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ビニントン

 マルティンは手押し車を引きながら、これは案外世俗を断つのに時間がかかりそうだと考える。

 ここコーストン国は現在、かなり危険で面倒くさい土地になっていることが判明したからである。

 現に今、手押し車に子供たちを乗せてビニントンに向かう道を進んでいるのだが、その後を3つのグループ、11人の男達がついてきていた。

 連中は全員人さらい、誘拐が本業の悪党たちなのだ。

 首都アスペルリンが賑わっていると見えたのは、周辺国の犯罪組織の交流の場になったことと、難民が流れ込んでいるからに他ならなかったのだ。

 本国から追われた犯罪組織がアスペルリンに逃げ込み、おまけに難民を奴隷にしようと活動し始めているということもわかった。

 難民も大きく4つのグループを形成しており、犯罪組織に対抗しながらアスペルリンに生活拠点を作ろうと画策しているようだ。

 アメリカは宗教的迫害を受けた移民や開拓民などのバラバラの国の人間が作り上げたが、コーストン国はまさにそれのミニ版といった様相になってきているようだと、二渡は感じた。


 いや~、ヤバい土地に来てしまった。まるで西部劇の舞台みたいな場所じゃねえか。いやモンスターまで徘徊しているんだからジェラシックな世界か!


 昨日のバーナビの居城での猥雑な交流会を見ると、何となくだが現状がわかる気がした。悪党が悪党同士で連携しようとしている縮図があそこにあったように思う。

 マルティンは一人でビニントンに行く予定だったが、子供たちが誘拐されないように一緒に連れていくことにしたのだ。子供達もそれを望んだ。

 現在リンジーは単独でアスペルリンで活動している。リンジーはどうしても複数の誘拐組織を調べ、壊滅させようと躍起になっていたのである。

 リンジーは誘拐や人身売買に強い憤りを感じているようだった。実際に「調べてから滅茶苦茶にしてやる!」と宣言し、すぐに実行し始めたのだから止めようがない。

 

 なんなんだよ、あの直情的性格は――おまけに子供たちを守りたいって庇護欲が猛烈すぎるわ!


 マルティンはリンジーがここまでの性格とは考えていなかった。

 魔法人形リンジーは、その異常な敏捷性と収納魔法等を備えた高機能装置を武器に、各犯罪組織と接触すると語った。どれほどの奴隷をどこに閉じ込めているか、残らず把握しようとしていたのだ。

 リンジーが怒りだしたきっかけは、昨日泊った宿に後ろのような人さらいが数組、押し入ろうとしたことであった。

 賊は全員リンジーが捕まえたので、マルティンがニンジャ菌でその身元を調べると、複数の犯罪組織が子供を強引に集めている背景が見えてきたのだ。

 

「ゲスい連中は許せねーな! ボコボコにして逆に身ぐるみ剥いでやんぜー!」


 一応賊とはいえ殺さないことを約束させて、マルティンはリンジーの好きにさせることにした。

 マルティンにしろ悪党が温泉の近くで溢れかえっているのは気分が悪いのだから。

 子供たちはまだ顔つきが暗かったが、ベッドで寝たせいか食欲があり、顔色がずいぶん良くなっていた。

 いま一番年長の12歳の少女マープルが手押し車の上で木炭で一生懸命風景画を描いていた。

 昨日、宿にいた際、マープルがとんでもない才能を発揮したのである。自分の両親と、数人の子供の親の顔を絵にしたのだ。リンジーが子供達の親の手がかりを探したいが取っ掛かりがないと云ったことから、似顔絵を申し出たのだ。

 似顔絵は子供たちからも好評で、特徴をとらえているようだった。

 ここでマルティンは閃く。


 この年齢から教育すればこの世界の人間にも漫画を描かせることは可能ではないか? 読んだことがなくてもうまく指導すれば、漫画のスタイルを吸収させるのは可能ではないか?


 そう考えるとマルティンはありえないほど高揚した。正確には二渡の魂が震えたのだが、この世界で再び漫画が読めるというのは完全に奇跡であろう。

 50人ぐらい子供たちに漫画を指導すれば、一人くらいは単行本一冊くらいのボリュームの作品が描けるのではないかと、昨日から本気で考えだしたのだ。

 温泉と自給自足の農地で、孤児を引き取って漫画家のエリートにするというのは何だかありえないほど美しいプランに思えてきた。

 SSS級の【使役・極小】を全力で使えば、この世界に漫画を布教させる可能性はゼロではない、と考えた。

 マルティンが思案していると、前方から異臭がしてきていることに気づく。アンモニア・汚水臭の匂いであった。

 見ると道の枠の長い断裂が変色しており、排泄物を大量に流しているのが伺えた。

 

 この量は相当な人数が結構な期間で出さないと無理な量だろう。これはいい資源になりそうだ。よし、早速実験だ!


 そう思うとマルティンは【培地】から大量培養したブレイクダウンカビを【有向】で広範囲で散布する。


ブレイクダウンカビ:土属性の細菌。排泄物や腐敗物で生存でき、周囲を分解して短期間で硝石に換える。分解するものが無くなると活動を休止する。


 ブレイクダウンカビは環境を清潔にするだけでなく、排泄物を硝石という資源にするために【交雑】で生み出した菌である。

 現実にもアンモニアを亜硝酸に酸化するニトロソモナス菌や、亜硝酸を硝酸に酸化するニトロバクター菌がいるので、作り出すのはマルティンには比較的簡単であった。

 硝石は肥料にも染料にもなり、食品保存の食品添加物にもなるという極めて優秀な素材なのだ。更に黒色火薬の原料にもなるので、いざという時には兵器にも転用できるのである。

 ブレイクダウンカビが散布されるとたちまち白い煙がたくさん上がり始める。


「ぎゃ~、臭い!?」


 子供達が鼻を押さえて悲鳴を漏らす。

 ブレイクダウン菌が仕事し始めると、強烈なアンモニア臭と腐った卵のような臭いがし始める。


「硫化水素の匂いだ。これはたまらない! 離脱しよう!」


 マルティンは〈アスレチックアップ〉を三重詠唱して、身体能力を高め、大急ぎで道を上に向かって駆け上がった。

 疾走しながらもブレイクダウン菌の広域散布を続けるのであった。



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