簡易屋台➁
まあ作りすぎたとしてもザディーグの施設内の冷蔵庫に入れてしまえば何とか保存できると考えたが、気持ちは徐々に暗くなっていく。
まったく秀夫が張り切るとロクなことがない!
ふと前世の姉の言葉がフィードバックする。二渡は気分が高揚すると、分別を失い周りに迷惑をかけることが度々あったのだ。
家族のために料理をするとなると冷蔵庫のものを無制限に使ったり、電車賃節約のために自転車で遠出して遭難しかかったりと、歯車が狂うことが度々あったのだ。
マルティンは二渡の記憶を知り、冷静になる。飲食業の経験がないのだからこんなものだと思い、あと30分したら撤退しようと判断する。
するとマルティンの前に2人の美少女が立つ。
「料理をいただけるというのならばお願いしたい!」
「私たちは率直に言って、朝もろくに食べていないのでペコペコなんです!」
テンペランスとアンジェラが笑顔で申し出たのだ。
「ああ、もちろん食べてください! お肉は何がいい? パーン、エアレー、デュオニクス……じゃなかった。羊、豚、鳥どれにする?」
マルティンは露骨なご機嫌取りだと思ったが、嬉しくなって2人に云った。
剣聖テンペランスは悩み始めたが、同僚のアンジェラはあっさり決める。
「率直にいってわたしはデュオニ……鳥でいいですけどテンピィは三種類全部でお願いします!」
「なっ! 勝手に決めるんじゃない!」
「テンピィはこんな見た目ですけど目茶目茶食べます。マルティン様も大食いだということを頭に入れて扱ってあげてください!」
「なあっ!! 余計な事を言わないように御願いするのだ!」
テンペランスはアンジェラの言葉に顔を真っ赤にして抗議した。
マルティンはそれを見てほっこりする。特に戦いのことしか考えていないと思えたテンペランスの意外な一面が見れて嬉しかった。
マルティンは笑顔で四つのお肉のサンドウィッチを作る。焼いた肉と螺旋葱と野草のハーブを大麦パンに挟んで提供する。
完成した時にマルティンは致命的な失敗に気付く。
やっちまった!! マヨネーズを用意すべきだった!! マヨネーズがあればみんな絶対に盛り上がったのに! 我ながらアホすぎるわ!
現代日本と無縁な人間をノックアウトするといえば、マヨネーズが鉄板だということを忘れていたのだ。
この焼き肉サンドウィッチにも絶対に合うと思えたのに、今回は用意できずに提供するしかない。
「お、お待ちどう様……」
テンペランスとアンジェラはなぜマルティンがとても悔しそうな顔をしているのかわからず、焼き肉サンドウィッチを受け取った。
その場ですぐに食べ始めた美少女たちはすぐに顔に喜悦を浮べる。
「お、美味しすぎる!! なんですか、このパンは!! 率直にいってフワフワすぎます!」
「わたしもこんな美味しいパンを食べたことがない!! 三つお願いして正解なのだ!」
この言葉にマルティンはズッコケそうになる。パンが美味いという評価はまったく期待していなかったのだ。
だがパンに興奮するのも理解はできる。大麦で作ったパンには極上の酵母菌と乳酸菌が使われているのだから。
マルティンは美味しいパンを作るために【使役・極小】が自在に使えるようになってから酵母菌などの研究を重ねていた。
村で食べたパンや天然の果物の表面についている酵母菌を研究、進化させてきたのである。中でもザディーグの施設内にあった、《世界樹の果実》と名前の付いた干し柿のようなモノの表面にあった酵母が素晴らしかった。
マルティンがイヴと名付けた酵母菌は、味が最高な上に生命力が一時的にアップするという効果を発揮するのだ。
水で溶いた錆麦粉をねって放置し、イヴ酵母菌と乳酸菌を適度に発酵させてできたパン生地はやはり最高であった。
しかしその研究と成果はすでにマルティンには当たり前のものであったので、「パンが最高に美味しい」と言われることを予想しなくなっていた。
2人が夢中で食べているのを見て他の〈不死の銀騎士団〉のメンバー5人も反応する。
「テンペランスはまだしもアンジェラがそこまで夢中になるなら興味がある! マルティン様、わたしにも一つくれないか?」
「そのパン、見た目からして違う! 帝国でも見たことがない。わたしにも一つ頂戴できますか?」
「匂いからして、旨そうだ! 拙者に一つお願いする!」
いきなりの盛況はマルティンには取り敢えずありがたかった。すぐに肉を焼き、簡易七輪で酵母錆麦パンを炙る。
5人分の焼き肉サンドを完成させ、提供するときになると事態は一変していた。
遠巻きに見ていた難民たちが全員マルティンの前に並んでいたのだ。
その列にはテンペランスとアンジェラも再び加わっていた。
テンペランスの食べっぷりに触発されたのだろうとわかる。
「一気にお客さん来ましたね!」
マープルは喜んでくれたがマルティンはやや複雑だった。
案の定皆が目当てにして喜んでくれたのは酵母錆麦パンであった。夢中に食らい、絶賛を口にしたのだ。
それでも焼き肉サンドが尽きると豚汁、野菜田楽を食べてくれ、こちらも大好評となったので一応の成功となる。
用意した料理が全てなくなると、次にいつ露店を開いてくれるか熱心に聴く者まで現れる。
マルティンはイベントの成功を喜びながらも、「飲食業、やっぱり難しい」と心の中で思わずにはいられなかった。




