ハッピーロマンチック原虫
やがて上部に丸太でできた荒い造りの防壁が見えてきた。明らかな人工物である。防壁の向こうにはいくつかの家もあり、そこそこの集落に映った。
「はあ? 村? 僻地って聞いていたんだけど……どういうこと?」
マルティンは頭が真っ白になってしばし棒立ちしてしまう。
が、しばらくするとバーナビ国王からの「管理人によろしく」という言葉を思い出し、あそこに管理人がいるのかと思う。
だが何の管理人かはわからない。
町に戻って聴くしかないかと思っていたが、面倒なのでまたもニンジャ菌に働いてもらうことにした。
レベル51になったことでマルティンは【有向】を何と全径4キロほどに伸ばせるようになったので、村の中のことを知ることができるだろうと考えたのだ。
防壁から400メートルほど離れて様子をうかがう。
ニンジャ菌を蔓延する間に追跡してきたチンピラ達が徒党を組んで子供たちを奪おうとしたが、低レベルの連中なので簡単に圧倒することができた。
マルティンが拾った木の枝で攻撃すると賊は避けることもできずに悲鳴を上げる。
「は、早い! なんで、後ろに。痛っ!」
「嘘……た、助けて!!」
「おい、みんなで囲め! 逃げるな、逃げるなよ!?」
一人につき一箇所を骨折させるとあっさり撤退していく。
やがて、次々と防壁の向こうにいる人間の情報がマルティンに入ってくる。
デフマン:人種は人間。年齢28歳。レベル8。人の殺害人数は9人。職業は槍戦士。魔法適正は水。筋力が高いが、知力と器用さは低い。スキルは【乗り手】。盗賊団〈殺しの楔〉の一員。性格は破天荒で執念深い悪。
ディルーゼ:人種は人間。年齢41歳。レベル3。人の殺害人数は4人。職業は草原猟人。魔法適正は火。運が高いが、知力と智性は低い。スキルは【頑丈】。盗賊団〈殺しの楔〉の一員。性格は気まぐれで加虐的な悪。
ハル:人種は人間。年齢48歳。レベル1。人の殺害人数は0人。職業は開拓者兼農民。魔法適正は土。魅力が高いが、知力と器用さは低い。スキルは【開墾】。性格は開放的な善。
グリフォード:人種は人間。年齢32歳。レベル5。人の殺害人数は9人。職業は街のコソ泥。魔法適正は風。敏捷性が高いが、筋力と魅力は低い。スキルは【研磨】。盗賊団〈殺しの楔〉の一員。性格は卑怯な日和見。
マルティンはもたらされた情報によって普通の開拓者と盗賊団がまざっていることに気づく。
が更に情報を精査すると開拓者は全員縛られていることがわかってきた。
また、離れた小屋の中には檻に入れられた人が20人以上いるのが判明する。いずれもカタマウント国のダカナ人であった。
「はあー。要は開拓施設に悪党が侵入して、暴力で支配したのか。おまけに人さらいをして監禁中。どクズな連中と確定したならまあ色々好都合ではあるか……」
マルティンは情報を整理してから次なる行動に移る。次に使う微生物は効果を発揮するまで少し時間がかかるのだ。
盗賊団〈殺しの楔〉にだけ散布を終えて、2時間ほど子供達と昼食を取りながら待つ。
マープルに漫画の話をそれとなくするが、やはりうまく伝わらない。
「同じ人を続けて描いて、吹き出しというのにセリフをいれるんですか?」
「そうそう。セリフというのは日常に普通に話していることを文字にするんだ」
「それは絵本とどう違うのでしょうか? 絵本に吹き出しというものをつけるのと違いますか?」
「そう大きくは違わないよ。絵本の延長線上みたいに描いていくんだよ」
「すいません、マルティン様。わたしは絵本も見たことがありませんし、文字も少ししか読めません。絵本は話で聴いただけです」
「そうか。では後で絵本買ってあげるね~」
そう軽い感じでマルティンは言ったが、かなりのショックを受けていた。漫画を広める前に識字率を何とかしなくてはいけないという壁に気づいたのだ。文字の読み書きができることが漫画を描く最低条件といっていい。
教育というのは一朝一夕でできるものではない。環境も教材もノウハウも一から丁寧に作り上げなくてはいけないものである。
漫画ライフ再び計画は一旦保留にし、現実と向き合うことにする。
改めてビニントンという土地を観察すると、やはり周囲は山ばかりであった。恐らくは標高が800メートルほどの山がほとんどである。
あとやはり魔素が濃い。ということは魔石を持つ獣・モンスターが生息しやすいということになる。
やはりビニントンは人が棲むには向いていない土地だった。
「よっし! 攻略を始めますか」
準備が完了したのでマルティンは防壁の入り口に向かう。
そこで大声を張り上げる。
「ここの責任者に会わせてくれ! 俺は国王バーナビからここビニントンを預かったマルティンという! ここの状況を教えてくれ」
すると防壁の一部が開き、不潔そうな半裸の男がけだるそうに登場する。
「んだ、クソガキ! 何のようだ?」
「わたしは国王バーナビからこの地の管理を任されたものだ。魔法契約書もこの通りある!」
マルティンが魔法契約書を突きつけると2人は一瞥すると困った顔をし、少し待っていろと言って消えた。
そして2メートルを超す、スキンヘッドの男がのしのしと体を揺らして現れる。男は低いだみ声で言う。
「何だか知らねえけど帰りな! ここは俺達のねぐらだ、クズ」
「確認だけさせてくれ。あなた達は盗賊団で最近ここ、ビニントンの開発地区を暴力で支配した。おまけに難民を誘拐・監禁している。間違いがないか?」
マルティンがそう言い終わる前に、男は引き抜いた小剣を振っていた。
「てめえはヴィガータ公国の宮廷魔導士だな!?」
小剣はマルティンの喉首7センチまで近づいたが、そこから男は小剣を手から落とす。
「えっ? 何これ? こんな危ないもの嫌!」
男は顔に恐怖を浮かべ、飛び上がった。それは背後にいる者達も同じで悲鳴を上げて、後ずさる。
さらに自分が半裸なことに気づき、手で体を隠し慌てる。
「いや~ん! わたし裸じゃない!」「恥ずかしすぎる! 何か可愛い服なかったかな?」と黄色い声を上げて跳び上がる。
マルティンは仕事をし始めた原虫の効果を確認しながら、顔を歪める。
うわぁ~、毎回なれない……おっさんが乙女みたいに振舞うの、気色悪いわ!
マルティンが盗賊団〈殺しの楔〉の構成員だけに注入したのはハッピーロマンチックと名付けた原虫である。原虫とは動物的な微生物で、生物に寄生することが多い性質を持っている。
ハッピーロマンチック原虫:水属性と光属性。生物が感染した場合の潜伏期間は80分。感染者のホルモン・神経伝達物質を支配し、内向的で極めて穏やかな性格にする。また可愛いという概念に傾倒し始める。マナを持つ生き物の中で生存可能。感染者のマナを吸収し、一定数の増殖を行う。空気感染はしない。また感染者の肉体的な能力を向上させる魔法を常時発動させる。




