甘味
テンペランスは思い切りのいいぶっ飛んだ少女だと思ったが一晩経つと、マルティンはその使い道を思いついた。
確かに会ったばかりの相手に一生の忠誠を誓うなど、恐ろしい側面を持つが、その資質はマルティンにとって都合の良い存在だった。
内面が完全にクリーンなのだ。ニンジャ菌によれば完全に清廉潔白で嘘がつけない性格だという。だが完璧主義者ではなく弱き者に寄り添おうという面もあるというのだから、都合がいい。
テンペランスにやってもらおうと考えたのは、邪悪な移民者の管理である。
ここビニントンにやってきた難民たちは当然のように、良い奴ばかりではない。
犯罪者も凶悪な思想をもつ者も数人であるがいた。今は全員が疲弊しているが、そういう危険な者はいずれトラブルを起こすことは必至であろう。
当然のようにマルティンが菌で無効化させることができるが、なんでも自分がやってしまうとつまらない反発を買いかねない。
また恐怖政治のようになってしまうのも不本意である。
そこでテンペランスらに危険因子の管理をしてもらえればヘイトの分散もできるし、マルティンも楽になる。
となるとテンペランスにはマルティンの手の内を相当に明かさないといけなくなるが、問題は少ないと思う。
テンペランスならば自分の秘密を暴こうとする者にも対抗できるし、秘密を死守してくれることが期待できるからだ。
〈不死の銀騎士団〉はなかなかに逸材がおり、短期間だけでもいくつか仕事を頼んでみたいという欲がわいてくる。
マルティンが今後の様々なことを考えていると、いきなり喉に物をねじこまれた。
「うががっ!?」
マルティンは一瞬パニックに陥ったが口に入った物が甘く柔らかいと気づくと、咀嚼し始めた。
揚げたパンに砂糖をまぶしたものである。
「ほぅ……悪くないな。パンとしての出来は低いが、揚げたことで表面がサクサクで、砂糖もきれいにまとわりついている」
「合格か! おっし、この調子でバンバン作っていくぜ!」
魔法人形4号のリンジーは先ほどからザディーグの施設内の台所で、揚げパンを作っていた。
明日、子供たちの小さな遠足をする際の目玉となるお菓子を作っているのだ。リンジーはマルティンに子どもの好きそうなメニューを尋ね、そのレシピを通りに調理に取り掛かっていた。
揚げパンとしては合格だが、マルティンはやはりベーキングパウダーをどうにかできないかと考える。ベーキングパウダーとは重曹・ミョウバン・コーンスターチでできたものでケーキやドーナツなどを作るのに欠かせない代物である。今のところ微生物だけではベーキングパウダーに匹敵する食品添加物を作れない。
とはいえマルティンの用意した酵母菌は特別製なので、食感と味に関しては申し分はないはずである。
リンジーは当面はここに逃げてきた子供たちの世話を徹底的に行うようであった。
それは4日前の奴隷奪還大騒動の日から変わりがない。
子供たちの衣食住の目途が立つと、労うカリキュラムを組んで子供たちを甘やかすというのだ。
例の強烈なリンジーの子供たちの庇護欲から来る行動である。マルティンはここまでくると大きくとやかく言うことはしない。
ザディーグがそうするようにリンジーが作られているのだからもう受け入れるしかない。
子供たちとのピクニックのアイデアもマルティンの提案だ。奴隷生活で希望を失っている子が多いと嘆くリンジーに、気晴らしにピクニックが有効だろうと意見したのだ。
みんなで小さな散策をして美味しいものを食べて、みんなで遊べばいい思い出になるという案はリンジーも非常に気に入って見せた。
久しぶりの揚げパンを堪能していると、リンジーがマルティンを睨んでくる。
「おい! 本当に砂糖を何とか出来るんだな? 『子供たちは砂糖が大好き』っておめえが言ったんだから責任も持てよな!」
「今やっているが、まだ確実とは言えないな。試す工程が3つはあるしな」
「ちっ!! 頼むぜ、本当に。砂糖はそうそう量がねえんだから」
「おいおい、それが人に物を頼む態度かよ! おまえ、俺が何でもできると思いこんで扱いが雑過ぎんだよ!」
「ふん、まあ何でもいいけど、砂糖は頼んだぜ」
「砂糖でなくても最悪、錆麦で作った甘味もできるから。イネ科の穀物ってやつはアミラーゼの働きで唐を作り出すから凄いんだよ!」
「あ~、長い話は却下で。おめ~の話はわからんことが長すぎるんだよ」
「いや、おまえは主人の話ぐらい我慢して聴けよ!」
マルティンも思わずカチンときてそういった。
マルティンは一応砂糖が取れる〈砂糖ダイコン〉と呼ばれる野菜を3日前から育てていた。
ここビニントンに来るまでの14つの村などからあらゆる植物の種と苗を購入していたのだ。ザディーグの施設にもいくつの植物の種があったので、欲しかった野菜・穀物が育てられる目途がいくつか立っている。
盗賊やパラディン菌騎士を使って作りあげた畑で現在7種類の植物を栽培している。
実は魔力のコストは通常の菌よりも掛かってしまうが、植物の種も【使役・極小】で操れるのである。ネギ類や葉野菜を中心に【使役・極小】で品種改良が可能なのだ。他の野菜も突然変異でできた小さい種を集め、仕分けして【使役・極小】で品種改良できるようになってきている。マルティンが品種改良した野菜はどれも条件がそろえば恐ろしい速度で成長し、栄養価が高いものになっていた。
当然、マルティンはすでに【使役・極小】で野菜を最速で大量に育てるプランを実行に移している。
【使役・極小】で増殖された菌根菌・根粒菌・放線菌・バチルス菌と同じ働きをする微生物を【交雑】を使って進化させ、栽培をスピードアップさせコントロールしていたのだ。
〈砂糖ダイコン〉もその一つで、マルティンがもっとも栽培に力を入れようとしていた植物である。〈砂糖ダイコン〉は前の世界で言うところのテンサイ(ビート)に似た植物で、砂糖が取ることができるのだ。
マルティンは二渡秀夫の知識からこの世界で砂糖がかなり不足していることを感じ取っていた。それは前の世界のおけるサトウキビが存在せず。〈砂糖ダイコン〉の存在がまだ知られていないことが原因であった。
甘いものが大好きなマルティンは手に入れた〈砂糖ダイコン〉を順調に育て続け、砂糖が潤沢な豊かな生活をすることを夢見ていたのだ。
そんな経緯を知っているリンジーはマルティンの砂糖計画がうまくいくように釘を刺してきたのである。
まあ砂糖は何とかなるだろう。難民の中には農業系のスキルをもつ者も数人いるし、今のところ〈砂糖ダイコン〉も順調に育っている。それにいざとなれば甘い樹液が取れる木も見つかったしな!
サトウカエデほどではないが、この世界にも甘い樹液が取れる木がいくつかある。ビニントンの森でも3種類の木から甘い樹液が取れることがニンジャ菌でわかっていたので、マルティンに不安はない。
マルティンは【使役・極小】をフル活用して、いずれはチョコレート・アイスクリーム・ショートケーキを再現してやろうと目論んでいたのだ。
マルティンがニヤニヤしているとリンジーがジト目を向けてくる。
「そんな浮ついていて大丈夫か? この開拓場にまた下の町から悪党どもがやってきているのに」
「いや、あれはおまえが原因だろうが! 本来ならおまえさんが対処すべき案件なんだぞ」
「おめーが殺すなっていうから面倒くさいことになってんじゃねえか。でもハッピーなんとか菌で何とかなっているんだろう?」
「まあな。今日の襲撃者たちもハッピーロマンチック原虫を感染させて、開拓拠点の中に引き込んだよ。おかげ更に労働力が増えて、整地作業が捗りそうで嬉しいけどな!」
「はっ、襲撃者を奴隷以下にしてこき使うんだから恐れ入るよ。おめーが一番の悪党ってことになりそうだな」
リンジーのこの言葉にマルティンはまたも怒りがこみ上げる。奴隷を奪われた各犯罪組織が連日大勢奪還に押しかけてくるのは間違いなくリンジーが原因なのだ。
それを棚上げして何という言い草だと憤慨するのは正当な行為だろう。
事実あの日から3日経つが、52名の襲撃があったがパラディン菌騎士達を差し向け、時間稼ぎをしている間にマルティンはハッピーロマンチック原虫を増幅してバラまいたのだ。
おかげで乙女化した賊共を引き入れ、先に感染していた盗賊団〈殺しの楔〉と合流させることにしたのである。
いずれも札付きの悪党どもなので一切容赦をしなくていいのは確かだった。
とはいえそれをリンジーがおちょくるような言い方をするのは許されるものではない。ましてや主人に尻拭いをさせたというペナルティを負うべきなのだ。
いやいやこいつに怒っても無駄だ。ザディーグにそういう風に造られているんだけなんだから!
マルティンは前世の記憶でキーボードクラッシャーのことを思い出す。熱くなりすぎてキーボードを破壊してしまった少年につけられた蔑称であったが、マルティンは同じ道を歩んではならないと自分を諭す。
悪口しか言わないポンコツに怒り狂っては、傍から観ればキーボードクラッシャーみたいに映るであろう。
マルティンは冷静になるための観音経の言葉、「オン アロリキャ ソワカ」を思い出し、静かに心の中でつぶやいた。
まさか魔法人形相手にアンガーマネジメントをするはめになるとは思ってもいなかった。




