第9話
「メル。良ければ明日、お父様のところにお弁当を持ってきてくれないかい?」
夕食の席で言われたお父様の言葉に珍しいなと首を傾げた。いつもなら危ないからダメだと言うのに。
「いいですけど……」
「ああ、久しぶりにメルの手作りがいいな」
ニコニコと機嫌の良さそうなお父様。
ほんとに珍しい。
火傷したらどうするんだと過保護なくせに。
貴族令嬢は料理などはしない。けど、前世庶民ぐらしだった私はたまには自分で料理がしたかった。お菓子作りなんかは前世でもよくしていたし、これが案外息抜きにもなるんだ。
「いいですよ。サンドウィッチでいいですか?」
「うん、沢山作ってくれると嬉しいな」
まぁ、何を考えてるか分からないけど、させて貰えるならいいや。久しぶりだし、そう言ってくれるなら張り切って準備しちゃお。
翌朝、お父様からのお願いを叶えるべく厨房で料理人たちと向かい合っていた。
「せっかくだし、数種類作りましょ。たまごサンドとカツサンド、あとはオーソドックスにBLTサンド。甘い物もいいわよね……フルーツサンドも作っちゃいましょ!」
作るものを決めた私は、料理人に指示しながら自分も卵を潰したりと着々と作業を進めていった。
出来上がったものを詰めたバスケットを見て満足する。
うん、いい出来だわ。
少し作りすぎちゃった感はあるけど、お父様の仕事場の人に分けてもらえばいいわよね!素人のものだけど味はいいのだし。
お父様との約束の時間が迫り着替えを済ませると、バスケットとお茶の入った竹筒をもって馬車で王宮へ向かった。
王宮の入口で受付をする。
ここでももちろんヴェールをしている。ステラが受付の男性と話しているが、チラチラと周囲の視線が私に向いている気がする。
ヴェールのせいで余計目立ってるのよね。でも外したらダメだって言われてるし。
本当はヴェールを外して思いっきりキョロキョロしたい。私って割とミーハーなのよ。ありきたりなお城とか庭園って興味ある。
いやいや、我慢よ。令嬢としてちゃんとしなきゃだし、素顔を晒したら外出禁止になっちゃう。
過保護な家族の顔を思い出した私は邪な気持ちを振り払った。
私がひとり問答している間に受付を済ませたステラと王宮の回廊を歩く。確かお父様の執務室は結構奥なのよね。昨日の話では迎えを寄越すって言ってたから、迷子になることはないと思うんだけど。
そう思いながら涼しい風を感じていると、少し離れたところに人の気配がして顔を上げる。
迎えかな、なんてまじまじと見て目を見開いた。
私を真っ直ぐに見る赤い瞳。
黒い騎士服を綺麗に着こなし、スラリと伸びる足を少し投げ出して壁に背をつけている。つまらなそうに腕を組んでいる姿が少し気怠げで色っぽい。
「クロード・リオレンド様……」
私の呟きに背を起こした彼は長い足で私との距離を縮める。
「フローレス嬢。父君に頼まれて迎えに来た。案内しよう」
低く脳に響く声。
彼に見つめられ体が痺れたように動かなくなりそうだ。
お父様が約束を守ってくれたのね!
ああ、こんなことならもっとちゃんとお洒落したのに!
「はい……ありがとうございます」
何とか絞り出した声が震えてて恥ずかしいっ……。
ちゃんと貴族としての作法は習ったのに、彼の前じゃ発揮できそうにないわ。
そっと手に持っていたバスケットを取られ、エスコートのためか手が差し出される。
「荷物は俺が持とう………………お手を」
伺うように言われそっと手を伸ばした。
ああ、ゴツゴツとした男らしい大きな手。騎士だからかところどころ硬く骨ばった指にキュッと掴まれて心臓が跳ねる。
汗とかかいてないかしら。
チラリと見上げるとバチ、と目が合って喉が詰まる。
心臓がバクバクとうるさくて、隣を歩く彼に聞こえそうでパッと目を逸らした。
「……すまないな」
突然の謝罪に先程のことが吹っ飛んで「え?」と素っ頓狂な声を上げた。
「ほんとは俺じゃない方がいいのだろうが、たまたま俺が知り合いだったから頼まれてしまったのだろう」
どうやら彼はお父様が私のために頼んだと気付いていない。いや、気付かれても困るのだが。
「いえ!リオレンド様にエスコートして頂けるなんて、う、嬉しいです……」
さすがに自分が頼んだなんて言えない……!
けど、嫌だと思われてるのは心外なので、それだけは否定させてもらう。
すると私を見下ろしたクロード様は困ったように「君は不思議だ」と呟いて、ゆっくりと王宮の案内をしてくれた。




