別れ
ザディーグの遺産はかなりの難物だった。
というか当然というか誰かに継承されるようには整理されていなかったのだ。
マルティンは施設内の書類を片っ端からは集めて、分類し、作ったインデックスに概要を書いて分けておくことを繰り返した。
すでに4日経ったが、ざっと全体の3分の1が終わったように思えた。
慣れてくるとメモ書き、妄想、様々なアイデア草案、詩、操作マニュアル、呪文とカテゴリーがすぐにわかってきたが、正直に言えばやりたくない。
命令に従うはずの4号はまったくの無視を決め込んで、手伝いもしない。
それでもマルティンは笑顔で快活に過ごしているようにふるまう。
なぜなら、いまとんでもない美少女と同居生活を送っているからだ。
彼女もロクにおらず、ましてや同棲などしたこともない二渡の記憶を別にしても、仕事以外に異性の交流がなかったマルティンは、エノーラと密閉された施設内で日常を送ることでテンションが上がっていた。
悪魔の呪縛を解けるまでは、妹のように接していたのに我ながら現金だとは思う。
しかし体裁を取り繕くろえないほどエノーラが美人なのも事実であった。
会話をするだけで元気が出て、一緒に食事をするだけで夢心地になるのだから、自我のコントロールなどできるわけがない。
こんな日がずっと続けてほしいと思っていたが、そうはいかなかった。
施設に来て5日目の昼に、エノーラが報告しに来たのだ。
「瞬間転移装置の使い方がだいたいわかりましたー。でも一回使うだけでもここの施設のほとんどが魔力が消費されてしまうのですが、どうでしょうか? 使ってみても構いませんか?」
「えっ? ………うん、まあ――使ってみても構わないよ」
マルティンは平静を装いながらそう返答をした。
エノーラは悪魔が消えてから施設内で見つめた瞬間転移装置の解析に夢中になっていたのだ。瞬間転移装置は人が入れるコーヒーカップのような形状で、制御するための水晶が取っ手に該当する部分に7つ埋め込まれている。
瞬間転移装置は文字通り、行きたい座標に瞬間移動できる代物であった。
エノーラによると正確に使えば、遠く離れたタイタニアの里に一瞬帰ることが可能ということであった。
一応、エノーラがわかったことをマルティンは共有してもらったが正直に魔法技術が高度すぎてチンプンカンプンであった。
実はエノーラはタイタニアらしく、高難易度レベルの魔法に精通していたのだ。だが故郷で〈悪魔憑き〉の封印をされる際に魔法技術の漏洩をすべて禁止されていたのだという。
だからエノーラはマルティンが使いこなせないザディーグの遺産を急速に解析できたのだ。
そして瞬間転移装置を見つけるとすぐに掛かりっきりになった。
エノーラは一刻も早く故郷に帰るように命令を受けていたからである。
実は追放された〈悪魔憑き〉は悪魔を払う魔法・技術がどこかにないかを探す任務が課せられていたのだ。〈悪魔憑き〉に接触してきて解除を試みる者を自らが犠牲となって探すという悲しい宿命を負っていたのだという。
高度な魔法技術を誇るタイタニア以外で他の国で悪魔を祓う方法があった場合、速やかに報告するように命じられていたのだ。
タイタニアの〈悪魔憑き〉問題は深刻で、有能なものほど悪魔に目を付けられやすく、国の存続にまで影響を及ぼしていたのである。
タイタニアは多くの国と密約を結び、魔法技術と取引に〈悪魔憑き〉を受け入れさせ、最低限の生活を送るようにさせていたという。
今回、マルティンが見つけ出したセイクリッドアメーバの情報をエノーラは一刻も早く故郷に伝えなくてはならないのだ。
施設内の冷凍庫にあった黄金の林檎・アウレアポムスを切って瓶に入れたものに限界までセイクリッドアメーバを入れて故郷タイタニアの里に持っていくことになった。
菌の概念がないと扱えないが、22日行動を共にしたエノーラは何とか他人に説明できるレベルにはなっていたのだ。これもエノーラが優秀であることに他ならない。
それでも瞬間転移装置はそう簡単に使えるようにならないとマルティンは思っていた。
だが現実は非常であった。
施設に来て9日目の朝のことである。エノーラは瞬間転移装置を使える確信を得たのだ。
エノーラは瞬間転移装置が莫大な魔力を消費するので、試運転もなしに、故郷にセイクリッドアメーバを届けると云って聞かなかった。
もとより友人でもないマルティンにそれを止める権利もない。
しかし別れはつらく思えた。
「それじゃあな! 達者でな!」
それだけいうと4号はさっさと瞬間転移装置のある部屋から出ていった。
自分に気を利かせたのか? とマルティンは思ったが今は気持ちに余裕がない。
施設のほとんどの魔力を吸収した瞬間転移装置の前でエノーラと向かい合う。
「それではマルティンさん、わたしは故郷に帰りますー。一日千秋の思いで悪魔を祓う方法を知りたい里の仲間のために、必ず正確に動く可能のない瞬間転移装置を使わせていただきます」
「うん……今でも俺は反対だけど、タイタニアの人達の苦しみを俺は知らないからね。反対はできないよ」
「ありがとうございます。里を代表しお礼を申し上げますー。つきましては必ずタイタニアはマルティンさんに報いるためにお礼をすることを保証します!」
「そういうのはいいよ。俺はエノーラが望むように幸せになるように動いてほしいだけさ」
「ふふふ、マルティンさんはずっと優しいですね。ものの考え方がこの世界の人間ではないようにさえ思います」
「い、いいや、それはどうだろうね」
「本当に本当にわたしの我がままをとことん聞いてくれて感謝しかないですー」
「もういいさ。十分に感謝してもらった」
するとエノーラはマルティンに近づき、その手をぎゅっと握ってきた。
「マルティンさん! 用事が済んだが必ず会いに向かいますー! わたしはどうしてもあなたに尽くしたい――いいえもっと一緒にいたいと思っています!」
マルティンはその言葉に泣きそうになるがぐっと堪え、唇を噛みしめていう。
「この先のことはわからない。俺はまだ先のことを決められていない。でもどこかで落ち着いて、人生に余裕ができたら俺の方から君を探すよ」
「ごめんなさいです。里の場所は例えマルティンさんでもお教えすることができなくて――」
「いいんだ。でも必ずまた会おう。今はダメでも俺の【使役・極小】は不可能を可能にするから!」
それを聞いたエノーラは微笑みながら涙を流した。何度もうなずくと瞬間転移装置の水晶に手を伸ばす。
「決心がつかなくなるかもしれないのでここで失礼します! でもわたしもまた必ず会いたいです!」
「わかった。さよならは言わない」
「はい!」
直後膨大な魔力が装置の中でうなりを上げ、空中に複数の魔法陣を形成した。
響く重低音が発した直後、エノーラはマルティンの前から姿を消す。
マルティンは恋人になってくれるかもしれなかった人との別れを悲しむよりも、無事に故郷にたどり着いてくれと願った。




