最下層
エノーラと別れから8日後、ザディーグの施設で13日過ごしたマルティンは2日かけて25階層から28階層に移動して、最下層のボスモンスターと戦うことになった。
石壁で四方を取り囲まれた、広間といった空間にボスモンスターがいた。
待ち受けていたのはカバのような顔にサイの体をした、ベヒーモスだ。まさに生きる戦車といった、ド迫力の肉体を有している。
マルティンは〈マナシールド〉を展開し、〈アスレチックアップ〉で身体能力を向上、あらかじめ〈マナブレイク〉で敵の魔法防御を崩す用意をする。
さらに施設の中で入手したとっておきの聖アホ草の花粉を試すことにした。聖アホ草の花粉は他の微生物に比べると取るに足らないと思われたが、よく見ると恐ろしい特徴があったのである。
聖アホ草の花粉:光属性の植物。生物が感染した場合の潜伏期間は4分。魔核・魔石を持つモンスターの92%が先天的なアレルギーを持っている。
花粉を摂取すると、免疫システムがそれを有害な異物と認識し、IgE抗体を生成する。IgE抗体は肥満細胞と結合し、再度花粉に曝露された際にヒスタミンなどの化学物質を放出。これで鼻水、くしゃみ、目のかゆみなどのアレルギー症状を発症するのだ。
通常花粉をあらかじめ吸っておくことでIgE抗体が発生するのだが、モンスターのほとんどが生まれつき、聖アホ草の花粉のIgE抗体を持っているというのである。
当然のようにマルティンはベヒーモスに、大量倍増させた聖アホ草の花粉を散布した。
グヒャンギヒュンッ!!
まるで重機の駆動音のようなくしゃみをしたベヒーモスはしきりに顔をかきむしる。
二階は前の世界では花粉症ではなかったので、悩まされることはなかったが、それでもベヒーモスを気の毒に思った。
「んじゃ、暴れさせてもらうぜー!!」
そう吠えて、巨大な斧槍を振り上げた少女が猛然と走る。金色のミディアムヘアの低身長の4号がベヒーモスに突撃していったのだ。
斧槍は3メートルの長さで、斧の刃渡りが1メートルある、規格外の大きさである。
花粉で混乱したベヒーモスであるが、急接近する4号に石礫の魔法を放つ。
一度に石礫を20発以上放つ土魔法――マルティンには到底使えない高度魔法〈ストーンバレッジ〉である。
しかし4号の動きは凄まじく、前を向きながら4メートル滑る様に左に移動すると、あっさりベヒーモスに密接した。
「おらよっと!!」
勢いそのままに、斧槍を右前脚に思いっきり叩き付け、後退する。
グモオォォッ!!
ベヒーモスの右前脚が骨まで達する裂傷を負う。
ダイヤモンドよりも硬いと評判のベヒーモスの肌が簡単に突破されていた。
「待ってくれよ、俺も色々試したいんだからな!」
マルティンは実はザディーグにあったアイテムでいくつも能力アップを果たしていた。
まずは飲み薬の〈アジリティ上昇トニック〉と〈インテリジェンス上昇メディスン〉――そして〈ミッドサマの果実〉という人間を更に上の存在に押し上げるとされる伝説の食べ物も摂取していた。
それによって本来は神官・僧侶にしか使えぬ基本魔法も習得可能となっていたのだ。
また拾った魔導書によって鑑定魔法〈アプレイズ〉や放電魔法〈ディスチャージ〉、視界混乱魔法〈ルーシッド〉の基本魔法も身に着けていた。
マジックアイテムも新たに複数装着している。魔力が2割増強される〈天魔の指輪〉と、常に体の周りに見えない防御壁を展開する〈塁壁の頸飾〉を装着していた。
おまけに全ての能力を好転させるザディーグの愛用の魔法の杖〈王覇の戒杖〉をも継承したのだ。
いずれもザディーグの秘密の書斎に隠蔽されていた代物であったが、4号を継承するとそれらの代物ももらえることになったのである。
つまりは新しく生まれ変わったともいえるマルティンは、今までない戦いができるのだ。近接戦闘も魔法連続使用も可能になっている。
その力試しにドラゴンに匹敵するとされる最強モンスター・ベヒーモスはうってつけだと思っていた。
そこで4号と戦いの連携を組み、いくつかプランを用意していたのである。
複数のプランの中に4号が単独で突撃をするというものは一つもない。
にも拘らず、4号は豪快に斧槍をぶん回す。
マルティンはまずは電撃を放つ〈ディスチャージ〉、〈ファイアミサイル〉で魔法攻撃して、周囲の光を屈折させる〈ルーシッド〉で翻弄させようと予定していた。
しかしまったく予定通りになっていない。
足を傷つけられたがベヒーモスの身のこなしの鋭さは衰えない。丸太10本ほどに匹敵する巨躯を、鋭敏に動かし4号を噛みちぎろうとする。
「下がれ4号! 接近しすぎだ!」
マルティンにはベヒーモスの動きがしっかりと見えていた。以前ならば目で追うことは不可能であったが、上昇した能力値がハイレベルな戦いに対応できると確信できた。
魔法を通じさせるという自信もある。ベヒーモスの肌は硬いだけではなく、反魔法の機能も備えているが、それを凌ぐ威力の魔法を一点に集中すれば貫く自信があった。
しかし4号は止まらない。移動速度を上昇させ、人間ではできない動きを連発してみせる。
「おい! 4号、マジで離れてよ。俺が攻撃できないじゃないか!」
「あ~、今いいところだからやーだね!」
「ええ~っ!?」
何のための契約だよ――と思った刹那、4号はベヒーモスの首のほとんどを豪快に断ち切ってしまった。
「よっし! んじゃ、攻撃していーぜ!」
そういって4号がマルティンの左隣に着地していった。
がベヒーモスはバタリと倒れて、3回痙攣すると動かなくなった。
あきれ返ったマルティンは涼しい顔の4号を見る。
「なんで言うことを聞かないんだよ、あんた。打ち合わせしたじゃないか!」
「あ~、それな。あたいはジジイに『三回に一回はやりたいようにしていい』って設計されてんだ! だから初めての戦闘だったんで、全力でやりたかったんだよ。勘弁しろ」
「はあ? そ、そういうことは先に云えよ。俺はそんな気まぐれは嫌だからな!」
「あ~あ、残念でしたー。次の契約は50年後なんで! それまでよろしーく!」
そういって4号は悪びれもなく舌を出した。
マルティンは開いた口がふさがらない。命令を無視するように作るなんて完全に意味不明である。
その無茶苦茶な仕様にどんな意味があるのか見当もつかない。これとあと50年も付き合うなど到底無理に思える。
マルティンは4号を含め、ザディーグの遺産の引継ぎをするために、様々な契約を、水晶体を使って行っていた。しかし4号の性格に関しての条項まではとても目が届かなかった。
あ~、前の世界でも雇用契約書を読まずにもめることあったけど、この世界もかよ……。やっちまった。
そもそも知れば知るほどザディーグの奇人ぶりに理解が追い付かずに混乱させられてばかりだ。
魔術の巨人・知の偉人であることは疑いようはないが、引継げと言われると問題しかない。とはいえこのまま誰も攻略できないダンジョンの奥底で放置というのも、あまりにももったいない話ではあるのだ。
現に4号のスペックは規格外だった。身体能力は人間を遥かにしのぎ、2つの属性を使える魔導砲を持ち、感知魔法・収納魔法さえも備えた魔法人形としてハイエンドモデルであったのだ。おまけに家事・料理や治療、音楽等にも精通しているから手に負えない。
ザディーグの遺産には魔法人形以外にも世の中を震撼させるであろう発明品が複数ある。
さらにいえばザディーグが書き残した日記兼理論書のようなものが4冊もあった。
いっそエノーラに、タイタニア族に施設ごと委ねてしまえばよかったと思うがあとの祭りである。
ベヒーモスが完全に息絶えると、最下層の広間の中心に地上に帰還用の魔方陣が出現していく。
「外に出たらどこに行くか――行くべきなのか。間違えたら即つむぞ」
マルティンは地上に出て、自身の開花した能力とザディーグの遺産をどうすべきか考えると胃が重くなる。
うまく立ち回らないと大きな諍いに巻き込まれることは確定であった。




