を着た女性であるが、やはり全身からパペットタケを生やし、静止するように動かない。

 エノーラも目の前の女性がどうなっているのかわかって絶句し、言葉を出せずにいた。マルティンのスキルがなければ、自分も同じ目にあっていたと想像したのであろう。


「こいつはエグい……エグすぎる」


 実際、ただの冒険者ではパペットタケを攻略するのは相当に難しいことがわかる。感染を防げるスキルはあるだろうが、魔法では体内から追い出す術式が存在しないのだ。

 

「敵が胞子とわかっていないだけで、ここでほとんどの冒険者がやられちまうわな。いや~残酷すぎる。完全な初見殺しだわ」


 恐らく聖職者系のスキルならばパペットタケを凌ぐことはできるだろうが、それ以外は走破することすらかなわないであろう。

 マルティンは最小発症菌量ブレイクで、モンスターを広域で殲滅しようと思ったが止めた。

 寄生された冒険者も正確にはパペットタケによって生かされ死んではないのだ。パペットタケを除去したら死んでしまうであろう。

 悲しいさだめに散った同業者のとどめを刺すことはマルティンにはできなかった。



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