決意
ハッピーロマンチック原虫はパペットタケやヒール菌にトキソプラズマに似た菌など5種を【交雑】で誕生させた原虫である。まったく特徴の異なる種を複数組み合わせるとどうなるか【交雑】で試した結果に誕生した原虫であった。
現実でも微生物のトキソプラズマや腸内マイクロバイオームが、人のセロトニンやエストロゲンに影響して精神を乱すことがあるが、ハッピーロマンチック原虫はその強化版と云えた。
ハッピーロマンチック原虫に感染すると、少女のように従順で過剰にお淑やかになるので、荒くれ者を無効化するのにぴったりだったのだ。
しかしヴィジュアルが最悪になるのはいただけない。おっさんが目をキラキラさせて、羞恥心で身をよじる様は食欲がわかなくなるレベルといっていい。
マルティンは男たちに命じる。
「ここで拘束されている人達を全員解放し、その後は〈殺しの楔〉全員で施設内を清掃、施設の修復にあたれ!」
「は、はい~!! わかりまし~た!」
盗賊団団員は小走りで、少し涙目になって走り出す。
マルティンは大きくため息をついてから防壁の中に入る。ビニントン開発拠点はちょっとした村の様であった。丸太小屋が20つほど建ち、いくつかの貯水池が伺える。
マープルら子供達も招き入れて、施設を一通り回った後に、解放された開発団の責任者のコルベリに会う。
コルベリに自分が国王からここの管理を任されたという旨を伝えた。
「さようですか。ここにいる開発団は4つの商会に雇われた人が適当に送り込まれた者で、自力で林業や鉱業を起こせと言われた日雇いしかおりません。もっとも最近は給金も支給品もこなくなってしまいましたが……」
はげた小太りの中年男性コルベリは申し訳なさそうに言った。
「ずいぶん杜撰な計画だな。まあ君達は君達でこの後のことは好きにやってくれたまえ。わたしの魔法でできることは支援するが、あまり期待しないでくれ」
「は、はあ……承知しましたです」
「盗賊団のことは気にしないでいい。完全にわたしの魔法で抵抗できなくなったので、後はわたしの方で何とかしよう。あと怪我や病気の者がいたら、あとでわたしが魔法で治療するので集めておいてくれ」
「そ、それは助かります! ありがとうございます。感謝いたします」
「取り敢えず資材と食料と薬品を支援する。好きに使ってくれ」
そういってマルティンは収納魔法〈ストレージ〉から小麦20袋と乾燥肉30キロ、野菜60キロを一つの丸太小屋の中に置く。さらに自作の〈中級ヒーリングポーション〉〈マナ回復ポーション〉〈フィジカル復元ポーション〉もざっくり50本ほど並べる。ポーション以外はミスリルで得た金で買えるだけ買っていたのだ。
レベル51となって四重詠唱でできた〈ストレージ〉はコンテナ4つ分ほどの容量となっていた。
また4つの水瓶に基礎魔法〈スプリングウォーター〉で満タンにまで補給していく。
コルベリが口をあんぐり開けている中、マルティンは畳みかけるように言う。
「あっちの一番西の小屋にカタマウント国のダカナ人が盗賊団に誘拐されている。解放されていたら相手をしてやってくれ」
「えっ? ああ、難民ですか。難民はここに逃げてきた連中がほとんどなんで、もしかしたらここから出ていかないこともありえますぜ。まあ、あっしらも行く場所がないんで人のことは言えないんですが――」
領主というわけではないが、マルティンはこの周辺に悪人でなければ何人住んでも特別構わないつもりだ。
マルティンはもう少し上に住む予定ので特にこだわりを持たないのであった。
とはいえバーナビに遊びで公爵と呼ばれたからではないが、少しぐらいは面倒を見てやる気になっていた。
「まあ自分達で家を建てるんなら住んでもいいんじゃないか? それよりも聞きたいことがあるんだ。この周辺に温泉――お湯が沸いていることがあるって聞いたんだが、それはどこだ?」
それにコルベリは戸惑う。しばし思案した後に、仲間に聞いてみると言って姿を消す。
がすぐに血相を変えて戻ってくる。
「た、大変です、マルティン様! 襲撃者です!!」
「はあ? そんな奴は周囲には……」
といったところで高笑いをする。
「襲撃者とは全身甲冑の騎士団であろう? それはわたしの魔法の騎士団だ。安心しろ!」
マルティンは大物ぶって断言した。
マルティンは《絶望の深潭》にあった全身甲冑をすべて回収し、パンドラ菌を改造したパラディン菌を入れて操っていたのだ。
パラディン菌:土と光属性の菌。空気の流動のない高濃度の魔素がある場所で繁殖。魔石を分解して魔素に変える。全身甲冑のような装甲の中などを好む。一定のコロニーを形成すると知性が発生する。浄化や念動力や精神感応などの魔法を使う。知性ある弱きものを救う意志を持つ。
聖騎士=パラディンの名前を付けた菌は文字通り癖のある菌である。理由がないとマルティンの命令さえも拒否するかなり面倒な面がある菌だった。
パンドラ菌とかけ合わせたのが、神の力が宿すというセイクリッドアメーバである。
凶悪対神聖はどうなるかと思って生み出したのだが、制御ができないことがあることを知って当初は愕然となった。【培地】も慎重さが必要と思い反省したのだ。
好奇心に負けた自分を恥じた。
とはいえ全身甲冑に入れて操ってみると、かなり使い勝手が良かった。
モンスターを見ると問答無用で斬り倒したり、人助けのために丸太を切り出すなど、美点も多く消去する気にはなれなかったのだ。
ついてこさせるのも苦労はしない。人が驚くので街道を歩かないようにといった注文はすんなり聞くので、とりわけトラブルを起こさなかった。マルティンら首都アスペルリンにいる間も町の外で大人しく待機していたのである。
ゴブリンの魔石1つで5日動くのでコスパもいい。
パラディン菌騎士団を開発拠点に入れてから、マルティンは再び温泉の情報を聞いてもらうことにした。
マルティンの関心は先ほどから温泉に向いていたのだ。世俗を忘れて、源泉かけ流しのお湯に肩まで漬かる気に満々であった。
ここまで来ても簡単に入れるとは思っていないが、今までの旅の行程でそれなりに温泉に対する準備をしてきたのである。
開発拠点から更に傾斜を登って2時間半かけて、マルティンはようやく温泉にたどり着く。
コルベリ達の目撃談を参考に、煙が上がっている場所を目視で探したのだ。ニンジャ菌を広域に展開させているが敢えて温泉の情報は見ない。
旅情と風雅を楽しむモードに入っていたのだ。
しかし温泉といっても窪みに白い煙が上がる液体があり、周囲にしみ出している規模であった。
とても全身が浸かれるような状態でない。それでもワクワクは止まらない。
「まあ、そんなもんだよね。知っているよ、温泉の99%が人間が入るようにはできてないって。人類史は温泉との戦いだからね!」
そういってからマルティンは〈ストレージ〉から大きな鍋を取り出した。途中の村で買い求めた品である。
人がギリギリ入れるほどの大きさだ。
マルティンは窪みの温泉を柄杓で組むと、鍋に入れ始める。それを繰り返しているとマープルら子供達がスプーンでお湯を汲み始める。
「手伝います!」
マープルらはまたもマルティンに強引についてきていた。強硬に拠点に残るように説得したが、泣き出したのでついてくることを許可してしまったのだ。
もちろんこの先はモンスターが出ると散々に説いたが、置いていれる方が怖いと全員口をそろえたのだ。
マルティンは少し世話を焼きすぎたかと思う。赤ん坊や幼児のおむつが汚れるたびにクレンジングタケ等でたちまち清潔にしていたので、かなり頼りになると思われても不思議ではない。
パラディン菌騎士団もついての移動であったが、案の定モンスターが襲撃してきた。
ヒツジの頭をし、武器をもって二足歩行するパーン。
大きな角を持つ巨大猪のエアレー。
手に大きな爪をもつ巨大軍鶏に似たデュオニクス。
そんなモンスターが問答無用で襲い掛かってきたが、近くに接近する前にことごとくよろめき、顔をかきむしっていると騎士団に漏れなく討ち取られた。
聖アホ草の花粉はここでも有効で、吸い込んだモンスターはすぐにアレルギー反応に苦しんでいたのだ。
30分近くお湯をすくうと、マルティンは鍋に〈ファイアミサイル〉を投げ入れて、温度を上げた。
硫黄と鉄の錆びたような湯の匂いにマルティンのテンションが上がる。
〈ストレージ〉から途中の村で買い上げた小屋を出すと、子供たちにそこに入ってもらって、鍋の風呂に入ることにする。
「やっとだ、入りたいと思ってから長かった。自分でも必死過ぎて笑うが、温泉だけは譲れないぜ!」
そううそぶくと、全裸になったマルティンは〈スプリングウォーター〉と自家製石鹸で体を洗った後に温泉につかる。
あぁあぁあああっ~!!
思わず嘆声が漏れる。最高に感慨深い入浴であった。
二渡からすると17年ぶりの温泉なのだから、感動さえした。
しかも遥か遠くに煙を上げる火山と、筍のような山が見えてなかなかに景色が風光明媚で胸を打つ。
一部樹木のせいで視界はクリアではなかったがまずまず上等な温泉体験といえた。
マルティンも二渡が執念深く温泉を追い求める理由がわかった。
こうなるとマルティンの中で本格的な露天風呂に入りたいという欲求がむくむくと湧き上がる。
もっと景観のいい場所で、石を組んで広めの湯舟で寛ぎたいと思う。ヒノキに似た木材なんかも探してみたい。
マルティンも二渡も建築にはまるで知識がないので、完全な手探りだったがやる価値はあると考える。
温泉地にするには物騒な土地ではあるが、この景観は値千金であった。
「しかたない。マープルらが安心して生活できる場所を作ってから、でっかい露天風呂もつくるか!」
マルティンは犯罪者とモンスターと飢えと寒さを、【使役・極小】で叩きのめしてスローライフを満喫しようと、筋肉をほぐしながらゆっくりと決意していった。




