最小発症菌量ブレイク作戦
今のままでは全力を出してスプリガン一匹を倒すのがやっとなので、できるだけ敵と遭遇しないことを願っていく。
が、この亀裂の斜面を登ってすぐに巨大な昆虫系モンスターがいるのがわかった。昆虫綱直翅目モンスターのセメタリークリケット――コオロギ系の化け物がいた。
セメタリークリケットはスプリガンよりは弱いが、仲間を呼ぶ習性があるので侮れない敵ではある。
マルティンは考えた攻撃方法を試そうと実行に動く。
【培地】を限界までセメタリークリケットに伸ばし、【有向】でダークネス菌を吹き付けるというものだ。
【培地】から中の微生物を取り出すのにチューブを絞るような感覚を覚える。
できるだけ無音を意識し、ダークネス菌を放出していく。
当然、このダンジョンで生存しているセメタリークリケットならばダークネス菌の耐性は持っている。
しかし耐性も最小発症菌量を超えてしまうと、中毒症状が発生することがあるのだ。最小発症菌量とは生物が発症せず耐えられる菌の量を指している。
つまり高濃度のダークネス菌を摂取すれば、どうなるのかはわからないのである。
とにもかくにも破れかぶれの作戦であることは変わりがない。最小発症菌量を超えたとしても、どの程度で発症して、症状がどれくらいかもまるでわからないのであるから。
仮説をいきなり実施するのは昔から抵抗があるんだよな……。
二渡の感性でぼやいていると結果は予想よりも早く出た。
5分ほどで痙攣するとセメタリークリケットは壁に張り付いていることができなくなったのだ。
やがて音を立てて落下した。
すると別のセメタリークリケットが続々と姿を現す。動けなくなったセメタリークリケットを仲間が食べに来たのだ。セメタリークリケットはダンジョンの掃除屋を代表するモンスターである。
なのでマルティンは更に高濃度ダークネス菌を散布していく。
合計8匹のセメタリークリケットがいずれも中毒を起こして、痙攣状態に陥った。
「よし! これならば行けそうだ!」
マルティンはセメタリークリケットの胸を小剣で刺し、止めを刺すとレベルアップした。
レベルアップはマナを持つ生物が死ぬ際に発するヌーメンというエネルギーを、他のマナを持つ生物が吸収することで進化する現象を指す。
最小発症菌量ブレイク作戦は思ったよりもうまくいくと確信し始めた。
このままレベルアップしていけば生存率も向上していく。
一連の流れを見ていたエノーラが感嘆の声を漏らす。
「細菌というものがまだわかりませんが、マルティンさんがわずかな魔力を使っただけでモンスターが苦しんだのは把握できました。こんな技術・魔法は故郷である里でも聞いたことがありません~」
高位のエルフでさえも知らない【使役・極小】を使ったモンスターの倒し方は、前代未聞で型破りと聞かされてマルティンは気分が上がった。
マルティンは少しだけ胸に希望を宿すことができた。
ダークネス菌による最小発症菌量ブレイク作戦は想像をはるかに超える成果を出す。
スプリガンを71匹、オークを51匹、マンティコアを8匹、ガルグイユを14匹倒すのに役に立ったのだ。
各モンスターにはそれぞれ魔石という魔力の結晶体が体内にあるが、それだけでも一財産になるほどの量を収穫できた。
更にダンジョンは魔法のアイテムや宝石を生み出す特性があり、マルティンはここまで相当の数の品をゲットしている。
レベルは7つ上がり、20を超えていた。通常、レベル20は国の騎士団に召集される実力者と認定される。
レベルアップに伴いスキルも成長していた。【培地】でストックできる微生物の数は750になっていた。そして【使役・極小】に新たに【交雑】のコマンドが加わったのだ。【交雑】は【解析】した微生物同士を合成させるものである。
早速、ビフィズス菌とヒール菌を【交雑】させることにした。
すると意識に「使用すると体内の78%のマナが消失しますがよろしいですか?」と警戒メッセージが表示される。
「SSS級でもそう甘くはないか。でも……【交雑】、滅茶苦茶試してみたい!」
少々時間がかかるがマナ菌を使えば魔力の回復はできるので、周囲に高濃度ダークネス菌を展開した後に【交雑】を開始した。
通常、正統な実験ならば交配や混合培養は10日から数カ月掛かることがあるが、【交雑】を使うとおおよそ5分で結果が出る。
ビフィズスヒール菌:光属性の菌。生物が感染した場合の潜伏期間は45分。哺乳類の腸内などで生息可能。腸内から全身に強い正常化の効力を発信する。ただし増殖はできず、寿命は3時間ほど。
「そうきたか……。そう簡単に高品質な菌は誕生せんよな。時間は短縮できてもトライアル&エラーは必要なんだな!」
マルティンはこの結果に二渡な部分がワクワクしているのを感じた。【交雑】を使って、理想的で夢のような微生物を生み出せる可能性に強いロマンを覚えているのがわかった。
2時間後、マナ菌によって完全回復したマルティンは《絶望の深潭》を更に下がっていく。
腸内菌健全化は種族が違うのでエノーラにはすぐには使えない。検証が必要であろう。
ここから先は16階層、つまりは《絶望の深潭》の冒険者の最高難易度に達するのだ。S級パーティでさえもここで引き返すのである。しばし迷ったがマルティンはエノーラの同意を得てさらに下ることを選ぶ。
もう少しレベルアップをし、貯蓄を増やせれば【使役・極小】で色々できる気がしていたのだ。
さらには微生物の研究者として、高難易度ダンジョン内でしか採取できないレアな微生物との出会いも魅力であった。
すでに魔素を吸って熱に変える火属性の苔、水分を固形にするアメーバ、そして水と他の微生物を吸収して魔素を吐き出すカビなどが採取できている。このカビは階層が下がるほどに広く繁殖していたのだ。
このカビがダンジョンの濃い魔素を作り出しているのは間違いない。
マルティンはほぼ単独ではあったが、ダンジョンアタックを安定的に継続させた。
【使役・極小】はダンジョンという環境では無類の強さを発揮するのは確かである。




