表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/37

覚醒

「いや、【使役・極小】って対象、菌とかウィルスだろう!?」


 目覚めたマルティンは暗闇の中でいきなりそう叫んだ。

 マルティンは絶体絶命の状況にいながらも、衝撃的な事実に驚いた。

 自分がこの世界に転生した存在であることにたった今、気が付いたのだ。

 正確には日本から、魔法とモンスターが存在する世界に生まれ変わったのである。

 日本の健康食品メーカーに勤める41歳の二渡秀夫――趣味は漫画と温泉とスポーツチャンバラ。独身で婚活をあきらめかけているというどこにでもいるサラリーマンであった。


「ぐぅ、頭を強く打っているな。〈ライトヒール〉を連発するか……」


 暗闇の亀裂を滑る様に降りるつもりだったが、そんな技術もないのでかなりの距離を転げ落ちたようだ。

 その転落の衝撃で前世の記憶を取り戻したようである。

 エノーラも4メートル離れたところに倒れており、浅く息をしていた。

 ウォーショーは追ってきていないようだった。スプリガンの気配もない。

 しばしの余裕があると考えたマルティンは、前世を思い出したことで判明した自身のスキルに集中する。

 SSSスキルと診断された【使役・極小】の使い道が7年して初めてわかった気がした。

 この世界は10歳から12歳の間に、十神教教会の儀式〔聖水礼〕を受けて、神から特別なスキルを授かる。10歳のマルティンは【使役・極小】を得たのだ。

 最高司祭の鑑定で【使役・極小】はSSSスキル・世界で唯一無二の最上位のものとされ、マルティンは祖国アイソラ王国の庇護に置かれた。

 だがこの【使役・極小】の使い方・使い道が誰にも分らなかったのだ。マルティンはスキルを操れるように国で最高の教育を受け、あらゆる基礎魔法を習得させられたのだ。

 何をきっかけに【使役・極小】が稼働するのか、国の魔法使い・学者もわからなかったからだ。3年間で覚えた基礎魔法が29個で、王国の術士の中でも9番目に多い習得数となった。

 基礎魔法は本人の属性に関係なく習得可能な技術であるのだ。

 男爵家の三男であったマルティンは家名のためと歯を食いしばって、一日16時間の訓練に耐えた。

 「平凡だが恐ろしく勤勉」――これがマルティンが王宮で得た評価である。

 3年経ったときにアイソラ国王の堪忍袋の緒が切れ、冒険者としてレベルを上げることになった。

 レベルアップすることで【使役・極小】の開花を目論んだのである。

 身体能力やスキルの能力が増えるレベルアップ現象を起こすのには2つの方法がある。一つはスキルに関する技能を習熟し、神に祈るという手段――もう一つが魔石を体内に持つモンスターを倒すことである。

 マルティンはモンスター討伐やダンジョン踏破を命じられるがここでも結果はさんざんであった。その行程で小さいノミ・ダニを使役化できることがわかったのだが、マルティンの評価が上がったりはしなかった。

 そもそも【極小】が何であるのか、誰にもわからない。

 けれども農学部や菌研究センターを経て、有用菌を扱う食品開発の会社に勤めていた二渡にとってみれば、【極小】が菌とかウィルスら微生物のことを指していることは疑いようがない。

 マルティンは改めてスキルを授かった者だけが起こせる奇跡、〔ステイタスオープン〕を実行する。

 すると文字化けしていたところが、読めるようになっていたのだ。認識することによってスキルとリンクした感覚が発生する。


「やっぱりそうか……この世界の誰もが菌などの極小生物のことを認識していないから扱い方がわからなかったんだな」


 この世界は魔法が発展しすぎたせいで、科学や医学がまったく発展していないのである。

 マルティンはスキルの正体がわかったことと、前世の記憶を取り戻したことのショックで〈ライトヒール〉を掛けながら、しばし呆然としてしまう。

 もっと早く二渡の知識が戻っていたら、こんな悲惨な状況に放っていないことは確実であった。

 マルティン自身は二渡の記憶と経験を異物の様には感じていない。日頃から「子供のくせに達観しすぎている」と言われることが多かったので、二渡であった影響が人生にすでに出ていたのだ。与えられた課題を粘り強く取り組んでいくコツも二渡からの継承と思うと自然に思う。

 また難しいと言われる多重詠唱が行えるのも日本の高等教育を受けているお陰だと悟る。潜在的に基礎的な数学・物理学を応用していたおかげで、ミスする点を減らすことに成功していたのだろう。


「スキルの使い道がわかったのがこの土壇場、最悪の修羅場って――神様、俺のこと絶対嫌いだよな」


 マルティンは文字通り頭を抱える。裏切られた経験も重なり、ショック状態に陥りそうであったが、現状がそれを許さない。間もなく死んでしまう事態なのは確かだ。

 まずは《絶望の深潭》特有の中毒を何とかしなくてはいけない。《絶望の深潭》には肺を蝕み、判断力を失わせる瘴気が蔓延しており、〈防毒レスピレーター〉というアイテムで口と鼻を守らなくてはならないのだ。中級魔法〈サルヴェーション〉があれば予防できるが、今のマルティンの魔法技能では無理な話である。

 マルティンの〈防毒レスピレーター〉はウォーショーに壊されているので、現状呼吸するだけでも危険なのだ。

 【使役・極小】がどんなスキルだかわかってきたので、ピンチを脱する可能性は残っている。

 〔ステイタスオープン〕でマルティンは自分の能力を把握する。文字化けしていた処に目を通す

 レベル12の【使役・極小】では3つのコマンドが使えるようになっていた。それが【培地】【有向】【解析】である。


「【培地】がストックできるのはたった350種類か。【有向】と【解析】は【培地】に入れた微生物にしか使用できないんだな」


 ざっとコマンドを見てマルティンは一通りできることを理解した。

 【培地】は微生物などを検出・保存する能力である。

 【有向】は【培地】に収めた微生物に増殖・移動などの命令を下すもの。

 【解析】は【培地】に収めた微生物の成分・情報を読み取るもの。


 【培地】には既に114個の菌・胞子・ウィルスが入っていたが、特別有益なモノはなかったので全て破棄する。【培地】は収納魔法〈ストレージ〉によく似た、微生物に関して特化した能力である。

 そして周囲の空気を【培地】に入れて【解析】すると、衝撃的なことがわかる。

 今回採取した微生物は全部で456種類――9割がありふれた放線菌・好冷菌であるが、その中に闇属性菌があった。【培地】に入れた微生物は【解析】をせずとも簡単な概要はわかる仕様である。

 闇属性菌という明らかに魔力を持つ、前世には存在しない微生物を調べたくなる。

 そこで【解析】で調べようとすると、あることに気づく。


「げっ! 未知の、俺の知らない微生物を【解析】するには名前を付けないといけないのか。勝手に名前を付けたら国際原核生物分類命名委員会に怒られるのに! しかも本来はラテン語でつけなきゃいけないんだよな……もうラテン語なんか憶えてないぞ」


 ぼやいても仕方ないので闇属性菌に適当にダークネス菌と名前をつけて【解析】を始める。すると3秒と経たずに詳細データがわかった。


ダークネス菌:闇属性の細菌。生物が感染した場合の潜伏期間は20分。生物の体内で繁殖し、呼吸器官などに損傷を与える。またマナや肉体を分解して吸収して闇マナに変えてしまう。


「これが《絶望の深潭》で冒険者を苦しめている奴だな。潜伏期間20分ってふざけてんのか! 感染速度最速の黄色ブドウ球菌より速いのかよ。え~と【有向】で操作できるんだよな! ではダークネス菌、急いで俺の体内から出ていけ!」


 と命じるとマルティンは急速に体が軽くなるのを感じた。喉や鼻からも不快感が消えていった。


「おおっ! 【培地】に入れた種類はもう俺の思うがままに操れるのか。これは確かにSSS級かもしれない! いやそれにしても魔法属性のある菌がいるというのも衝撃的だな!」


 微生物オタクであったマルティンの中の二渡がワクワクし始める。魔力を持つ菌など前の世界にはなかったので、解析をし放題だと思うと好奇心が急速に膨らんでいった。

 ふと思い立って、残りわずかな〈中級ヒーリングポーション〉を取り出し、栓を抜いた。すると【培地】に光属性菌が加わった。

 取り敢えず「ヒール菌」と名付けて【解析】に掛ける。


ヒール菌:光属性の細菌。満月竜胆などの光属性の植物で繁殖する。生物に触れた場合、その肉体の破損を治癒する効果がある。


「ヒール菌! よし、これを【有向】で増殖させて、傷口に流してみよう!」


 考えを行動に移し、【培地】で【有向】によってヒール菌に増える様に命じた。体内の魔力・マナがわずかであったがヒール菌は5分で500倍に増えた。

 増えたヒール菌を何とか繋がっている左足に入り込むように【有向】すると、劇的な効果が起きる。


「おおっ!? 滅茶苦茶、爽快だ! 足が完全につながるどころか、全身のあらゆる傷が治っていっている!」


 全身をチェックすると2年前にアイアンウルフに噛み千切られ、消失した尻の肉まで再生されていたのだ。

 これは高位の神官以上の仕事ぶりである。

 ここに二渡の知性が再生にリスクがあることも訴える。

「抜いた親知らずがまた生えてくる・切除した腫瘍や病変まで元通りになる・動脈瘤などの血管の異常も再構築・古傷や骨折部の“歪んだ癒着”を再現する可能性がある」と云ってきて怖くなった。

 それでも効果が凄すぎて唸ってしまう。【使役・極小】で培養させた菌は、自然界にいるよりも純度が高いのではないかとマルティンは推測する。

 またマナがほとんど減っていないことにも驚愕した。ダニを動かした際は大量に消費したというのに、ヒール菌の増殖などほとんどコストが掛かっていない。

 つまりは【使役・極小】でダニを支配して動かすのはとんでもなくコストパフォーマンスが悪い行為だったのだ。

 マルティンは更に少量残っていた〈マナ回復ポーション〉からマナ菌、〈フィジカル復元ポーション〉からはレストア菌を採取して、培養した。これで魔力回復、状態異常回復がいつでも行えることとなった。

 マナ菌を増やせば魔力が回復し、レストア菌はほとんどの状態異常を回復できるのだ。

 【使役・極小】を活用して何とか冒険を再開できる状態になったが、ことは簡単ではない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ