リビングアーマー
もしあの歩く甲冑がアンデッド系ならばヒール菌が有効であろう。しかし違うとなると、別の手段を用意する必要がある。
「マルティンさん、わたしを置いて逃げてください」
「はぁっ?」
「わたしがいたら足手まといですよ! マルティンさんだけなら助かるかもしれないし!」
エノーラの必死の言葉にマルティンは困惑する。が、閃き足を止める。
「わかった。それから今から俺は魔法を使うから、魔力を一気に俺に流し込んでくれるか?」
「わ、わかりましたー!」
置き去りにする上に魔力をよこせというマルティンにエノーラは素直に従った。
マルティンはエノーラを壁の隙間のような場所に押し込むように入れると、魔法を連発する。
土の壁を作り出す〈アースンウォール〉を連続で作り、重ねていく。甲冑軍団が近づく前に8枚重ねた。
マルティンは再び走り出す前に云う。
「こっちに来ないように俺が誘導する。連中をどうにかできる算段が付いたら戻ってくるから!」
そこからまた自分に〈アスレチックアップ〉を駆け、マナ菌を増殖させながらマルティンは駆ける。
追跡者をまきながら考え込んでいると、二渡の意識が訴えて来ていた事柄を思い出す。
それは魔法の術式の見直しだった。魔法は簡単にいうと「精霊へのコンタクト」→「精霊からの許諾」→「使いたい魔法の要求」→「精霊からの許可とマナの要求」→「マナを精霊に支払い」→「魔法の行使」という設計になっている。
二重詠唱、三重詠唱は、精霊への申請を数回分一度に行い、正確にマナを支払うことで成立している。
この行程の中に幾何学や因数分解が使われているのだが、でたらめで正しくないことが多い。そこを現代数学で正確にするだけで短縮化・効率化が大幅に変化するのではないかと、二渡が考えたのだ。
魔法を使うことで一番重要なのが経験則という、滅茶苦茶なこの世界の常識に二渡が大きく異議を唱える。
ようし! 数学的に正しい魔法を使おう。そうすれば効果は数倍に跳ね上がるはずだ
マルティンはダンジョンの微かな鉱石の明かりを頼りに、紙切れに木炭で改良した術式を書き込んでいく。
時間は掛からない。すでに何百と繰り返した式を現代数学に置き換えるだけなのだから。
二つの術式を完成させたところで、動く全身甲冑が再び接近してきた。
全身甲冑をモンスターの「リビングアーマー」と認識し攻撃することにする。
今間近にいるリビングアーマーは3体だ。
マルティンはマナ菌を用意しながら、杖を構え、魔法を行使する。
「疾風怒濤の〈フィアスゲール〉を食らえ!!」
リビングアーマーの前に躍り出ると、マルティンは三重詠唱の強烈な疾風魔法を叩きつける。
ドン!!!
という大震動がダンジョン内を伝う。それはもはや一方的に展開する爆発であった。
新たな〈フィアスゲール〉の威力はすさまじく60キロはあろうリビングアーマーを容赦なく吹き飛ばす。
一匹が通路を30メートル転げまわり、一匹が彼方に吹き飛び、一匹が天井に激突し、バラバラになった。
「い、いやいや、強すぎるって……」
まずは転倒させようと思っていたマルティンであったが、結果は想像の数倍となってしまった。
リビングアーマーの中はやはり人はいない。紫の粉末状のモノが溢れ、散っていく。
途端にマルティンの【培地】に新たな菌が追加される。
甲冑の中の菌:土と闇性の属性の菌。空気の流動のない高濃度の魔素がある場所で繁殖。全身甲冑のような装甲の中などを好む。一定のコロニーを形成すると知性が発生する。念動力や精神感応などの魔法を使う。
これにはマルティンはあんぐりとなった。
特に知性を持つ菌という内容に凍り付く。有史以来の大発見どころではない。
まさにファンタジーらしい出鱈目生物としか言いようがない。
「いやファンタジー世界なんだから当たり前か。……知性のある菌を自在に従えることができるとか、滅茶苦茶凄すぎるだろう。いったいどうなっちまうんだか……」
マルティンはミスリル菌のことなど頭から消える様に思えた。この菌をほかの有能な菌と合成した場合のことを考えると、空恐ろしい想像ができてしまう。
いちいち遠隔操作せずに伝染病を極一定の人間だけに感染させることさえ可能になる気がする。
「……ダンジョンの中の菌、マジでハンパないっすわ。ドラゴンなんか出て来てももう怖くもないレベルじゃないか」
ゲームならば知性のある菌など取るに足らないイベントの道具でしかないが【使役・極小】の前ではそれだけでは終わらない。世界を一変させる改造が可能であるのだから。
マルティンは考えると事態の重さに気持ちが暗くなっていったが、内なる二階の言葉に楽になっていく。
ご利用は計画的に――何の言葉であるかわからなかったが、確かにそうだと納得するしかない。
軽はずみで菌を世に放たないと、固く決心するのであった。
リビングアーマーの中の菌は、自戒の意味を込めてパンドラ菌と名付けた。
マルティンはしばし呆然とした後にエノーラの元に戻る。
壁を崩しエノーラを迎えた。がエノーラは肩を震わせながら号泣していた。
「ぐえぇぇ~!? 怖かったです~!! 心細かったです~!!」
「ええっ? そんなに怖かった?」
マルティンの問いにエノーラは涙を流して、嗚咽を漏らす。
「違うんです! いや、怖かっだでふっ! ヒッグ! 置いて行かれたらどうしようって、考えたら、グスン! 自分で『置いていけ』って言ったくせにおかしいですよねー! でも、物凄く不安になったんです! エッグッ!」
幼女のように泣きじゃくるエノーラを見てマルティンは反省する。こんな環境が続いていたら、精神が摩耗するのは普通なのだ。
前の世界でも人の気持ちを読むのが苦手であったが、今もそうだと思うと悲しくなってきていた。
マルティンは黙って跪いて、エノーラに近づくと背中を優しくなでた。どうしていいのかわからなかったが、邪険な扱いをして申し訳なかったと態度で示すことにしたのだ。
背中なでにエノーラは不快感を示さない。手を止めると抗議するように睨んでくるまでだった。
マルティンは甲冑の化け物が跋扈するフロアでエノーラの背中を2時間近くなでることとなった。




