エノーラ
ここでエノーラに意識が行く。大きな外傷が見えないが打撲、骨折をしている可能性がある。
〈悪魔憑き〉は、悪魔の封じる鉄仮面と、聖職の衣、浄化の鎖以外の装備が許されないので、基本無防備であるのだ。
いくらでも回復できるマナを使い、ヒール菌をあきれかえるほど注ぎ込む。
もちろんダークネス菌も出ていってもらうようにした。
間もなくエノーラが目を覚ます。
「あわわわっ、崖から落ちて大変なことになった……あれ、体が痛くない?」
「ヒールで治しておいたよ。あと鉄仮面のおかげで頭部が守れたのも大きいんじゃない? 痛いところがあったらいってくれ」
きょとんとしていたエノーラであるが、全身をチェックすると安心したような顔をする。
「他は何ともないようです~。あのマルティンさんは魔力に余裕があるんですか~?」
「えっ? あ~う~ん。隠しても仕方ないから言うけど、俺自分のスキルの使い方に気付いちゃったんだよね。それを使うといくらでも魔力を増幅できるんだよ」
「ええっ? それって凄すぎません? 魔法を無制限に使えるスキルとか凄すぎます~!!」
「え~と、そういうスキルではないんだよ。まあ今後一緒に行動するから教えちゃってもいいか……」
マルティンは少し考えたがエノーラに教えていいと判断する。エノーラは〈悪魔憑き〉という不遇な少女であるが、別に人格的に問題があるわけではない。
むしろウォーショー達に比べれば常識人で、邪悪な側面は見当たらない。
マルティンは説明を開始する。
「俺の【使役・極小】は、目に見えない大きさの生物を自在に動かせるものなんだ。超小さい生き物にはたくさん種類がいるんだけど、それに個別に命令することで色んなことができるんだ。小さい生き物は菌って呼び方をしている。例えばヒール菌というのは人の体を治すことができ、マナ菌では人の魔力を回復させることができるんだよ」
「目に見えない、生物ですか?」
「そう。そこら中にいるんだ。この周辺だけでも数千種類の微生物がいて、その数は100万個ぐらいいると思っていい」
「100万!?」
その言葉にエノーラは思わず自分の鉄仮面の口の部分をふさぐ。
マルティンは二渡の知識を口にした。
EPA(米国環境保護庁)や室内微生物研究のレポートでは、室内の微生物群は、数千以上の微生物がいるといわれている。
そしてその数は数万〜数百万単位とされているのだ。カビ・ウィルス・菌・胞子など種類も豊富なのである。
マルティンはエノーラに安心させるように言う。
「見えない生物――微生物は大抵は害がないから安心して。それに人間には生まれながらにして悪い微生物と戦う機能が備わっているから!」
「マルティンさんが嘘を言っているとは思わないですけど……そんな話を初めて聞いたのでよくわかりませ~ん。ごめんなさい」
エノーラは困惑しきった声でそういった。
「いやいいよ。ともかく【使役・極小】はそこそこ使えるスキルということを理解してほしいかな」
まあ菌の存在を知らない人からすればそうなるわな、とマルティンは素直にそう思う。
この先、できるだけ理解されるようにしようと意識を切り替える。
エノーラはじっと静止して動かなくなる。
調子が悪いのかと思い、マルティンが声をかけようとしたところで質問を受ける。
「あの……この先も一緒にマルティンさんと行動して構いませんか? わたしは穢れた〈悪魔憑き〉ですけど。見捨てられたら何もできずにすぐに死んでしまいます」
「ああ、一緒に行動しよう。今の俺ならば結構頼りになると思うよ」
「感謝します。あの……一ついいですか~?」
「えっ? 何?」
「マルティンさんはわたしに全然酷い態度をしないのは何でですか? 食べ物も平等にくださいますし、いつも〈サニタリー〉の呪文で清潔にしてくれますよね。いったい何故ですか?」
「なぜ? う~ん……」
いわれてマルティンは確かにエノーラを普通に扱っていた。他の者は完全にエノーラを生きる道具・魔力のバッテリー扱いだったことを思い出す。
しかし話してすぐに知的だと思ったから、普通に接しただけにすぎない。がここでマルティンは気づく。前世の二渡の感性がそうさせていたのだと気が付く。
〈悪魔憑き〉といえども若い女性に丁寧に話しかけられたなら邪険にしないことは、この世界では普通ではないのだ。
しかし今、エノーラに前世の話をするのは危険だとも思う。この世界でも前世の話をする奴にはロクな奴がいないのだ。平たく言えばメンヘラ野郎に勘違いされる可能性が高い。
なのでマルティンは別の角度から話すことにする。
「俺はこれでも高等な教育を受けてきたので、その人の中身に合わせて対応する! 他人がどうとかは関係ないよ」
俺にもプライドがある――的な方向にしたが口にしてみると、エノーラに「意味不明」と返されるのではないかと思った。
しかしエノーラは仮面越しにマルティンを真っすぐに、熱っぽい視線でマルティンを見てきた。
「ありがとうございます~。とても嬉しい言葉です。同胞にさえ〈悪魔憑き〉として嫌われ、異国に売られてきたのに、人間扱いしてもらえるなんて感謝の念に堪えないです~!」
少女の真っすぐな言葉にマルティンはぐっとくる。顔もろくに知らない少女からの心のこもった言葉に胸がざわざわと高鳴る。
と、同時に「異国から売られた」という言葉が気になる。
またそもそも〈悪魔憑き〉について自分がロクに知らないことにも気づく。
〈悪魔憑き〉は文字通り、悪魔に浸食されたが封印で乗っ取られることを避けた存在だと認識している。鉄仮面などの聖具をつけている限りは悪魔化の進行が留まり、膨大な魔力を扱える存在と理解している。
冒険者ギルドも〈悪魔憑き〉にはそれなりに配慮しており、〈悪魔憑き〉を貸し出す許可は冒険者ギルドが厳密に行っているように思う。現に〈悪魔憑き〉を傷つけた場合のペナルティは軽くない。
そもそも故郷のアイソラ王国の都市部では〈悪魔憑き〉は入ることを禁じられていたので情報に乏しく、マルティンは冒険者となって地方で初めて目にしたほどである。




